第29話 ……誰それ?

 北科誠司くんがセブンの右手にしっかりと握られていた。やった!思わずガッツポーズをする。

「なんだ?何があったんですか?」

 曽我くんが訊いてくる。そうか、彼には遠すぎて見えてなかったのね。

「南月さんが北科くんを取り戻したのよ」

 私はそう言うとまた双眼鏡を覗く。北科くんを取り返したセブンの体が光り出した。北科くんが体から抜けたシンクの体は光りながらタイプ・トレイに戻った。

 そして、セブンの体は倒れながら小さくなっていく。……分離していく。

 トレイは立ち上がり、その腕を伸ばす。また北科くんを手に入れるつもりね。

 そう思っていたら、私の傍らを曽我くんが駆け出していく。しまった!止める間がなかった。

 演習場では南月さんたちに近づけさせないようにトレイに向けて砲弾が飛び交いはじめた。当てないように注意を払っているはずだけど、あんなところになんの装備も持たずに走っていくなんて無茶でしょう。

 砲撃が止んだと思ったら、対戦車ヘリコプターAH-1Sコブラがトレイの行く手を阻んでいる。その二十ミリ機関砲はしっかりトレイに向けられている。何か動きがあれば撃つつもりなのか。

 そのトレイの足下にジープが走り込む。


 やっと優子たちのところまでやってきたと思ったら、彼女らは自衛隊員の乗ってきたジープに運び込まれようとしていた。

「なんであなたがここにいるの?」

 以前、俺たちを助けてくれた女性隊員が俺に怒鳴る。またこの人が助けてくれたのか。

「南月さんたちは無事なんですか?」

 彼女の質問を無視して優子の容態を確認する。

「……ああ、彼女は全然平気。そんなことより早く乗って。こんなところでグズグズしてられないんだから」

 彼女は俺をジープに押し込んで自分も乗り込む。

「……誠司さん。聞こえますか?」

 狭い車内の隅で優子が助けだした北科先輩に向かって語りかけていた。


 目を瞑ったままの誠司さんに向かって何度も話しかける。傍らで自衛隊員が脈を取ってくれている。微かだけど呼吸音も聞こえているから、生きているのは間違いない。

「これくらいにして、あなたも休んでください。あとは我々に任せて」

 隊員がわたしのためにスペースを空けてくれる。勝手に巨人化して戦った、わたしたちに対して彼らはいつも優しく接してくれている。わたしは言われたとおりあてがわれたスペースに座る。ジープがゆっくりと走りはじめた。

 気がつくと隣に奏がいた。なんで?

「南月さんは大丈夫なのか?」

 彼が訊いてくる。

「わたしはご覧の通り。でも誠司さんが目を覚まさないのよ」

 今も自衛隊員が誠司さんに向かって語りかけている。タイプ・シンクの中でずっと意識がない状態だった。もしかしたらこのまま目が覚めないのかしら?

「……北科くん?聞こえる?……反応ありました」

 声をかけていた隊員が尾関さんに報告してきた。尾関さんとわたしは誠司さんの側に行って声をかける。

「……あ、南月……」

 誠司さんがわたしの苗字を呼ぶ。わたしは「はい、南月です」と応える。本当は名前で呼んでほしいけど今は意識を取り戻してくれるだけで十分。

「……南月……って……名前みたいな苗字やな。なんか、安彦良和みたいや……」

 ……誰それ?


「安彦良和。一九四七年十二月九日生まれ。日本の漫画家でアニメーター。一九七〇年に虫プロ養成所に入ってアニメーターになる。虫プロ倒産後、数々の作品に携わるがキャラクターデザインと作画監督を努めた『機動戦士ガンダム』が一世を風靡……」

「もう検索して知ってます」

 南月さんは私の解説をを聞き流しながらスマホを弄っている。彼女が「安彦良和」で検索をかけたのを知っているから教えにきたんだけどな。

「ついでに金田伊功さんのことも調べました。その人もアニメーターなんですね」

 南月さんは興味なさげに付け加えた。

「……どうして言ってくれなかったのかな」

 金田さんがアニメーターだってことに興味があるとは思わなかったからね。……ってことじゃないわよね。

「それは、あなたが自分の苗字が名前みたいだっていつも言われているからじゃないの?」

 彼女は私のその言葉に食いついてきた。

「そもそもそれっておかしくないですか?安彦さんって人が名前みたいな苗字だってのはわかりますけど、わたしの苗字って名前みたいですか?夏に木って書いて夏木さんだっているのに、その人はたぶん名前みたいだって言われてないですよ」

 ……知らんがな。私が言い出したわけじゃないし。

「なんだか、わたしイジメられてるんじゃないかって思うんですよね。今まで気がついていなかったけど」

 どうして今までそう思わなかったのかが不思議だけど……。

「それで北科くんからもイジメられてるって思ったの?」

 南月さんは首を横に振る。

「いえ、それじゃないんです」

 ……へ?

「どうして大阪弁を話すことを教えてくれなかったのかなって」

 あ、そっち。

「小中学校は大阪に住んでいたのは知らなかったの?」彼女は首肯する。「元々、生まれはこっちだったから標準語を話すのは苦じゃなかったと思うわ。親御さんもこちらの出身だし。ことさらいう必要を感じなかったんじゃないかしら」

 どうして私が北科くんを弁護しなくちゃいけないのかしら?

「いいじゃないですか、大阪弁。隠す必要なんて全然ないでしょう。それこそ誰かにイジメられてたんなら別だけど」

「意外とそうかもしれないじゃない」

「でも、からかわれてるところを見たことないですよ。みんなも知らないんですよ」

「だったら、本人が大阪弁を話すのを嫌がってるんでしょうね。それこそ無理に問いただしたりしない方がいいんじゃない」

 正論に不満げな顔が返ってくる。

「話が変わるんだけど」私は話題を変えた。本来はこちらを言いたくてここに来たのだ。「例の北科くんの眼鏡は分離して落っこちた時に壊れたみたいなの。その状態でタイプ・セブンに変身できるかやってみたいの。それと、北科くんの他の荷物でも変身できないかも調べたい。もし、体調がいいようなら協力してくれないかしら」

 南月さんは「いいですよ」と言って立ち上がった。

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