第23話 研究室にて

 二人が研究室にやってきて協力を申し出てくれて正直、驚いた。南月さんは

「誠司さんを助け出したいから、巨人の体から彼を取り出す方法を見つけたい」

 とハッキリ言った。だから研究をそちらに絞ってほしいと。

 こちらも否やはない。ただおそらく目的を達した古矢ゆりかがここに戻ってくることはないのではないかと言うと

「だったらこっちから探しに行きます」

 キッパリ返してきた。本気なのね。だとしたら時間が惜しい。もう夕方だけど明るいうちに進めるだけ進めましょう。

 外に出て二人に「タイプ・ケイト」になってもらう。そして右手を体に突っ込ませてみる。案の定、無理だった。いったいどんな条件でそれが可能になるのかしら?


 机の上に紙コップが置かれた。タブレットに入っている資料から目を上げると南月優子さんが私の分のコーヒーまで淹れてくれていた。

「ありがとう。でも、コーヒーくらい自分たちで淹れるのに」

 そう言うと彼女は笑顔を向けて

「わたしが飲みたかっただけですから。ついでです」

 そう言ってテーブルの向かいの席に座ってカップに口をつけた。

 昨夜、あれから夜が更けるまで融合、分離を繰り返してそのメカニズムを探ろうと必死になった。曽我くんはその疲れが出たのか昼過ぎになってもまだあてがわれた部屋で眠っているらしい。

「疲れてないの?」

 淹れてもらったコーヒーを飲みながら聞いてみる。曽我くん以上に彼女のほうが疲れているはずなのだ。トレイとの戦いで三千メートルの上空に放り出された上に研究のためとはいえ何度も巨人化を繰り返したのだから。でも、彼女に顔に疲労感はない。

「若いですから」

 曽我くんに聞かせてあげたいわ。

 それにしても、気になっていることがいくつかある。

 一つは巨人化にムラがあること。

 昨夜の実験で三回、融合してもらったがそのうち巨人になれたのは二回だった。最後の一回は手を握った二人の体が光るだけで融合も巨人化もしなかった。二回目も「タイプ・ケイト」になったかと思ったらすぐに分離してしまった。

 どういうことだろう?南月さんと北科くんでは撮影のために一回と体から南月さんを取り出せるかを調べるのに一回と都合二回巨人化している。街中で巨人化したのとトレイとの戦いのためにエースになったのとで計四回。その全てがちゃんと巨人になってる。

 南月・曽我ペアはまともに巨人化したのは最初と二回目の計二回しかない。

 相性の問題なのだろうか?そう言えば二人ともお互いを「南月さん」「曽我くん」と呼び合っていたっけ。たしか幼なじみだし、以前は下の名前を呼び捨てにしてたはず。

 それに古矢ゆりかは北科くんとも曽我かなでさんとも相性がいいというのかしら?

 その曽我かなでさんのこともそうだ。「サンプル2」の死亡で立てた仮説。

「三人以上の融合体の寿命は一週間」

 これが正しければ三人の融合体である「タイプ・シンク」でいつづけることは甚だまずいはずだ。おそらく曽我かなでさんは巨人の体から排除されてしまっただろう。これは曽我くんには言えない。

 それにどうして南月さんと古矢ゆりかは融合して巨人化しなかったのか?学校近くの公園で彼女たちはかなり長い時間触れ合っていたらしいが何ごとも起こらなかった。融合の条件がいったいなんなのか検討もつかない。


「なにを難しい顔をしてるんですか?」

 南月さんがこちらをマジマジと見つめて訊いてきた。私は彼女に関係していることでもっとも当たり障りのない話題を切り出した。

「北科くんも曽我くんも弱いのよね」

 タブレットに入っている動画アプリを立ち上げる。そこにはケイトとトレイの戦いとエースとトレイの戦い、それにエースがはじめて現れた時の映像を収めてある。再生ボタンをタップして南月さんに渡す。

「トレイの動きに対してエースもケイトも動きが鈍いでしょう」

 私の言葉に南月さんがうなずく。

「慣れていないからじゃないですか?」

「それはトレイも同じはずよ。古矢ゆりかが巨人化したのはあなたたちより後のはずだもの。でも、彼女の動きはこれでもかと言わんばかりに軽やか。まるで金田伊功みたい」

「……カネダヨシノリ、って誰ですか?スポーツ選手?」

「……あなたは知らなくていいわ」

 私だってジャスト世代ってわけじゃないけど。気を取り直して。

「二人に訊いてみると『自分の体なのにまるで自分の体じゃないみたいだ』って言ってた。あの巨人の体をずいぶん持て余しているらしいのよ」

「なんだか『二人羽織り』みたいですね」

「よくそんなこと知ってるわね。あなた本当に二十一世紀の高校せい?……!」

 頭の中で何かがひらめいた気がした。「二人羽織り」それならエースやケイトの動きが鈍いのは説明がつくけど……。

 ノックの音が聞こえた。せっかく何かがわかりかけたかもしれない、こんな時に。だけど仕方ない。私は

「どうぞ」と声をかける。

「失礼します。警視庁より報告がありました」

 なにかあったのかしら?詳しく聞くために入ってきた二等陸士をうながす。

「本日、東京都○○市山中で十代の女性の遺体が発見されたそうであります」

 遺体発見?それは私が聞くようなことかしら?曽我かなでさんのはずはない。彼女なら一歳にも満たないはずだから。

「遺体の損傷からみて、おそらく古矢ゆりかの触手と同じようなもので体を貫かれて殺害された可能性が高いとのことです」

「古矢ゆりかの触手?握りつぶされたんじゃなくて?」

「はい、貫かれた体の穴の侵入角度から考えても犯人の背は百五十センチから百六十センチだと考えられるそうです。ただあくまでも、古矢ゆりかと同じように頭部に触手が付いていると仮定してだそうですが」

 古矢ゆりかの人間の頃の身長が百五十八センチだったからほぼ彼女に当てはまる。

 だけど、彼女だとしたらどうして巨人から分離したのかしら?北科くんやかなでさんはどうしたのかしら?

 もちろん彼女ではない可能性だってあるけど、だとしたらあんな触手を持ってるのがまだいるってことになる。

「それから被害者の身元ですが持ち物などから希星館学園高等部一年二組の瀧岡由美那さんだと思われるとのことです」

 希星館、また?そう思った時、大きな何かが落ちるような音が聞こえた。振り返ると南月優子さんが気を失って座っていた椅子から転げ落ちていた。

「南月さん!」

 私と二士は床に倒れた彼女に駆け寄った。

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