第33話 作戦開始
木更津の陸上自衛隊駐屯地の演習場で軽トラックと数台のサイドカー付きのバイクが走り回っとる。軽トラの荷台に乗っとる隊員がサイドカー付近に向かって何か放り投げる。
よく見るとどうやらラグビーボールみたいや。そのボールに向こうてバイクが走っていく。
サイドカーに乗ってるちっこい体の隊員が走ったまんまボールを取ろうとする。せやけど、あわやというところで取りこぼしてもうた。
サイドカーの尾関二尉が座り直して悔しそうに座席を揺らしとる。危ないなあ。
「あれ、何やってるの?」
僕の横で同じように軽トラとバイクのラグビーを見物しとった優子が痺れを切らして訊いてきた。
「今度の作戦の訓練らしいわ」
僕もそれくらいしか聞いとらんから答えられへん。
先日、タイプ・エイトに変わった優子は無事に「サンプル3」から融合しとった人を救出することに成功した。
二年前に奥多摩の山中でたまたますれ違った人やったらしい。その中の一人を取り出したエイトは、その人と融合しそうになったから、慌てて分離をしたそうや。僕もいきなり意識を取り戻した時に目の前に登山の格好をした知らんおっさんが現れてビックリした。
せやけど、このサルベージが成功したことで本格的に曽我かなでさんを古矢から取り返す作戦が決定したそうや。
もちろん今度は僕らも作戦に参加する。と、言うよりほとんど僕らがメインになりそうや。そらそうやろう。タイプ・トレイからかなでさんを取り出すことができるのは優子が主導権を握ってるタイプ・エイトだけなんやから。そしてそのエイトの片割れが僕なんやから僕も参加せな。たぶんなんの活躍もでけへんけど。
「……もう少し左、そう、そこ。そこで少しスピードを落として……違う、上げるんじゃなくて落とすの。ほら、やっぱり取れなかった」
優子は変則ラグビーを見ながらぶつぶつ言うとる。僕は彼女に
「なあ、優子。自分、ずいぶん目え、良うなっとるんちゃうか?」
と、訊ねてみた。
「え、そう?わたし、元々目は良いほうだよ。あのくらいの距離なら前から見えてたし」
優子はこちらを向いて変なこと言うなという感じで答えてきた。
「いや、視力と違うて。動体視力いうか、先々が見えてきとるいうか」
「……どういう意味?」
僕は御厨山女子からエイトとシンクの戦いの様子を聞いた時から感じたことを話しだした。
「優子がエイトになってシンクと戦うた時な。互角以上で渡り合ったらしいやないか」
「うん、ずいぶん体が軽かったからね。やっぱり自分の体だからなんだろうね」
「ほんまにそれだけかな?」
「……?」
「自分、シンクの動きが読めてたんちゃうか?」
少し考え込んだ優子がハッとした顔をした。思い当たる節があるんやな。
「御厨山さんが言うとったけどシンクが触手を使おうとした時に自分、その根本を持って抑えつけたらしいな。まるであいつが触手を出すのがわかっとったみたいに」
「うん、たしかにわかってた。……予測じゃなくて確信だった。……なんでだろう?それだけじゃなくてゆりかが逃げ出そうとした時もわかってた」
やっぱりそうか。
「たぶん、僕の眼鏡と融合したからやと思う。瀬田さんがサイスになった時かて曽我くんの動きを読んでたみたいやったそうやないか?」
「あの眼鏡にそんな力があったの?どうして?」
「それはさすがにわからんけど。……せやけど、それやったら古矢が欲しがるのもわかるわ。戦いで先手を取れるんはかなり有利やからな」
僕は感心したようにうなずく。
「だとしたら眼鏡が壊れたから、ゆりかはもうここには来ないかしら?」
それはわからん。今の古矢にどれくらいの力が残ってるのかにかかっとると思う。優子に眼鏡から得られた先手を読む力が残ったように、古矢にも僕と融合した時のビームを出す能力が残っとるかもしれん。優子にはそれは残ってないみたいやから可能性としては低いと思うけど。法則性が読めんからなんとも言いようがない。
でも、それすら残ってなかったら、起死回生をはかってやって来るかもしれん。
「とにかく、古矢の所在はわかっとるんやから来おへんのやったら、こっちから行ったらええ」
あれからここから逃げ出すことに成功したタイプ・トレイを空自と海自のレーダーががっちり捉えたから奴が動けばすぐにわかる。
「……あの二人、気がついた?」
一瞬なんのことかわからんかったけど、たぶん曽我くんと瀬田さんのことやろ。
「手え繋いどったな」
あれから二人はそれぞれの家に帰っていったが、帰りの車に乗り込む際に手を繋いどった。チカチカ光っとったから嫌でもわかる。
「あれ、僕らへの当てつけやろな。やらしいな」
僕らが手え繋ぐ時は巨人になる時やから、そんな簡単に繋がれへん。彼らかてそれはわかっとるのに、そうしたのは完全にうらやましがらせるためやろ。
「いいな……」
優子がポツリとつぶやいた。えっ、うらやましかったん?
