第27話 タイプ・サイス
北科先輩の部屋の中で瀬田の体が光り輝いて変わっていく。巨人化こそしなかったが体は銀と黒のラインが入った姿に変わった。
変身した瀬田は自分の姿に戸惑っているようだ。こうなるとわかっていなかったのか?いや、そもそもどうして瀬田が変身できるんだ?
「下がって」
自衛官が俺たちの前に立ちはだかって瀬田に向かって拳銃を向ける。
「待って!」
俺の声を無視して自衛官は数発、瀬田に向かって拳銃を発射する。だが、弾丸は当たらなかったのか瀬田は怯むことなくこちらに向かって突進してきた。
瀬田の小さな体は自衛官の懐近くに潜り込んで体当たりをかます。瀬田の二倍はある自衛官が軽々と廊下に吹っ飛ぶ。他の隊員が一斉に銃を瀬田に向ける。だが、瀬田は隊員たちを無視して俺を……俺たちを見てる。
狙いは優子か?出来る限り優子の体を俺の背に隠す。
瀬田は俺たちに向かって右の拳を繰り出す。俺はその拳を左手で払う。どうやら巨人の時と違って俺の体はちゃんということをきいてくれてる。
俺は半身になって瀬田に相対す。瀬田を見ながら右手で優子の体をトンと押す。彼女はよろけるように俺から離れる。……どうやらもう俺と優子は融合しないらしい。
この生身の体で超人になった瀬田と戦わなくちゃいけないのか。だが、自衛隊に任せるわけにはいかない。下手をすれば殺しかねないから。
瀬田はふわりとジャンプすると右脚で蹴りをいれてくる。スピードは遅い。体を引いて避ける。彼女が着地する瞬間を狙って足を狙ってローキックを放つ。俺の動きが読めるのか着地と同時に右脚を上げて避ける。だが、そこでバランスを崩す。俺はそのタイミングを狙って右肘を彼女の顔に叩き込もうとするが、瀬田は左足を軸にしてその攻撃をかわす。
どうやら瀬田は俺の動きはかなり見えるようだ。だが、戦い方になれていないから対応がその場しのぎだ。
なら戦い方はある。
俺は半身で腰を落とし上半身をひねって右拳を引く。この格好なら瀬田でも俺が正拳突きを繰り出すことくらいわかるだろう。
左足を前に出し、一気に瀬田との間合いを詰めてから右脚と右拳を同時に出して追い突きを繰り出す。彼女はその動きに合わせて体を引いてかわそうとする。よし!
俺は出しかけた右脚を引っ込めて地面を蹴る。そして体ごと瀬田にぶつかる。瀬田がバランスを崩す。その右腕を左手で掴んで引き寄せて、柔道の袈裟固めをかける。体育の授業で一度やっただけだからうまくかかったかどうかは自信はないが、この体格差なら十分ホールドできるだろう。
だが、甘かった。優子より若干背が高いとはいえ、高校一年の女子としてはまだ小さい瀬田の体にいったいどうしてこんな力があるのか。瀬田は俺の体を軽々と抱え上げ強引に袈裟固めを外して投げ飛ばした。
とっさに頭を庇ったが受け身は取れなかった。巨人化のせいで体が回復していなかったら、どうなっていたか。
俺と瀬田の間に自衛隊員が割り込む。だが、彼らを無視するように蹴散らすと、また俺の頭を掴んで持ち上げる。そして、顔面にパンチ。また吹き飛ぶ。
くそ、生徒会長といい瀬田といいどうしてこんなに強いんだ。 朦朧としている俺の腹を蹴り上げてくる。
「しずか!」
この声は優子か?あのバカ、俺と瀬田の間に割り込んできたのか。
わたしはとっさに奏をかばうようにしずかとの間に立ちはだかっていた。しずか……いや、これも大きくはなってないけど巨人と同じタイプなんとかっていう名前がつくんだろうな。六番目だったと思うけど、なんだったけ?まあいいけど。
「しずか、なにやってるの?これ奏だよ。どうしてしずかが奏を傷つけてるのよ」
しずかはわたしの言葉なんか聞こえていないかのように、ゆっくりとわたしたちに近づいてくる。自衛隊の人たちもわたしたちがいるせいで拳銃を撃つことができないのだろう。もちろん、しずかを撃たせるわけにはいかない。
「しずか、元に戻って。自分の力で戻れるはずだよ」
その言葉を合図にしたかのように、しずかが廊下を蹴ってこちらに突進してきた。
なぜかわたしは逃げずにしずかに向かって駆け出していた。頭の中では「しずかを元に戻す」と考えていた。この子をゆりかと同じにはさせない。
しずかはわたしの横をすり抜けていこうとする。狙いは奏か。わたしは眼中になかったわけね。わたしはすり抜けるしずかに向かって右手を伸ばす。
南月さんと瀬田しずかさんことタイプ・サイスがぶつかったかと思うと二人の体からまばゆい光が解き放たれた。
とっさに両腕で目を塞ぐ。
「うわっ!」
という複数の男の声が聞こえると同時になにかがぶつかる音が聞こえた。そして、私の足元にもなにかが滑り込んできた。光が治まって目を開けるとそれは赤いフレームの眼鏡だった。……北科くんの眼鏡?
