第35話 救出

 林から飛び出したわたしたちに向かって尾関さんの号令一下、先ほどのLAVやサイドカーから砲撃が飛ぶ。

 もちろん、わたしにもトレイにも当てるようなヘマはしない。だが、おかげで先走らなくて済んだ。トレイとわたしとの間に距離が取れたおかげで体勢が立てやすくなった。

「もう一度言うわ。お願い、かなでさんを解放して投降して」

 ゆりかに向かって語りかける。その間にバイクが彼女の背後に回り込む。これで林の中に逃げ込むことはできない。ヘリも上空で待機してる。

「……ずいぶん味方が多いわね。……うらやましいわ」

 トレイの体から緊張が抜けていない。戦闘態勢を解除するつもりはないみたいだ。

 味方が多いと言われても、トレイの中にかなでさんがいる以上、わたしたちはまともに攻撃できない。できることはわたしがトレイからかなでさんを助けだすことだけだ。その意味でいえば状況はなんら変わっていない。それはゆりかにもわかっている。だから戦闘態勢を解かないのだろう。

 時間だけが過ぎていく気がする。長いような短いような。やがて、トレイの触手がヒュンという音とともに伸びてきた。それをかわし、一気に間合いを詰める。

 トレイの左手がわたしの胸元に向かって伸びる。やっぱり、これを狙っていたのね。わたしも左腕をトレイの胸に向けて伸ばす。お互いがそれぞれの体に手を突っ込む。

 また動きが止まる。

 だけど、わたしはトレイの体からかなでさんを、ゆりかはエイトの体から誠司を相手より一秒でも早く見つけ出そうとしてる。かなでさんは生後半年の乳児だからもしかしたら見つけにくいのかもしれない。一番最初にゆりかが巨人の体からかなでさんじゃなくて誘拐犯を抜いたのも、わたしがシンクから誠司を真っ先に抜き出せたのも彼らの体がかなでさんより大きいからだったのかもしれない。だとしたら……。ううん、迷っちゃダメ。絶対、かなでさんをゆりかより先に見つけ出してみせる。

 わたしの体から覚えのある感覚が蘇ってきた。体から力が抜けてしまうような感覚。木更津の上空で感じた感覚。……見つかった?いや、大丈夫だ。抜かれる前にこちらも見つければいいんだから。焦っちゃダメだ。

「南月、これでお終いだよ」

 ゆりかはそう言うと腕を引き抜こうとする。わたしはその腕を掴む。

「なにやってるの?離しなさい」

 トレイの触手がこちらに向く。わたしはとっさに右腕に熱を込める。ビームを出すのではなく「熱線」の力でこの腕を焼き切ってやる。

「やめてっ!」

 ゆりかの叫びと共に触手が飛んで来る。だが、その動きが止まる。わたしとトレイとの間に割って入るようになにかが飛んできたからだ。サイドカーからの迫撃砲の攻撃がわたしを助けてくれる。

 トレイが左手を離したのがわかる。力の抜ける感覚が無くなったからだ。そのまま彼女の腕を強引にわたしの体から抜く。良かった、誠司は掴まれていない。

 わたしは再度、トレイの体を探る。……どこ?かなでさん、どこにいるの?

 ふと、なにか小さなものに触れた気がした。これ、かなでさんなの?

 躊躇っている余裕はない。そうしないとトレイからの邪魔が入るから。一気に引き抜く。

 トレイから抜いたわたしの左手に何かが握られている。少し開いてみる。そこにはおくるみにくるまった赤ちゃんの姿があった。……はじめまして、かなでさん。

 彼女を握っている左手の向こうにトレイから姿が変わる古矢ゆりかの姿があった。木更津の上空でわたしは今の彼女のような顔をしていたんだと思う。驚愕と諦めの顔を。

 わたしはかなでさんと融合しないように一旦分離する。今、彼女と融合するともしかしたらかなでさんに主導権が渡ってしまうかもしれない。赤ちゃんのかなでさんには巨人のコントロールも分離することも無理だ。わたしが彼女を抑えて主導権を確保することができるかどうかもわからない。今、エイトの主導権を取れているのは誠司がそれを意識的に放棄してくれているからだ。

「かなでさんを救出したら必ず手放すこと」

 作戦執行前に御厨山さんから繰り返し厳命された。わたしはその指示に従って、巨人の体を分離する。かなでさんの小さな体は宙高く舞った。


 尾関里美さとみ二等陸尉が搭乗して市ヶ谷いちがやまもる三等陸曹が運転している一号バイクがフィールド全体を見わたせる場所から動き出した。

 巨人たちが戦っていた場所に向かって真っ直ぐに全速力で突っ切る。めざす場所には巨人に融合しないために分離したタイプ・エイトから放り出された曽我かなでが空中高く舞っている。

 他のバイクは分離した北科、南月の保護と古矢ゆりかの確保に向かう。強制的に分離させられた古矢ゆりかは空中で体勢を立て直して北科に向かおうとする。ここで古矢と北科が融合して巨人化してしまっては元も子もない。二号車と五号車が古矢と北科たちの間に割って入ることに成功した。

「ちっ!」

 舌打ちをした古矢は曽我かなでの姿を探す。おくるみに包まれた小さな体は今まさに地面へと落ちるところまで来ている。

 その時、尾関がサイドカーから立ち上がり曽我かなでをキャッチする。

 木更津の駐屯地でのラグビーを模した特別訓練でもっとも成績が良かったのが尾関と市ヶ谷のコンビだった。彼らの乗っている一号車が古矢の目の前で急ブレーキをかけて土煙をあげてターンする。呆気に取られた古矢に視線を向けて、そのまま走り去る。

 一瞬後、我に返った古矢が一号車に向かって飛んで行く。その後をLAVと残りの三、四、六号車が追いかける。

「誠司!ゆりかが」

 分離から倒れ込み、最初に起き上がった南月優子が北科誠司に向かって叫ぶ。

「君たちはここにいろ!後は我々に任せて」

 二号車のサイドカーに搭乗している二等陸曹が立ち上がろうとする二人に向かって声をかける。

「すんません、行きます」

 誠司も起き上がり、

「優子!」

 と彼女に向かって右腕を伸ばす。

「誠司さん」

 優子も彼に向かって右腕を突き出す。

 二人の腕がクロスして光り輝いた。

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