第25話 瀬田しずか

「サンプル4とエースが現れてから世界中で巨人と肉塊の目撃情報がネット上であふれてるんだよな」

 俺は部屋の備え付けのベッドで横になっている優子に向かってまとめサイトに載っている情報をとりとめなく話していた。瀧岡の死を知って倒れたと聞いてやってきたのだが正直持て余してる。

 ついこの間までだったらくだらないバカ話を話していられたのだが今はできない。もう昔の幼なじみではないのだから。

「見たっていう話だけもあるし、写真や果ては動画まで上がってるケースもあるんだ。だけど、ほとんどがニセモノで検証サイトとかで論破されたり、加工の証拠をあげられたりしてる」

 優子は俺の話しを聞いているのかいないのかわからないくらいボーっとしている。目が開いているんだから起きてはいるんだろうけど。

「ただ中に十七年前の新潟のケースを目撃したって人がいるんだけど、これも嘘と決めつけられてる。理由は『そんな話が本当にあったらその時に騒ぎになっていたはず』だって。『そんな長い間秘密にできるはずがない』ってさ」

 彼女がこちらをちらっと向いた。どうやら興味が出てきたか?

「目撃者って人の話だと、それを見たその日に黒い服の男が数人やってきて『今日見たことを決して口外しないでください。もし外にもらしたらどうなるかわかりませんよ』と脅されたそうなんだ。その話も一笑に付されてる。『メン・イン・ブラックかよ』って」

 自衛隊か警察のどちらかが黒服になって伝えに言ったんだろうな。でも、逆にこれなら目撃証言が嘘っぽくなる気がする。そこまで計算したのかな?

「でも、嘘じゃない……んだよね」

 優子がやっと口を開いた。

「嘘だったらよかったのに……全部」

 しまった、話題を間違えた。こいつ子どもの頃から泣き虫だったから手を焼いてたんだ。また泣かれるかもしれないと思い身構えてしまう。

 だけど、優子は泣くことなくベッドから起き出した。

「いったい古矢ゆりかはなにをやろうとしてるんだろう?」

 優子はもうあいつのことを「先輩」と呼ばなくなっていた。


 瀬田しずかは自己嫌悪にさいなまれていた。ここ数日の自分の言動は常軌を逸している。南月優子が北科誠司に告白したと聞いて「自分にもチャンスがあるかも」と思った時からの自分は自分でない気がしてる。曽我奏から「可愛い」と言われたのもその行動に拍車をかけたと思う。

 彼がいかに南月が好きかという話しを聞かされて、妬みの心が湧いてきたのも自覚してる。なにか行動しないと、と思った時にあの事件が起きた。奏が自分たちをかばって怪我を負って入院した時とっさに「妹だ」と嘘をついて強引に付き添った。両親も奏の親御さんもそのことについて咎めなかったのもあって、もっと大胆な行動をとった。

 彼が病院を抜け出して彼の母親と一緒に自衛隊に行くという計画に加担して、まんまとそこにもついて行った。共犯関係になった気がして彼にずいぶん近づけたとも思った。しかし、その自衛隊の駐屯地に南月と北科がいるとは思わなかった。南月と奏の二人がヒソヒソと話しているのをみてまた嫉妬の感情が起こった。

 それだけじゃなくこの二人があろうことか融合して巨人になった。その場面を目撃した時の衝撃は計り知れない。どうしてこの二人が?

 その後、元に戻った奏の手を取っても自分とでは巨人にならなかった。まるで運命から拒絶されたような気分だった。

 その気持を南月にぶつけずにはいられなかった。彼女を泣かせてしまった自覚はある。そしていまだに謝れていない。それだけじゃなく北科を奪われた南月にむかってまた暴言を吐いてしまった。そのせいで今、奏は彼女と共にいる。自業自得だと思う。

