第30話 ウチは日本一、不幸な少女や

 研究棟の休憩室に僕と曽我くんだけが座っとる。……いたたまれない。

 御厨山女史から話しがあるからと呼び出されたんやけど、肝心の女史がまだやってきてへん。なんでも優子と一緒に調べもんをしとるらしい。おっつけやってくると言われてから、かれこれ三十分は経っとる。

 ……しかし、まさか助かるとは思うてなかった。トレイに腹ん中突っ込まれてからの記憶はほとんどない。なんとのう夢ん中をさまよってる感じはしとったけど……。

 それよりも尾関二尉に聞いたけど僕の意識が戻った時に大阪弁で優子のことを「安彦良和みたいや」って言うたらしい。四月に彼女が自己紹介した時の記憶がごっちゃになって出てきおったんやな。

 せやけどよりにもよってそんな記憶が出てこおへんでもええやんか。優子がそれ聞いてどう思ったか知るんが怖い。

 それにさっきから曽我くんがだんまりを決め込んでるのも気まずい。彼もその場に居合わせとったらしいから、そん時のことを聞ければええんやけど……なあ。

 思い切って彼に声をかけようとした時にドアが開いた。

 優子と御厨山女史やった。優子が最初に入ってきて一瞬、立ち止まって考えたかと思うたら僕の隣に椅子を持ってきて座ってきた。怒ってへんのかと思うたら

「こんにちは……安彦良和です」

 ってボソッと言うてきた。……絶対怒っとる。

「あ……あのさ、ごめんね。わ……悪気があったわけじゃないんだ。その……なんて言うか」

 なんて言うたらええんやろ?

「気にしてませんから、ご心配なく。名前みたいな苗字なんてしょっちゅう言われてますし」

 めちゃめちゃ気にしとるやろ。

「それよりも、どうして標準語なんですか?」

 ……へ?

「あの時、誠司さん、たしかに大阪弁を話してましたよ。どうしてまた標準語に戻したんですか?」

「え?だって僕は関東の出身だよ。ここだって関東だし、標準語の方が普通じゃないかな」

 優子はジロリとにらみ返して

「記憶が混乱した状態の時に出た言葉なんですから大阪弁の方が誠司さんにとって標準なんじゃないんですか?……いいじゃないですか、大阪弁。誠司さんが喋ったらかわいいと思いますよ」

 まくし立ててきた。

 そう言うてもらうのはうれしいけど……。

「好きになった男の子からオッケーの返事がもらえたと思ったら手も繋げないし、その人からはずっと苗字みたいな名前だって思われ続けてきたし、ましてや標準語で壁を作ってこられてたなんて全然気がつかなかったし……」

 そこまで言わんでもええやろ?彼女は両手で顔を塞いだ

「……ウチは日本一にっぽんいち、不幸な少女や」

「なんで『じゃりン子チエ』やねん!」

 ……あ。

 優子は指の隙間からこちらをチラリと覗いてほくそ笑んでた。なんで僕の好きになった女の子は、姑息な罠を仕掛けてくんねん

「やっぱりいいですよ大阪弁。ねえ、御厨山さん」

 優子は御厨山女史に同意を求めた。なるほど、この一連の流れは女史の入れ知恵か。

「子どものころに一回しか見たことないから、知らないかもしれないって思ってたんだけどね。大阪ではいまだに再放送してるらしいわね」

 タブレットから目を離さんまま女史が白々しく言うてきよる。

「してません。僕が大阪に住んどった頃には地上波じゃやってませんでした。友だちに全巻借りて読んだんとCSで第一期と劇場版を見たくらいです。いや、大阪弁で話すのが嫌やってわけやないですよ。せやけど、こんなやり方で引き出されてもうれしくない」

 僕は渋々と言った体で大阪弁に切り替えた。

「ここまでやらないと誠司さん、大阪弁にしてくれないでしょう。頑固だから」

「アホ!誰が頑固やねん」

「ああ、『アホ』って言った!関東の生まれなのに『アホ』って言われたらどれだけ傷つくか忘れてる」

 優子が指さして訴える。

「指さすなや!『大阪弁に変えろ』言うといて『アホって言われたない』なんておかしいやろ。関西では『アホ』は愛情の証しや」

 一気にまくし立てる。久しぶりに大阪弁で思いっきり喋れてるから、なんか気分がええ。

「ここは関西じゃありません」

「せやったらまた東京弁に戻すで」


「あいつらいったい何してるんでしょうね?」

 タブレットを見ていた私に向かって曽我くんが訊ねてきた。そんなの決まってるじゃない。顔を上げて二人を見ながら

「イチャイチャしてるんでしょう」

 と答えた。他にどう見えるってのよ。

 再び、タブレットの資料に目を落とす。そこには警察から送られてきた古矢ゆりかの身上書のPDFファイルが映っている。名前と本籍と現住所それに生年月日のあとに両親の名前が書かれている。そして追加事項に「養子」と書かれていて養子縁組の日付が記載されている。どうやら施設に引き取られてから一年以内に今の古矢家に貰われたようだ。

 古矢夫妻は今でも彼女が巨人化している事実を知らない。警察には義両親から捜索願が出されているそうだ。

 そして、別のファイルを開く。そのファイル名は「南月優子」。彼女の身上書にも「養子」の文字がある。

 ……現代のかぐや姫たちは宝物を男に取ってきてもらうんじゃなくて、自力でもぎ取って行くのね。

 だとしたら、彼女らは月に帰って行くのかしら?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る