第21話 こいつもらうよ
古矢ゆりかこと「タイプ・トレイ」が見つかった。海上保安庁の巡視艇が小笠原諸島の中の無人島で発見したと連絡があったそうだ。見つかったとわかったトレイは巡視艇の囲みを猛スピードで抜けて、こちらにまっすぐ向かっているらしい。
私たち研究スタッフに避難指示が出る。とりあえず重要書類とノートパソコンを持ち出して避難場所の地下室に向かう。
それにしてもあの子たちはどこに行ったのかしら?
僕と優子はほうぼう駆け回って、やっと作戦指揮を執る建物を見つけた。階級の高い自衛官の出入りが激しい場所はどこやと思ってみたのがよかった。
「すみません!」
年配の、横棒二本に星三つの階級章いうことは一等陸佐か。トップは陸将補のはずやから指揮官ではないやろな。せやけど優子は一佐に声をかけた。すると別の若い自衛官が割って入って邪魔をする。
「あの、話しを聞いてください。わたしたちにも何かお手伝いをさせてください」
僕らの間に入っていた自衛官を下がらせて一佐が語りかけてくる。
「君らにやってもらいたいのは、ことが終わるまで安全な場所に隠れてもらうことだよ。それだって重要な仕事だ。君らの身に何かあったら俺たちのやってることが無駄になるからな」
そう言って若い自衛官に僕らを避難場所まで連れて行くように命令した。僕らはすごすごと彼の後に着いていく。
「……あの、誠司さん。眼鏡はどうしたんですか?」
歩いてる最中、優子が僕に訊いてきた。何度か巨人化するたびに視力が回復してきとる。先日計ってみたら両目ともに二・〇になっとった。これじゃ眼鏡かける必要はないから今日は部屋に置いてきた。これから先もかけることはない思う。
「いいですね。奏といい誠司さんも巨人になると悪いところが良くなるんですね。わたしは全然良くならないのに」
「どこか悪いところがあったの?」
不満げな優子に問いかける。
「頭の中……」
「……」
先日、優子と曽我くんが壊した廊下までやってきた。すると優子は僕の手を取って外に走り出した。……強引に「タイプ・エース」になるつもりか?
後ろから僕らを避難させる命令を受けた自衛官が大声で叫ぶ。ああ、あの人処罰されるんやろな。すんません。
「誠司さん!お願いします」
そう言うた優子の体がまぶしく光る。おそらく僕の体も光って融合がはじまっとるんやろな。……せやなこうなったら出来る限りやるしかないな。
大空の向こうに人影が見えた。
タイプ・トレイはふわりという感じで地面に降り立った。タイプ・エースになった僕は起き上がり頭の中で声をかける。
「古矢、聞こえとるか?」
反応はない。テレパシーいうんはウソっぱちやったか?僕が近づこうとすると足元に戦車が数台、割り込んでくる。邪魔するつもりか。これじゃ乗り越えるのは難しい。まさか戦車をふみつけるわけにはいかへんし。
さて、どうするか。この巨人の顔には口があれへんから喋れんはずやけど、とりあえず声を出そうとしてみる。
「聞こえとるなら返事せえ。まさか大阪弁が通じへんいうことないやろ」
案の定、声は出ない。そしてトレイはさっきから微動だにせえへん。こりゃマジで東京弁に切り替えた方がええかな。
「僕は……僕らは古矢と話がしたいんだ。……どうしてこんなことになったんだ?いったい君はなにがしたいんだ?」
すると頭の中で声が聞こえてきた。
「なにがしたい……か。そうだね、私は何がしたいんだろうね。よくわかんないや」
ようやっとテレパシーが通じたようや。彼女は続けて語りだした。
「でも、わかっていることはあるよ。私はこれを終えないといけない。そのために生まれてきたし『古矢ゆりか』という高校生を捨ててでもやりとげなくちゃいけない」
「そのやらなくちゃいけないことってなんだよ?」
彼女はまた黙る。
「古矢」
さらに声をかける。
「……ここはうるさいね。ちょっと場所を変えようか」
そう言うとトレイはこちらに向かって一直線に飛んできた。周囲を飛んでいた戦闘ヘリ、アパッチ・ロングボウから三十ミリ機関砲が放たれた。威嚇のはずやけど動いとるトレイに数発当たってもうた。その衝撃で僕のところへ来るまでに横に弾き飛ばされる。血は出てない。
「古矢!」
僕は足元の戦車を避けながら彼女に近づこうとする。すると彼女の頭についているツインテールのような触手が僕に向かって伸びてきた。
しまった!そう思った時には僕の首と両腕を含めた胴をがっちりと掴まれてしもうた。
そして僕はトレイに引っ張られて大空に飛んだ。
「ああ、ここじゃ外がどうなってるかわからないじゃない!」
御厨山さんが誰に言うともなく愚痴りはじめた。
俺と瀬田、それに御厨山さんをはじめとする研究スタッフは自衛隊の要請に従って基地内の地下室に移った。本当だったら優子と北科先輩もここにいるはずだったのだが、スタッフの人が聞いた話しではどうやら二人して巨人になって生徒会長と話し合おうとしているらしい。
そんなことをしても無駄なのは実際に戦った俺にしかわからないのか。
「こんなことなら無線機でも持ってくればよかったわ」
こんな地下室で無線が入るとは思えないが。
「こんどここに来る時はドローンのプロポを持ってきましょう」
スタッフの一人がそんなことを言った。ドローンって目視操縦しかしちゃダメなんじゃなかったか?
