第31話 巨人化の仮説検証
「はいはい、いつまでもイチャイチャしてないで話しを進めるわよ」
資料を見終えた私のかけ声に二人して
「「『イチャイチャなんか』してません!」しとらんわ!」
と返してきた。息ピッタリじゃない。
「今はまだ仮説だけどいくらかわかってきたことがあるから整理してみるわね」
二人を無視して説明をはじめる。
「まず、二人の人間が融合して巨人になるケースと『サンプル』のような肉塊になるケースの二種類があります。そして、巨人になるには必ず条件があります」
「条件って?」
北科くんの問いかけに
「二人のうちのどちらかが、古矢ゆりかか南月優子さんでないと成り立たないということ」
と返した。聞いていた南月さんと曽我くんはポカンとした顔をしている。「なにを当たり前のことを」とか思っているんでしょうね。北科くんだけが納得した顔をしている。
「この二人にどんな共通点があるかはわかってないけど、とりあえずその共通点を仮に『ボディ因子』と名付けます。そして、彼女たちと融合する人たちの共通点を『コントロール因子』」
私は休憩室に備え付けてあるホワイトボードに「B」と「C」の文字を大きく書いた。そして「B」の横に「南月」「古矢」と書く。
「この『B因子』を持っている人に『C因子』を持っている人が接触すれば巨人になる。そして『C因子』同士だと肉塊状態になる。そう考えてまず間違いないと思うわ」
北科くんが挙手をした。
「その名称の根拠はなんですか?」
「それはおいおい説明していくわ。それでB因子とC因子が融合すると通常はC因子を持ってる人にコントロール権があると思われるわ」
「それはおかしい」また北科くんが声をあげる。「僕と優子が融合した時や曽我くんと優子の融合の時はそれで成立したけど、古矢との融合では僕はまったくコントロールでけへんかった」
私はその意見に同意する。
「うん、そこがこの仮説のネックだったんだけど、北科くんが戻ってきてくれたお陰でその辺りの疑問が解けたと思うの」ホワイトボードの「B」の部分に「北科」と小さく書く。「北科くんはトレイに取り込まれた時の記憶が少しだけあったのよね。そこで自分が暗闇の中に押し込まれるような感覚に陥ったって言ってた」
北科くんは「はい」とうなずく。
「それは古矢ゆりかがあなたからコントロール権を奪ったんだと思う。彼女はC因子を持っている人を押し込めて主導権を握る方法を知ってる。だからあれだけの軽やかな動きができるんだと思う」
「『二人羽織り』」
南月さんが気がついたようだ。
「ええ、正確には『二人羽織り』というより着ぐるみを着ている感覚に近いんじゃないかな。北科くんや曽我くんにしてみたら巨人化した体は自分自身の体じゃないから思い通りに動かせない。対して北科くんからコントロール権を奪った古矢ゆりかや眼鏡と融合した南月さんや瀬田さんは自分の体だから自由にその超人的な体を使いこなすことができたんじゃないかしら」
「だから『ボディ』と『コントロール』なんやな。『A』がないわけや」
北科くんが一人で納得してくれた。
「それで『コントロール』の二人が融合するとそれぞれが相手を『ボディ』 にしようとするために肉塊状態になってしまうんでしょうね」
私がそう言うと曽我くんが
「じゃあ、『ボディ』同士が接触するとどうなるんですか?」
と訊いてきた。
「何にも起きないわ。それは古矢ゆりかと南月さんが接触してもなにも起きなかったことでわかっているから」
だからこそ古矢ゆりかは学校近くの公園で南月さんに接触できたのだろう。
でも、だったらどうしてあの時に北科くんに接触しなかったのか?わざわざ自衛隊の駐屯地まで来なくてもその場で北科くんの力を手に入れれば良かったはず。南月さんがB因子を持っているのは最初からわかっていたのだから、C因子を持っているのは北科くんだってわかっているはずなのに。ましてやタイプ・エースはビームを出せることも知っているはず。なおのこと駐屯地にくるリスクを負う理由がわからない。
もっともこれは仮説なのだから根本的に間違っていることだって十分に考えられるけど……。
「そして、ここが肝心なんだけど。融合した巨人や『サンプル』から人間を取り出すのはB因子の二人が主導権を握っている状態じゃないといけないんじゃないかと思うの。こう考えればエースやケイトがトレイからかなでさんを取り出すことができなかった説明がつくんだけど」
三人それぞれが私の発言を咀嚼している。やがて、南月さんがゆっくりと手をあげた。
「だったら誠司さんの眼鏡が壊れた今、かなでさんを取り返すことは無理ってことですか?」
曽我くんが南月さんの方に顔を向ける。私は彼が発言する前にそれに答える。
「さっき南月さんに協力してもらって、北科くんの私物を片っ端から手にしてもらったの。壊れた眼鏡にはじまって、勉強道具やマンガの単行本。ジャンパーにティシャツ、果てはうら若き乙女に肌着やパンツまで持たせてしまったわ」
南月さんはしかめ面で左手で鼻を摘まみながら右手で何かを摘まんだジェスチャーをする。
「ちゃんと洗濯してるんやから臭くないはずやろ。……でも、何ひとつ融合するものがなかったんですね」
北科くんの後の方の意見に同意する。
「そうね、人間じゃなくて物に融合するのなら主導権が取りやすかったんだけど。古矢ゆりかみたいに人間と融合した状態で主導権を取れる方法が見つからないと、かなでさんの救出は難しいでしょうね」
