第28話 おかえりなさい
なぜかドローンを飛ばそうとして自衛隊の人に怒られてる人がいる。
御厨山さんはそのまま出てきたから眼鏡を白衣のポケットに無造作に放り込んでいる。なんとかしてあれを手に入れたい。
だけど、わたしは今度はがっちり研究室の人をつけて連行するように、地下室に連れていかれる。余計なことをしでかすのを避けるためだろう。
あともう少しでシンクがやってくるのに、なんにもできないのがもどかしい。それに自衛隊の作戦も具体的に決まっていない状況らしいし。それじゃまた逃げられちゃうんじゃないの?
ほんの一瞬チャンスがあれば御厨山さんから眼鏡を奪い取れるのに。
もちろん、眼鏡を手に入れたからってなんにも起きないかもしれない。そうなったら素直に諦めるしかないか。……いや、せっかく古矢ゆりかがここまで来るんだからなんとしても行かなくちゃ。
「……あ!いけない。タブレットを忘れてきちゃった。ねえ、只野くん急いで持ってきてくれない?」
御厨山さんがわたしの右隣にいる男性にお願いする。
「いや、南月さんを連れていかないと……」
「私が連れて行くから、お願い」
手を合わせて再度お願いしてる。こんな媚を売るような態度って珍しいな。第一、タブレットなら自分で取りに行けばいいのに。只野さんって人は渋々ながらも研究室に引き返していく。
御厨山さんはわたしに近づき、
「外に出るから、ちょっと着いてきて」
そう言ってわたしの手を引いて強引に外に出た。
「まだ来てないみたいね」
自衛隊の戦車や対空火器がならぶ演習場の空を見ながら彼女がつぶやく。なにを考えているのかしら?
「……私ね、見てみたいの。あなたがこれをかけたらどうなるのか」
そう言ってポケットから誠司さんの眼鏡を取り出した。
「もし、巨人化できなかったら大急ぎで戻ってきて。勝てないって思ったときも、そう。あなた結構無茶するから」
わたしに眼鏡を差し出してくる。
「……怒られますよ」
「慣れっこよ」
彼女は意味ありげに笑ってる。その手から眼鏡を受け取ると全力で駆け出す。
もう眼鏡を取った右手から光が出てる。多分このまま持っていても変身できるんだと思うけど、せっかくだからかけないとね。
……待ってなさい、古矢ゆりか。必ず誠司さんを取り返してみせるから。
走り去る南月さんの体が眩しく輝いたと思ったら突然巨大化しはじめた。
「……タイプ・セブン」
銀色の頭以外がほぼ赤いその巨人は巨大化した自分の体を持て余したのか演習場の平原ですっころんだ。歩幅が突然変わったことに対応できなかったのだろう。
戦車の砲塔が彼女に向きはじめた。まずい、彼女が攻撃されるようなことがあったら元も子もない。シンクが来るまで待っていればよかった。
起き上がったセブンは自分に向けられている砲塔には目もくれず、上空の一点を見つめていた。
数秒の後、タイプ・シンクがそこに現れた。
「……」
黙ったまま古矢ゆりかはゆっくりと地面に降り立った。
わたしは立ち上がると彼女の目を見て
「古矢ゆりか……」
とだけつぶやく。もっともわたしの今の体も口がないから声になっていないはず。
「……南月?どうしてあんたが?」
古矢ゆりかの声が頭の中から聞こえてくる感じがした。これがテレパシーってやつ?
