第22話 やらなくちゃいけないこと

 また目が覚めた時は、白い天井と蛍光灯が見えた。

「目が覚めた?」

 声が聞こえる。一瞬の期待はすぐに裏切られた。スチールデスクの椅子には誠司さんではなくて御厨山さんが座っていたから。

「なにか飲む?」

 彼女の好意に首を振って応える。気持ちの悪さでなにも喉を通りそうにない。頭がガンガン響くし、心臓もたかなりが治まっていない。こんな状態で気を失っていたの?

「……誠司さんは?」

 この一言で御厨山さんはすべてを理解したように答えた。

「タイプ・トレイに持って行かれたわ。覚えてる?」

 縦にひとつうなずく。

「報告ではトレイはエースの体に右腕を突っ込んでそのまま北科くんを引っ張り出したそうよ。その直後にエースはあなたに姿を変えた。そして、トレイと北科くんが融合してビームを適当にばら撒いたかと思ったらあっという間に遠くに飛び立ったらしいわ。青と黄色の体にさらに銀色のラインが加わったそうよ」

 正直、そこらへんは聞いても仕方がない。

「だったら、古矢先輩はまた名前が変わったんですね。五番目……なんでしたっけ?」

「タイプ・シンクね」

 流し台かよ……。

「わたし、どうやって助かったんですか?」

 記憶の混乱とかじゃなければ、わたしはあの時、空を飛んでいたはずだ。理由はわからないけど。

「タイプ・トレイに上空三千メートル辺りまで運ばれたエースはあなたに戻った。そのまま落ちていくあなたに向かって連絡偵察機LR-1から数人の自衛官がダイブしてあなたの救助をしたそうよ。落下する人間をスカイダイビングで救助する訓練なんてやったことないはずなのに、よく迷いなくできたと思うわ」

 また助けてもらったのか……。

 わたしのせいでまた迷惑をかけた。……それどころか誠司さんまで連れて行かれた。……わたしのせいだ!

「……わたし、もう巨人になれませんからお役にたてませんね。ごめんなさい」

 御厨山さんはそれには答えずに

医官せんせいを呼んでくるわね。少し休むといいわ」

 と言って立ち上がり部屋を出ていった。

 一人ぼっちになった部屋の中でわたしはすすり泣いた。……本当の一人ぼっちになってしまった。


 南月さんから「役にたてませんね」と言われた時

「そんなことないわよ」

 と言ってあげられなかった。実際、まだ調べられることはいっぱいある。彼女が巨人になる人間であることに変わりはないし、曽我くんとの融合だってできるのだから。

 でも、今の彼女にそれを言うのは酷だと思う。

 彼女は自分たちが巨人になり、北科くんが説得すれば古矢ゆりかも言うことを聞いてくれると楽観視していた。その仕打ちがこれだ。

 彼女の勇み足で大事な彼氏がさらわれてしまったのだからショックも人一倍だろう。

 医官(医師の資格を有する幹部自衛官)に南月さんのことを伝えて研究室に戻る。

 さて、この先どうしようか。おそらく南月さんはもう協力してくれないだろう。せっかく説得して曽我くんの協力を得られたというのに、これではくたびれもうけだ。彼だけでどんな研究ができるだろう。

「先生、南月優子さんがスマホで電話をかけてます」

 二人のスマホのモニタリングをやってくれているスタッフが知らせてくれた。どうやら自宅にかけてるらしい。

「家に帰ると知らせたのかしら?」

 私が訊ねるとスタッフは

「……母親が出ました。……まだ家には帰れないと言ってます」

 聞き耳を立ててこちらに返してくれた。

 耳を疑った。どういうこと?自責にさいなまれて出て行くとばかり思っていたのに。……いや、残ってくれるのなら、とてもありがたい。

「母親が理由を訊ねてますが……『やらなくちゃいけないことがあるから。ここで逃げたくないから』」

 ……「やらなくちゃいけないこと」?なんだろう?


 俺と瀬田は家に帰る支度を終えて通用口に向かおうと部屋を出たところだった。そこに

「奏!」

 優子が背後から声をかけてきた。

「お前、起きて大丈夫なのか?」

 近づくが触れないように気をつける。

「お願い帰るのやめて」

 優子も一両日中には荷物をまとめてここから出て行くものだと思っていた俺は彼女の言葉に絶句する。

「誠司さんを助けだしたいの。だから協力して」

「助け……ってなに言ってるのかわかってるのか?」

 彼女は力強くうなずく。本気で助け出す気だ。俺に頼むということはまた巨人になれということだ。しかし、俺はコテンパンにされたんだぞ。まともに体が動かなかったというのもあるが、相手の方が圧倒的なスピードとパワーがあった。それに、北科先輩と融合してビームが出せるようになったっていうじゃないか。そんなもんに勝てるわけないだろう。

「なに言ってるんですか、南月ちゃん」

 俺たちに割って入るように声がかかる。瀬田がずいと進んで優子と対峙する。

「それは南月ちゃんの問題じゃありませんか。奏くんを巻き込まないで」

 瀬田の有無を言わせない態度に怯むことなく優子は相手の目を見る。

「そう、わたしの問題。だからどんなことがあってもわたしが解決する。そのためにはどんなものだって利用する。奏だって御厨山さんだって自衛隊だって。たとえしずかに嫌われても必ず誠司さんをこの手に取り戻すの。わたしは誠司さんの彼女だから」

 その言葉で俺の心は決まった。

「……瀬田、すまないが一人で帰ってくれないか」

 俺の言葉に瀬田はなにか言いたそうだったが、俺は彼女の方をあえて見ないようにした。視線を合わせてしまったら気持ちが揺らいでしまいそうだから。

「……わかりました」

 彼女はそう言うと踵を返して一人で通用口に向かって歩いていった。

 瀬田の後ろ姿を見ながら

「優子」

 と隣にいる女に声をかける。

「なに?」

「高いぞ」

「いくら?」

 俺は少し考えて

「フィレオフィッシュ……セットで」

 と答えた。

「わかった」

「お前、北科先輩を助けだしたら、俺のこと捨てるつもりだろう」

「もちろん」

 彼女も瀬田の方を見たまま答える。

「酷いやつだな」

「知ってる」

 俺はため息を一つつく。こいつ、たとえそうなっても決して謝らないし感謝もしないと決めたんだろうな。たった一人で悪者になると。

 俺たちも歩き出す。御厨山さんのいる研究室へ向かって。これからどうするか考えないといけないからな。

「……今度からお前のこと苗字で呼ぶからな」

「お好きなように」

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