「わたしねこの間、御厨山さんに思わず訊いちゃったの。『わたしたちギュッて抱きあえる時がくるんですかね』って」
そらまた、ずいぶんストレートに訊いたんやな。
「彼女『私たちが必ずそうさせてあげるから、待ってなさい』って言ってくれたの」
あの人がそんなこと言うとは意外や。もっとドライな人やと思っとった。
「……」
優子はそれだけ言うとあとは黙ったまんまラグビーを見つめとった。
わたしと誠司は海上自衛隊の護衛艦からエアクッション艇という船に乗り換える。エアクッション艇にはすでに尾関さんたち陸上自衛隊の自衛官もサイドカーと一緒に乗り込んでいる。
「陸自の自衛官が海自の船に乗ることがあるなんてね。長生きはしてみるもんだね」
長生きってそんな歳じゃないでしょうに。……あ、娘さんがわたしとそんなに変わらないんだっけ。
尾関さんたちもわたしたちも陸上自衛隊の迷彩服の上にオレンジ色のライフジャケットを着用している。誠司のうんちくによると海上自衛隊のライフジャケットは薄いグレーだそうだ。うん、それがどうした。
さっきまで乗っていた護衛艦を見上げると同じようにライフジャケットを着ている奏としずかがこちらを見ている。わたしは二人に向かって手を振る。
「必ずかなでさんを連れて帰るから、待ってて」
大声をあげて呼びかけるとしずかだけが手を振って応えてくれた。奏はというと心配そうにこちらを見ているだけだ。
エアクッション艇が護衛艦から離れて一路、数キロ先の無人島をめざす。そこに古矢ゆりかがタイプ・トレイのまま隠れているはずだ。島の上空には迷彩を施した陸上自衛隊のヘリコプターが旋回して彼女が逃げ出さないように見張っている。
「装備、キツくない?」
尾関さんが声をかけてくる。わたしたちは「いいえ、大丈夫です」と答える。
「ごめんね、作戦展開中の艦艇に救助者以外の民間人を乗せてるのがバレたら面倒なことになるから」
尾関さんがわたしのライフジャケットをキツく締めなおしながら謝ってくれる。
「この船のまま島に上がるんですよね」
誠司が再度確認する。
「そう、こいつは
尾関さんが私たちに改めて作戦内容を説明してくれる。
「本当ならトレイのところまで運んであげたいんだけど攻撃できない私たちは却って足手まといだからね。申し訳ないけど、自力で目的地まで歩いて行って欲しい」
わたしは「わかってます」と返事をする。
「うん、巨人になったらすぐにエイトに変わってよね。エースだと私たちより使えないんだから」
誠司の胸元をポンと叩く。彼も「わかってます」と返す。
「上陸前にトレイがここまで飛んでくることはないんですか?」
わたしが問うと尾関さんは
「そのためにあいつの周囲を二十四時間体勢で牽制しているの。トレイが動き出そうとしたら威嚇してその場から移動させないようにしてる。もっとも……」そう答えて「ずいぶん、くたびれてるみたいだから積極的に動こうとはしてないみたい」島を見つめる。
「じゃあ今、どこにいるかは常に把握してるんですね」
誠司がそう言うと
「そうね、じゃあもう一度作戦をおさらいしようか」
尾関さんはポケットから地図を取り出して広げだした。今から向かう島の全体図だ。彼女が南側の一点を指す。
「この海岸から私たちが船ごと上陸する。あなたたちはそこからエイトになって、海岸奥の開けているフィールドを抜けて林の中に入る。そこから先に上陸している
尾関さんはわたしに向かって説明してくれる。駐屯地ではじめて作戦内容を聞かされてから何度も聞いている。
「林の中だとバイク部隊が自由に動けないからですよね」
頭の中にすでに叩き込まれているけど失敗するわけにはいかないから、もう一度しっかりと聞く。尾関さんはうなずく。
「そう。本当ならあなたたちじゃなくて、ヘリを駆使して誘き出したいんだけど、それだと策を弄していることがバレちゃうかもしれない。だって今まで威嚇してまで封じ込めていたんだから。だからあなたたちに負担をかけちゃうけど、なんとかして上手にここまで連れてきて」
そう言ってもう一度フィールドの場所を指差す。
エアクッション艇が無事に島に上陸を果たす。隊員たちはテキパキと上陸作戦を展開している。わたしたちはもたもたとライフジャケットを脱ぎながら、なんとか海岸に足を踏み入れた。
六台の迷彩柄のサイドカー付きバイクが海岸の砂地に足をとられずに上手に登っていく。
わたしと誠司と尾関さんは後から歩いて彼らの元に向かう。本当は尾関さんもバイク部隊として作戦に参加しているんだから彼らと一緒に乗っていけばいいのに、わたしたちに合わせてくれている。
わたしたちを降ろしたエアクッション艇がすぐに海に出ていく。
バイク部隊の元につくと彼らはすでに装備の最終点検を終えていた。尾関さんとわたしたちは彼らの傍らを抜けて北側に陣取る。そして、尾関さんが
「全員、整列」
と掛け声をかける。すると十一人の隊員が一斉に横一列に並んだ。何度も見てるけど、あいからわず一糸乱れない。そう思っていると
「回れ、右!」
尾関さんの号令一下、みんな回れ右をして海岸の方に向いて、わたしたちに背を向けた。なに?何がはじまるの?
「じゃあね、うまくやんなさい」
尾関さんは誠司にそう言うと隊員たちと同じようにわたしに背を向ける。
わたしが戸惑っていると誠司がヘルメットを脱いで、わたしの肩を抱き寄せて唇を重ねてきた。
「……!」
わたしに内緒でこんなことを企んでたのね。
わたしと誠司はキスをしながら光に包まれて、一つに融合する。
……こら、舌を入れるんじゃない。バカモノ!
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