 その上、今朝になって瀧岡由美那が亡くなったという知らせが飛び込んできた。

 由美那の通夜で南月とはち合わせしたらどうしようかと危惧したが、彼女は来ていなかった。由美那の親御さんにも訊いてみたが、やはり来ていないと言っていた。

「やっぱりちゃんと行って謝らないと……」

 帰宅して夕食と入浴を済ませてからパジャマに着がえる。かといって眠れるわけではない。神経が休まるくらい眠れた日が幾日あっただろうか。今夜もベッドの中であれこれ考えてしまうのかと思うと気が滅入ってくる。

 その時、背後から何かが割れる音が聞こえた。

 振り返ると割れたガラス窓に巨大な蛇のようなものがまとわりついていた。以前に見た覚えがある。木更津の駐屯地で見た動画にこれと同じものが映っていた。そこに映っていたそれは鞭のように動いたかと思うとまるで槍のように自衛隊員の体を貫いて何人も血祭りに上げていた。

 そしてその映像の中心に映っていたのは……。

「ごめんね。ガラス割っちゃって」

 古矢ゆりかが触手に引っ張られるようにガラス窓から入ってきた。

「時間がないから、さっさと済ませて帰るね」

 彼女はそう言ってしずかに近づいたかと思うと、唇を重ね合わせた。

「……!」

 何かが口の中に入れられたと感じたが声に出せない。やがてゆりかはゆっくりとしずかから離れた。

「そのまま飲み込んで」

 なぜか彼女の言うとおりなにかわからないものを唾きと一緒に飲み込んでしまった。ゆりかはニッコリと笑って

「……一度しか言わないからよく聞いて。今のあなたは曽我奏くんと肌が触れたら融合できるようになったから。大きくはなれないけど超人的な力は手に入る。それで、木更津にある北科くんの眼鏡を取ってきてほしいの。それが無理なら壊してくれないかな」

 穏やかな口調で語りかける。しずかはぼうっとした状態でそれを聞いてる。

「さて、じゃあもう行くね」

 ゆりかはそう言うとあっという間に割れたガラス窓から外へと飛んでいった。

 部屋の外ではノックが繰り返され、

「しずか、どうした?大丈夫か?」

 と両親の声がしたが、耳に入ってこない。

 しずかはその声を尻目にスマホを取り出し、電話をかけた。


 都内上空に突如巨大な物体が現れ落下しているという情報が入った。航空自衛隊にスクランブル発進がかかったらしい。詳細を聞くとどうやら「サンプル」の可能性がある。

「破壊は待ってください。あれが『サンプル』だとしたら人間ですよ」

 陸上自衛隊の司令官にそんなことを言っても無駄かもしれない。

「御厨山先生、真下は住宅地なんです。このまま落ちれば大惨事になるのは目に見えてます」

 陸将補は私の顔を見ずにそれだけ言ってあとは災害派遣の指令を出した。

 それはわかっている。もちろん上空でサンプルを破壊できたとしても破片等で被害は免れないだろう。今は被害を最小限にすることに全力をあげなくてはいけない。

 だけど、貴重な研究資料であることに変わりはない。なぜ、上空から降って来るのかもわからない。航空機の事故という報告もない。

 そこに新たな報告が入った。現場に到着した空自の戦闘機からの報告で突如、地上から上昇してきた小さな物体と衝突、あろうことかタイプ・シンクと思しき巨人に姿を変えて再度虚空に消えていった。

 ……タイプ・シンク?と、いうことはまだ曽我かなでさんは巨人の体から排除されていないということ?

 なるほど上空から落ちてきたサンプルはかなでさんと北科くんの融合体というわけね。だとしたら地上から上がってきたのは古矢ゆりかということか。彼女がなにをしに人間の姿で地上にいたのかはわからないけどその間、二人はサンプルにしておけば逃げ出される心配はないわけだ。北科くんはかなでさんのお守りに使われたというわけね。

 私は自分のスタッフに古矢ゆりかとみられる物体がどこからあがってきたか至急調べてもらった。

 結果は別方向からわかった。


「もしもし南月ちゃん。しずかです。……私、そちらに荷物を忘れたみたいなんです。それでそちらに伺いたいんです。入れるようにお願いしてもらえないでしょうか?……ええ、お願いします。ありがとうございます。じゃあ、また明日」

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