「……誠司さんを……返せっ!」
わたしはゆりかに向かって駆け出した。自分の体とは思えないくらい軽やかに動く。誠司さんたちが言っていたのとはまるで違う。
ゆりかがぶつかりそうになるわたしをかわそうと身をよじる。わたしはその先を読んで左脚を蹴り上げる。足が彼女の左脇腹に当たる。倒れそうになるゆりかの頭部がざわざわと動く感じがする。
……来る。例の触手がわたしに向かって飛んでくると思った。由美那を刺し貫いたあの触手が。
わたしはさらに踏み込んでゆりかの触手を根本から掴みかかる。そして二人揃って地面に倒れる。上にのしかかった状態でシンクを殴る。こいつだけは許せない。
「ちょっと南月。……いい加減にしてよ!」
ゆりかは強引にわたしの顔を殴りつけ、引き剥がす。起き上がったゆりかは
「……瀬田さんは失敗したわけね。こんなことなら私が強引に乗り込んだ方がマシだったな。よりにもよって南月が手にするとはね」
そう言って飛び上がろうとした。そうはさせるか。
わたしは少し上に向かって飛びかかる。タイミング的に彼女の右足を掴むことに成功した。
「南月、離して」
絶対離すもんか!まだ飛び去ろうとするシンクの足を持ったまま、まるでハンマー投げのように強引に振り回す。足元が覚束ないけどここで止めてしまっては逃げられてしまう。そう思って必死になって回し続ける。
周りの戦車や車両が遠ざかっていく。まさか投げ飛ばすって思ってないでしょうね。そんなことしたら逃げられちゃうじゃない。ゆりかが目を回して戦意を喪失させるのが目的なんだから。わたしだって少しは考えてるのよ。
「やい、古矢ゆりか!さっさと降参しろっ!」
わたしは頭の中でゆりかに呼びかける。だが、彼女は答えるかわりにわたしに向かって右拳を突き出した。
やばい!エースと同じようにビームを出すつもりだ。
わたしはもつれそうな足を止めて一気に体ごと後ろに倒れるようにシンクを地面に叩きつける。シンクとわたしは一緒になって倒れ込む。
急いで起き上がりシンクの足を引っ張りながら、その上半身に食らいつく。
「誠司さんを返しなさいっ!」
そう叫んでこちらに向けた拳を左手で払い除けて右手をシンクの胸元に突っ込んだ。
……突っ込んだ?シンクの体の中に手を入れることができた。誠司さんにもできなかったことができた!
私は小型の双眼鏡でセブンの右手がシンクの胸元に深く突き刺さっているのを確認した。
「あれ、誰ですか?」
その声に振り返ると曽我くんが立っていた。
「南月さんよ。彼女が北科くんの眼鏡をかけて巨人化したの」
また双眼鏡を覗き返す。
「なんであいつが……そんなことになってるんですか?」
「……私が彼女に眼鏡を渡したからよ」
曽我くんはまだ双眼鏡を覗いている私の肩を掴んで強引に振り向かせた。
「あんた、なにやってるんだ。優子……南月になにかあったらどうするつもりだ」
双眼鏡を外して怒鳴る曽我くんを見やる。
「あなたたちに比べたら、かなりいい戦いをしてるわ。シンクにビームを撃たせる暇すら与えてないんだから。巨人化するかは五分五分だったけどそうなったらいい勝負ができると踏んでたわ」
「どういうことだ?」
再び双眼鏡を覗く。曽我くんはさらに問い詰めてくるが、気にしてはいられない。あの腕が抜き取られた時に何が起きるのか。今の私の関心はそれしかない。
シンクの体の中に入れた右手になにも感触はない。何かを掴んだわけではなさそうだ。いったいどこに誠司さんがいるのかわからない。
「誠司さん、どこにいるの?」
シンクの体をまさぐりながら一生懸命に探す。その間、シンクは体をのけぞらせながら必死にわたしから逃れようとする。
「早く誠司さんを出しなさいよ!」
わたしは古矢ゆりかに向かって叫ぶ。彼女はなにも言わずにこちらに左拳を向けた。まだビームを出すつもりね。
シンクの左拳が光り出してきた。わたしは構わずシンクの体の中から誠司さんを探す。
やがて何かを掴んだ感触が感じられた。わたしはシンクの左手を見る。ビームを出そうとしていた手から輝きが消えていく。……確信を持った。これは「誠司」さんだ。
おもむろに右手を引き抜く。
その手に「彼」がいた。夢にまで見た「北科誠司」さんだ。
……誠司さん、おかえりなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます