第34話 私はこの世界が嫌いだから
さあ!愛の力は偉大やぞ。待っとれよ、古矢。おっと、行くんは僕やなかったな。
僕は足元の尾関二尉と十一人のバイク部隊の隊員たちに手を振る。
昨夜、優子が言っとった「巨人になる時を利用して『チュウ』する」件に付いて尾関二尉に相談してみた。
二尉はケラケラと笑いながらも「だったら……」と島へ上陸した折りにやればいいと言うてくれた。そん時は「みんな見ないようにしてあげるから」と。
その約束を守ってくれたおかげで、やっと念願の一つが叶うことがでけた。優子にとってもサプライズになったと思う。
さて、いつまでもこうしてはおられん。もう作戦ははじまっとるんやから。
意識を落ちつかせて体ごと沈み込むようなイメージを思い描く。やがて、僕の意識は眠りにつく……よう……に……。
……目が覚めると、さっきとは視線の位置が思いっきり高くなっていた。海岸に植わっている松の木を見下ろす格好になってる。足元を見ると隊員の皆さんが手を振って応えてくれていた。何か言ってるみたいだけど、よく聞こえない。
それにしても、見られてはいないんだろうけど何をやったかは知ってるはずだよね。何もこんな大事な時にすることないじゃない。恥ずかしい。あとで説教だ。
気持ちを切りかえてタイプ・エイトになった、わたしは歩きだした。すぐに尾関さんが言っていたフィールドに辿りついた。
思ったよりも狭い。こんなところでちゃんと作戦通りに実行できるのかしら?戦車がなぜ作戦に参加しないのかと思ったけど、これだけ狭いと思うように動けないからかもしれない。
左手を見ると急勾配の上り坂になっている。
さらにまっすぐ進むと林の入り口に迷彩柄の大きな自動車が停まっていた。これが尾関さんが言ってたLAVね。軽装甲機動車とか言ってたけど全然、軽そうじゃない。ジープより大きくない?
車両の側に立っていた隊員がわたしに気がつくと敬礼をしてくれた。そして前方を指さしてから助手席に乗り込んだ。あの先にゆりかがいるのね。
LAVがエンジンをかけて発進する。
林の中だから視界も悪いし、走りやすい地面でもないと思うんだけど迷うことなく直進する。わたしは必死で追いかける。
ヘリの真下まで来るとLAVが停車する。わたしも止まって木々に遮られている前方を見据える。そして、右腕を伸ばす。左手を右肘に添えて固定する。やがて、右手が熱くなってきたと思うと鈍く光りだした。腰を落とし、左足を後ろに下げて反動に備える。
わたしが「撃てっ」と念じると右腕からビームが発射された。
周囲の木々を焦がしてビームは林の奥に向かって飛んでいった。それを合図にLAVは車体を旋回させて帰っていく。フィールドまで戻って次の作戦に備えるために。ヘリも上昇していく。
わたしは前方を見つめ続ける。あんな盲撃ちが当たるとは思えないし、当たってもらっても困る。必ずリアクションがあるはず。
目の前の木々がざわついた。……来る!
