第24話 瀧岡由美那

 その日、瀧岡由美那は呼び出されて中等部の頃に遠足で来た山の中にやってきていた。中等部の時は友人の南月優子にくっついて生徒会室に遊びに行ったことがあるから、まるっきり知らない仲じゃない。

 だけど、高等部では生徒会室に出入りはしなかったので接点はほとんどと言っていいほどなくなってる。

「それでもやってくるんだから、あたしも人がいいわ」

 一つには休校になっているせいで学校の人とのリアルな接触がほとんどなくなってるからというのがある。

 さすがにあんな事故があったあとで友だちに「遊びに行こう」と誘う気にもなれなかったし、肝心の近い友人である南月優子と瀬田しずかがなんだかいがみ合っているのではないかという雰囲気を醸し出してる。三人で作ってるLINEのグループでも二人が参加している気配がない。

 他のクラスメートとはLINEや電話で話しをするが、やはりあの二人と話すときのような楽しさは感じられない。

 そんな寂しさがつのっている中での電話だった。

 彼女は

「いきなりで悪いんだけど明日、ハイキングに行かない?」

 と誘い出してきた。場所は知ってるし、誘われて単純にうれしいと思ってる。一も二もなく応じた。

「お待たせ。遅くなったかな?」

 背後から声がかかる。振り返って由美那はポカンとする。やってきた生徒会長、古矢ゆりかは古ぼけた学校指定の青のジャージにスニーカーという出で立ちだった。ハイキングというからこちらも普段被らない帽子を被ってトレッキングシューズを履いたりして、それなりの格好をしてきたのだけど動きやすいとはいえそれはなんなのかと思った。

「いやあ、ハイキングって格好じゃなかったかな?」

 ゆりかは照れくさそうに頭を掻いた。

「ゆりかさん髪、どうしたんですか?」

 見るといつものツインテールじゃなく右側だけのサイドテールになっていた。しかし、髪全体を横にもってくる普通のサイドテールじゃなく左側のテールがちぎれている。ざっくりと切り取ったという感じだ。

「え?ああ、男に切られた」

「……なんですかそれ?犯罪じゃないですか。誰ですか?つきあってる人ですか?」

 由美那がおどろいて色々と問いただす。

「いや、まあいいじゃない。向こうも理由があったんだから」

 そんな簡単に許せるのかと由美那はさらに驚いた。「自分だったら女の髪を切る男なんて一生許さない」と思う。

「それよりも南月のことなんだけど」

 ゆりかが唐突に切り出した。

「あの子、北科くんとつきあいだしたって言ってたけど本当?」

「え?ああ本当ですよ。例の怪物さわぎの日に告白の返事をもらってつきあいだしたそうですよ。あたしは直に聞いてないんですけど、しずかがそう言ってました」

「しずか……?ああ、瀬田さん?」

 由美那はうなずく。しずかも中等部の時に生徒会室に遊びに行ってたからゆりかと面識はある。

「ええ、ただ最近しずかと南月の間で揉めてるみたいで……」

「揉めてる?なにかあったの?」

「それがよくわかんないんですよ。あの子たちの仲が悪くなってるのはなんとなくわかるんですけど理由がさっぱり。あたしがいないところでなにかあったみたいなんだけど全然教えてくれないから」

 山道を登りながら今までのうっぷんを晴らすように喋りまくる。ゆりかは黙って聞いているとふいに

「二人が揉める理由に心当たりないの?……例えば北科くんを取り合っていたとか」

 訊ねてきた。それを聞いて由美那は思わず吹き出す。

「それはないですよ。しずかが好きなのは隣のクラスの曽我くんですから。……あ、もしかしたらそれかも」

「それって?」

「曽我くんって南月の幼なじみで結構、仲いいんですよ。もしかしたらそれでしずかが嫉妬したのかもしれない」

 由美那は合点がいったように一人でうなずく。

「曽我奏くんって空手をやってる子だよね。たしか生き別れのお姉さんがいるとか」

「え、お姉さん?そんなの全然知りませんでした。先輩よく知ってますね」

「いや、結構有名だから」

 曽我奏がそんな有名人だったとは知らなかったと由美那は思った。

「瀬田さん家ってたしか二十三区内だっけ?」

「ええ、中等部の頃から越境通学ですよ」

 そう言って具体的に住所も説明した。もっとも希星館はほとんどの生徒が小学部から越境なのだが。南月優子や曽我奏のように学区内から通っている生徒の方が珍しい。

「そりゃ遠いね。大変だよね」

 ゆりかはそう言うと歩みを止めた。先を進んでいた由美那が思わず振り返る。

「ごめん、用事を思い出したからやっぱ帰るわ」

 そう言うが早いか道の脇の林の中に姿を消した。思わずボーッとしてしまったが、我に返ってゆりかの後を追いかけた。

 この林は遠足の時は立ち入り禁止だったはずだ。奥に沼地があって底は浅いが足を取られて溺れる事故が多いと教師が言っていた。

「そんなところに何の用だろう?家に帰るなら道を逆に進めば済むはずなのに」

 考えてみれば待ち合わせ場所が麓ではなくて山中というのも変だ。

「何かある」

 生来の好奇心がうずいてくる。見つからなければ引き返せばいいだろう。気楽に考えて林の中へ進んでいく。

 案の定、ゆりかの姿はもう見えない。

「これは失敗したか」

 引き返すか、もうちょっと進むか歩みを止めて考えようとしたところに水のせせらぎが聞こえてきた。

「この先に沼地があるのね」

 と奥に進むとその沼の中に鎮座ましてる巨大な物体があった。あれは見たことがある。街を破壊し自分や友人を傷つけたあの物体にそっくりだ。

「ああ、困ったな」

 声のした方に振り向く。古矢ゆりかが立っていた。

「先輩!あれあの時の……」

 学校の先輩に報告する由美那の表情が変わった。目の前に立っている生徒会長の様子が変だ。

「顔見知りが死ぬのを見るのは気が滅入るんだけどな」

 それが瀧岡由美那が最後に聞いた言葉だった。ゆりかの失意の表情が彼女の見た最後の景色だった。

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