瀬田が俺の腕にしがみついてきた。こんなことなら誘うんじゃなかったな。
瀬田はここを一旦離れる時に優子とケンカをしたらしい。どんなことを言ったのかは彼女も優子も教えてくれなかった。中等部の頃からの親友のはずなのに、優子が大変な時に仲違いするのもよくないと思い無理やり誘い出した。
やはり最初は渋っていたが迎えの車に乗り込む頃には覚悟を決めたようだった。しかし、着いてみるとお互い何を話していいかわからないのか近づこうともしなかった。結局、北科先輩が間に入るような形になった。
でもまさか今日、生徒会長がくるとは思わなかった。まさか俺がここに来たからなんていうんじゃないだろうな?
首を締め付けられてるにもかかわらず息苦しくない。どうやら僕は
トレイはどんどん上昇を続ける。いったいどこまで上がる気や。そもそも僕はこいつと同じように空を飛べるんか?もし違うたらここで触手を離されたら真っ逆さまに落っこちてしまう。
「古矢、聞こえるか。いったいどこへ連れて行く気だ」
僕は頭の中で語りかける。またもや、彼女からの反応はない。ええかげんにせえよ。
ヘリや連絡偵察機が僕らを追っかけて上昇してくる。戦闘ヘリは脱落するのが見える。
まずいかもしれへん。僕は右手を伸ばしてトレイの左側頭部を狙ってビームを放つ。そんなに力を込めてへんからたいした威力やないはずや。実際、当たったビームは彼女の左の触手に当たりちぎれた。よし、これで首に絡まった触手が外れた。
かといってこのまま落っこちるわけにはいかへん。コンクリの壁を壊せるくらい頑丈な体かもしれへんけど、いくらなんでもこの高さから落っこちて無事ですむことはないやろ。うまいこと連絡偵察機の上に乗っかることができても、一緒に地面に落っこちるのが関の山や。
せやからなんとしてもトレイにおとなしゅう地面におろしてもらうしかない。
「古矢、下におろしてくれ。こんなところじゃ落ち着いて話なんてできない」
触手を右手に持ちながら説得をはじめる。こんなんでもこんな高さから捨てるわけにはいかへん。
「……痛いなあ。乙女の髪を傷つけるなんて男の風上にも置けないよ」
なに言うてんねん。首を締め付ける髪なんかあるか。
「でも、やっぱりそれはいいね。どうして、あんたにそんな力がついたのかわからないけど、それは欲しいよ」
……御厨山女史の言うたことが当たっとったか。胴に巻き付いとった右側頭部から伸びとる触手が僕の体を引っ張る。
「南月、こいつもらうよ」
トレイは、そう言って僕の体に右腕を突っ込んだ。
「南月、こいつもらうよ」
言葉が聞こえた時、わたしの目にはタイプ・トレイの右手に掴まれてる誠司さんが映った。
その直後、強烈な頭痛と吐き気が襲ってまた気を失う。
……わたしの体は標高三千メートルの大空に放り出されていた。
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