そう思った瞬間、林の奥から何かが飛び出してきた。見慣れた触手だ。わたしは間一髪、その攻撃を避ける。そして、さらにビームを放つ。そして……静寂。
やがて、ゆっくりと林の中から人影が現れた。自分が巨人になっているから普通に人がやってきたように見えるが、相手も林の木々とそんなに変わらない背丈をしている。
「……南月……だよね?」
やってきたそれはかなり薄汚れていた。一週間前の木更津からの脱出はかなり困難を極めたらしい。逃げ出してからもこの島から一歩も出られなかったし、ヘリがずっと頭上で飛び続けていたからおそらくまともに眠れていないはずだ。疲労はかなりなものだろう。
「かなでさんを返してもらいにきたわ」
右腕をトレイに向けたまま問いかける。
「いいよ」
トレイはすんなりと答える。だけど
「その代わり北科くんを置いていってよ」
と地面を指さした。
「そんなことできるわけないじゃない。彼はわたしのものだから」なんだか三角関係で揉めてるみたいな会話だ。「ねえ……どうしてこんなことをしたの?」
それをゆりかにどうしても訊きたかった。
「……あんたはなにも知らないのね」
ゆりかはしばらく黙っていたかと思うとポツリとつぶやいた。
「なんのこと?」
わたしの問いかけに
「どうして私たちにこんな力があると思ってるの?」
と逆に問い返してきた。
「わかんない」
正直に答える。
「私は生まれた時から知ってたよ。……自分が人間じゃないって」
「……!」
「なに驚いてるのよ。まさかまだ私たちが人間だなんて思ってるわけじゃないでしょうね?」
巨人の表情は変わらないのだから、わたしの心の中を読んだのだろう。……そりゃ薄々は思っていたけど考えないようにしていた。
「いつか『カギ』が見つかった時、私は『クニ』に帰らなくちゃいけない。それまではこの世界で人間のように振る舞って生きていく。それが私の使命だって知ってたよ。南月は知らなかったのね」
「『カギ』?『クニ』?」
わたしの問いかけにゆりかはため息をついた。
「本当になにも知らないのね。それだったら私と違ってさぞかしこの世界で生きていくのが楽だったでしょうね」
バカにされてるのかしら。
「私は大変だったよ。もしかしたらどこかに『カギ』がいて、うっかり接触してしまうかもしれないからね。そうなったら大騒ぎよ。だから触れる前に髪の毛を一本近づけて反応を確認したわ。……でも、まさか北科くんが『カギ』だったなんて思ってもみなかったから触るつもりもなかったし、調べることすらしてなかったわ」
そうか「カギ」っていうのは「コントロール因子」のことね。ゆりかは髪の毛が本当は触手だからそんなことができるんだ。少し触れるくらいなら融合することはないってことか。
「ニュースで『カタマリ』と『スーツ』が現れたって報じられた時はビックリしたわ。まさか学校の近くで出てくるなんて思ってなかった。先を越されたって思った。こんなことなら用心を重ねるんじゃなくて、もっと積極的に行動すればよかったって後悔したもの」
また新しい言葉が出てきた。でも、ここまでくれば「カタマリ」が「サンプル」のことで「スーツ」が「エース」のことだってわかる。
「それで次の日に学校に行ったのね。なにかわかるんじゃないかと思って」
わたしの問いかけに
「そう、そうしたら南月と北科くんが『スーツ』だったなんてね。南月とは反応がなかったから『カギ』が北科くんだってすぐにわかったわ。本当にこんな近くにいたなんて今でも信じられないわ」肩をすくめて答えた。
「思春期になってから男の子とは触れないようにしてたから、高等部から入ってきた北科くんが『カギ』だったなんて全然気がつかなかった。そしてあの時、北科くんをあんたから奪わなかったのも後悔してる。あの公園であんたじゃなくて北科くんに接触してたら、今頃こんな苦労せずに『眼』も『熱線』も手に入ってたのに」
トレイは掴み損ねたなにかを掴もうとするように拳をわたしに向ける。
「北科くんはあんたに譲ろうと思ってた。先に気づかなかった私のミスだし、北科くんの話しだと自衛隊の駐屯地に他の『カタマリ』があるみたいだから、私はそっちから『カギ』を手に入れればいいかと思ってた。でも『カギ』だったらなんでもいいわけじゃなかった。
