女子トーク
「で、その後どーなったの?」
「そしたらそいつワーって言いながら追いかけてきたからあたしもワーって言いながら逃げるふりしてすぐ振り向いてビンタしてやったんさ!」
「まじ?やばー」
「初ビンタ?」
「サツに通報した?」
「うん、初ビンタやったけどおまわりさんには通報せんかった。そいつ痛ってえーって言いながら逃げていったんさ!」
彼女等は昨日ストーカーをやっつけたという美涼の話題で盛り上がっていた。
空は抜けるように青く澄み渡っていた。
「つい最近おんなじ男に付け回されてることに気づいてさ、まさエモンにも相談したんやけど部活忙しいとか言ってなかなか話進まなくてね。だから一人で退治!」
「は、まさエモンくそじゃん」
「えー廣瀬ってそんなやつだったんだー」
「いや、私のまさエモン全否定すんなや!」
美涼には廣瀬雅人という彼氏がいる。
龍二と親友だが、二人の性格は天と地なのである。背が高く寛大な彼は多くの女子から人気があり、教職員からの評価も高かった。その大らかな性格と熊のような体格からまさエモンというあだ名がついたのだった。(決して太っているわけではない)
真面目で誠実であり、成績も学年トップである。そんな彼が何故この不良しかいない学校に入学したのか知る者はいなかった。
時計は午後二時を示す手前だった。毎週水曜日のこの時間帯には彼女等は決まって立入禁止の屋上でお喋りをして過ごすのだった。水曜日の五限目は保健体育であり、生徒の中では無意味と認識されている教科な為、授業をサボる生徒が多くいた。
「六限目まであと三十分しかないじゃん」
恵里菜はそう言い放ち突然立ち上がるとフェンスに身を任せた。淡く茶色がかった髪がワンテンポ遅れてゆらりと揺れた。雲一つない冴え渡る空を背景に身体を璃彩たちに向けた彼女は真っ青なカンバスに描かれた少女のようだった。
「時間もったいないから恋バナしよ?」
璃彩が提案すると皆すぐさまニヤニヤし始めた。賛成のサインだ。
「実はさ、私好きな人いるんだよね!」
璃彩がそう叫ぶと黄色い悲鳴が弾けるように宙を舞った。
「改札でちゅーやればまじで成功するから!」
「それくると思った」
愛華は呆れた視線を玲奈に投げた。
「いやその前に一番肝心な質問。好きな人って誰だし!」
美涼が割って入る。
「まじこの五人の間だけだからね?!誰かに言ったらぶっ飛ばすから」
「わかったわかった。言わないから早く」
玲奈が少しはしゃいだ口調で言った。
さっきまで立っていた恵里菜も座りながら璃彩の方に身をのりだしており、小さな円ができていた。
「泰希だよ、えへへ」
少し沈黙があってから四人は手を叩いて歓声をあげた。
「泰希ならいけるって!あいつ今フリーだべ!」
「改札でちゅー、改札でちゅー!」
「泰希かあ、全然わかんなかったわ!」
「@:%’!”#=¥?」
みな個々に思ったことを一斉にぶちまけるため璃彩の耳には確実に皆の言葉が入ってこない。
家も近く、母親同士の仲が良いため学校外でも顔を合わせる回数が多い男子だった。
つい最近まで普通の幼馴染みとして認識していたはずが途端に意識し始めるようになり、彼の魅力に心を囚われてしまった。
「たいくん、どうして?ねえ、どうして?」
まだ幼い泰希が黙って下を向いている姿がフラッシュバックする。
と同時に美涼が璃彩の脇腹を軽く突き記憶が途切れた。
「なんでまた泰希やねん!」
「分かんないけど最近かっこよく見えちゃって、あははー」
「泰希モテモテだもんね。ライバル多め系じゃーん!」
「まじで作戦立てよ!」
「作戦と言ったら改札でちゅーしかないからな?!」
「だから改札でちゅーで成功したら改札でちゅーカップルだらけになるから!」
「ぎゃはは、改札でちゅーカップルってなんやねん!」
「みんな声大きいって!下見てみ、しかも泰希いるし」
璃彩が指差すとさっきまでくっちゃべっていた四人は押し黙り、下を見た。
そこには泰希をはじめ数十人の男子がたむろしていた。
彼等も授業をサボっているのだろう。そこには翔哉、龍二、そして玲奈にしつこくアプローチを繰り返している
「やばー、全部聞こえてた?」
愛華がツインテールの片方を結び直しながら言った。
「たぶんね」
恵里菜は下を見続けながら呟いた。
「うわ、隼也いるし。むりむり生理的に受け付けない」
玲奈はすぐに顔を背けた。
それからしばらく沈黙が続いた。そしてようやくその沈黙を破るかのように恵里菜が口を開いた。
「お腹空いた」
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