眼鏡を拾って周囲を見渡すと横たわっている南月さんと瀬田さんが自衛官に取り囲まれていた。
「なにがあったの?」
声をかける。そばにいた研究室のスタッフが
「南月さんが瀬田しずかと眼鏡を分離させたみたいなんです」
と言った。
「……分離?どうやって?」
問い詰めるがスタッフは「さあ?」と首をかしげる。仕方ない。あの光の中だったらちゃんと見えないものね。後で二人に訊いてみよう。
私は北科くんの眼鏡を拾ってみる。どう見てもなんの変哲もない眼鏡だ。どうしてこれに触れただけであんな姿に変わったのか?瀬田しずかさんは巨人化しない人間なのは間違いない。以前は南月さんや曽我くんとも融合しなかったのだから。それが曽我くんと触れて光り、南月さんとぶつかって分離した。おそらく古矢ゆりかが彼女になにか施したのかもしれない。
廊下に担架が運ばれ、南月さんと曽我くん、それに瀬田さんが運ばれていった。他のタイプ・サイスに吹き飛ばされた自衛官は軽症だったのか自力で医務室に向かった。
あとの始末は自衛隊に任せて私はこの眼鏡を調べてみよう。踵を返して研究室に戻る。
眼鏡を分解してみても、眼鏡であること以外わからない。なにか機械が仕込まれているとそういうわけでもない。レンズを調べても薄型の度数が強いということくらいしかわからない。
眼鏡を元の状態に戻して再度眺めてみる。メタルフレームに赤い塗装がついているだけの変哲もない眼鏡だ。どこに秘密があるかさっぱりわからない。
「先生」
スタッフが声をかけてきた。振り返ると入り口に南月さんが立っていた。
「起きて大丈夫なの?」
彼女に近づく。南月さんは
「眼鏡、調べたんですよね?なにかわかりましたか?」
と訊いてきた。私は首を振って
「あいかわらず、なにもわからないことがわかっただけよ」答えた。
「貸してください」
彼女が手を伸ばしてきたので、とっさに眼鏡を持っている手を上にあげる。
「ダメよ。あなたが触ると瀬田さんみたいになるかもしれないでしょう」
「だからです。わたしはあの力が欲しいんです」まっすぐ睨みつけるようにこちらを見る。「あの力があれば古矢ゆりかから誠司さんを取り戻せるかもしれないから」
……サイスを分離させたことを言ってるのね。あの眼鏡をつけて変身して、シンクと戦って隙を見て分離させようっていうのでしょう。
「でもね、そんな危険なこと承諾することはできないわ。
手近な椅子を持ってきて南月さんを座らせる。
「自衛隊もシンクを捕まえる作戦を考えているわ。それが成功したら北科くんを助けだすために、あなたの力が必要になってくる。なにもかも南月さん一人でやることはないのよ」
南月さんはうつむいて顔を見せないが、両の手はグッと握りしめたままだ。納得していないのだろう。
だけど納得しようがしまいが彼女を戦いの場に連れ出すのは認められない。二度の巨人同士の戦いはどちらも惨敗だったのだ。サイスとの戦いだって分離できなかったらボロボロにされていたのは間違いない。
そうは言っても、この眼鏡を南月さんがかけたらどうなるかは興味がある。瀬田しずかさんみたいに等身大の超人になるとは思うのだけど。
そもそもどうして南月さんと瀬田さんは融合しないのか?瀬田さんと曽我くんは融合しかかったけど上手くいかなかった。そんな反応が出たのは今日がはじめてみたいだったし。
瀬田さんの場合は古矢ゆりかが何かを施したのだと思う。それで瀬田さんに融合する力がついた。
聞いてみないとわからないけど、本当は曽我くんと融合したかったんだろう。それができないとわかった時点で眼鏡を奪うことにした。瀬田さんは眼鏡と融合することを知らなかった感じだったけど、だとしたらどうして眼鏡を取りに行ったのか?
とにかく瀬田さんが回復するのを待つしかないか。彼女がどこまで知らされているかわからないけど。
突然、部屋のインターホンが鳴る。スタッフの一人が応対する。彼はこちらを向いて
「……シンクがやってくるそうです」
と教えてくれた。
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