「北科くんほどの『カギ』はそうそうあるもんじゃなかったのね。私が親から譲られた『空を飛ぶ力』と『髪』の他に戦闘能力をあげる力を持った『カギ』があれば、すぐにでも『クニ』に帰ることができた。なのにぼやぼやしてたばかりに結局、北科くんが持っていた二つの力をあんたに持っていかれた。つくづく自分の見通しの甘さに腹が立つわ。
「でも、あんたは『クニ』に帰ることすら覚えてないのね。……だったらその力を私に頂戴よ。あんたが『クニ』に帰る気がないんだったらその力は意味がないでしょう」
一人でべらべら喋って勝手なことを言ってる。
「……先輩」
わたしは古矢先輩に話しかける。
「わたしと一緒にここで生きていきませんか?たしかにわたしは『クニ』とか『カギ』とかそういうことはわかりません。でも、ここだってそんなに悪い世界じゃないでしょう?今まで通り人間として生きていきましょうよ」
わたしの提案に先輩は呆気にとられている。でも、元々わたしはこれを彼女に言いたかったのだ。……正直、彼女がしたことを許せるわけじゃない。だけど、彼女のことが嫌いにはなれない。中等部のころからずっと憧れてきたんだから。
古矢先輩は黙っていたがやがて、
「いまさら戻れるわけないでしょう。ここで私がなにをしたかを考えたら、明日からまた女子高生として生きていくなんてあり得ない。……それに」
口をついてでた言葉は想像のうちだった。だけどその後に出た言葉は予想を超えていた。
「私はこの世界が嫌いだから」
「……どうして?」
わたしはこの世界に十五年間生きてきて嫌いになったことなんて、ほとんどなかった。先輩だって同じだと思ってた。彼女が学校でいじめられたなんていう話しは聞いたことがない。嫌いになる要素なんておおよそ思いつかない。
「……あんたに言っても仕方がないわ。あんたはこの世界が好きならずっとここで生きていけばいい。止めはしないわ。だけど私は帰る。だから……」
彼女は右手をわたしの方に伸ばした。
「『カギ』を私によこしなさい。それは、あんたには必要ないわ」
「……いやよ。誠司は『カギ』なんかじゃない。……わたしの彼氏だから」
ゆりかの提案を退ける。彼女は
「だったら……力ずくで奪い取るだけよ!」
そう言って頭の触手をこちらに飛ばしてくる。
わたしは後ずさりする。触手が伸ばしてくる限界までちゃんと読める。そこまで下がって間合いをあける。
トレイが地面を蹴ってこちらに文字通り飛んでくる。こんな狭いところで飛んだってまともに動けるわけないでしょう。
わたしは彼女に向かって右手からビームを放ってからさらに下がる。最終的にはフィールドまでトレイを誘きよせなければいけない。だけど、このまま逃げても罠を疑われるかもしれない。なんとか気づかれずに連れて行かないと。
「どうしたの?逃げてたら曽我くんのお姉さんは取り戻せないよ」
トレイは一本しかない触手を振り回しながら間合いを詰めてくる。わたしはそれを読んで出来る限り距離をとる。トレイの動きは「眼」の力で読み取れるけど林の中の木が思いのほか邪魔でときおりぶつかったり、足を取られたりしてスピードが遅くなる。
ふいにトレイが視界から消えた。わたしが足を滑らせて転倒したからだ。彼女はその機会を逃さなかった。「眼」の力は視界に入っているものは読み取れるけど、そこから外れたものの動きは読むことができない。
どこにいったの?わたしは起き上がりながら周囲を見回す。
機銃の音が聞こえた。……ヘリが撃ってるんだ。
上だ!
見上げるとトレイがこちらに向かって落ちてくる。彼女の触手に動きはない。一気に間合いを詰めて誠司を奪うつもりだ。
わたしは立ち上がり、一気に林の出口に向かって駆け出す。こうなったら少しでも早く尾関さんたちの元にトレイを連れて行く。
地面に降り立ったトレイがわたしに向かって走ってくる。左手からビームを出して少しでも牽制する。
トレイはわたしが彼女に当てるつもりがないことを、わかっているのか怯むことなくまっすぐにこちらに向かってくる。
まだつかないの?もう腕のひと伸ばしで掴まれちゃうよ。そうなったらこちらも腕を伸ばしてトレイの体からかなでさんを引っ張り出す。計画通りじゃないけどここで誠司を奪われたら彼女はそのまま「クニ」とやらに帰っていってしまうだろう。そうなったら永久に誠司には会えない。……そんなの嫌だ!
わたしが走りながら振り返ってトレイに向かって腕を伸ばそうとした時、
「撃てーっ!」
号令が聞こえた。
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