三人がそれぞれ違った表情で絶望感を表現している。
やがて、曽我くんが手をあげる。
「俺が巨人になれなくなった理由はわからないんですか?」
「曽我くんの場合、元々巨人になれるはずがないの。あなたと南月さんは子どものころから仲が良かったんだから巨人化するとしたらその時になっていなければおかしいからね」
「だけど俺は確かに二回、南月さんと融合できましたよ」
その通り。この巨人化は期間限定なのかとも考えたんだけど、だとしたら北科くんやかなでさんがまだ巨人化できてる理由の説明がつかない。
「曽我くん……」
北科くんが曽我くんに向かって声をかける。曽我くんは「はい」と言って彼の方を向く。
「自分、僕と優子が最初に巨人化したときに大怪我したんやったな?そん時、手術をしたんやろ?」
「……は?……はい。でも、その時は気を失っていたから目が覚めた時は全部終わってましたけど」
曽我くんは「自分」という大阪弁の二人称が理解できなかったのか戸惑いながらも答えていた。
「せやったら、輸血しとるよな」
……!そうか、それなら手術以降に曽我くんが南月さんと融合して巨人化した理由が説明付けられる。私は思いついてタブレットをまた引っ張り出す。
「その手術でC因子を持っている人の血液が曽我くんの体ん中に入ったっちゅう可能性はあるでしょう。曽我くんの巨人化は彼のせいやのうてその血液に反応した結果やないですか?」
「血液……って。そんなことでなるもんなんですか?だったら巨人化できなくなったのはその血が無くなってきているってことですか?」
「体内の血液が一新するために必要な期間は人によって違うけど、だいたい三か月から四か月ってところね。もちろん、少しずつ入れ替わるからC因子の血液が少なくなってくれば巨人化する力が無くなってくる説明はつくわ。……ところで北科くん」
「はい?」
北科くんはタブレットに目を落としている私の問いかけに答える。
「あなた最近、献血をしたことある?」
「ええ、ひと月くらい前に学校に献血車が来たから、そん時に二百ミリほど献血しまし……た……!まさか」
私は目を上げずに二つのPDFファイルを見比べながら、彼の言外の疑問に答える。
「あなたと曽我くん、どちらもO型のRH+なのよ」
曽我くんと北科くんがそれぞれ顔を見合わす。
「北科くんの血液が曽我くんの体に入った可能性はあるわね。まあ、確認する術はないんだけど」
曽我くんはため息をついて立ち上がった。
「なんだか、北科先輩の手のひらで踊らされてる感じですね。……もちろん先輩のせいじゃないですけど。俺、瀬田のところに行ってます。なにかあったら呼んでください」
そう言って部屋から出ていった。
「え?……ってことは誠司さんや巨人化できる人の血液を輸血したら同じように巨人になるってことですか?」
南月さんが疑問を顔に現している。
「血液とは限らないわよね。まさか北科くんの眼鏡にたっぷりの血が付いていたってわけじゃないでしょうし。……ただ体液だとか細胞だとかが付着しているものなら融合する可能性は捨てきれないわね」
「ええっ!だったら洗濯してないパンツとかと融合することもあるんですか?」
「……ああ、そうね。その可能性もあるわよね。……北科くん、ちょっとパンツ脱いでちょうだい」
「できるわけないでしょう!」
北科くんは私の提案を言下に拒絶する。
「わたしも嫌ですよ」
南月さんも泣きそうな顔で否定する。
「今さらなに言ってるの。北科くんと融合してる時に穿いてるパンツも一緒に融合してるのよ」
「それでも嫌です!」
私の正論に感情論でさらに否定してくる。
「それはともかく、どうして古矢は瀬田さんを使って僕の眼鏡を盗ろうとしたんでしょうか?聞いたら最初は曽我くんと融合しようとしてたらしいんやけど、それが無理やったから眼鏡に切り替えたって思えるんやけど」
それについては瀬田さんから聞いている。
「最初、瀬田さんは古矢ゆりかから曽我くんと融合できると持ちかけられたらしいの。彼女が曽我くんを好きだってことを利用されたのね。それで、そうなったら眼鏡を盗むか壊してほしいって言ったそうなの。眼鏡と融合することは瀬田さんは知らなかったみたいなの」
今、眼鏡は破壊されたのだから古矢ゆりかの望み通りになっているけど、それは南月さんに眼鏡と融合されるのを阻止するのが目的だったんだと思う。
「でも、しずかはどうしてゆりかの言いなりになったんですか?しずかはゆりかとはそんなに親しくなかったはずですし、彼女が何をやったか知ってるはずなのに」
「まあ、拒絶したら殺されるって考えたら言いなりになるしかないわな」
「瀬田さんの話しだと古矢ゆりかが彼女の部屋に突然、窓を割って乗り込んでから言うことを聞かないといけないという感覚になったらしいの。ボーっとして半分意識が朦朧としたとも言ってたわね」
そう言えば彼女は古矢ゆりかから口づけをされて何かを飲まされたと言っていた。唾液か別の何かかはわからないが、それが曽我くんに対する血液みたいなものだとしたら……。
「……それはそうと、優子が巨人の主導権を握る件ですけどね」北科くんが話しを元に戻してくる。「古矢の中で意識が無くなる前のことを思い出したんですけど、これ僕も同じようにできる気がするんです」
そう言って彼は南月さんの方へ
「優子、ちょっと手伝うてくれんか?」
問いかけた。彼女は「うん」とうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます