第20話 時間は動いてる

 また古矢先輩が戻ってくる可能性がある。わたしのためにあてがわれた部屋で御厨山さんはそう言った。

「曽我くんの話しでは彼女とテレパシーで会話をしたそうなの。その時『こいつはいらない』みたいなことを言ったらしい。南月さんは聞いてない?」

 わたしは首を横に振る。

「そう、古矢ゆりかはあなたに向かって話してたそうなんだけどね」

 そう言われても巨人になって以降のことはまるっきり覚えてない。でも「こいつ」ってなんのことかしら?

「断言はできないけど、曽我くんのことでしょうね。そして欲しいのは北科くんじゃないかと思うのよ」

 わたしは思わず誠司さんの顔を見る。彼も自分の顔を指さして「僕ですか?」と言った。どうして、誠司さんを?

「北科くんと融合するとなにかメリットがあるんだと思う。その手のメリットが曽我くんにはなかったから遠慮なく痛めつけたんだと思う」

「メリットって?」

「例えば『ビーム』が出せるようになるとか。少なくとも今までビームを出したのは『タイプ・エース』だけだもの」

 あ、そうか。あれがわたしと誠司さんの巨人特有の能力なら欲しがるかもしれない。

 でも、「タイプ・エース」ってなに?そういえば古矢先輩の巨人にも似たような名前をつけてたけど。

「あなたたち二人が最初の巨人だから『タイプ・エース』。古矢ゆりかと曽我かなでさんとあの誘拐犯が『タイプ・デュース』。誘拐犯が取り除かれた今の古矢ゆりかとかなでさんの巨人が『タイプ・トレイ』。それで南月さんと曽我くんが『タイプ・ケイト』と名付けたの」

 名付けたのって言われてもどうしてそんな名前になったのかしら?

「トランプの数字の読み方だよ。一がエースで二がデュース。以下、トレイ、ケイト、シンク、サイス、セブン、エイト、ナイン、テン、ジャック、クイーン、キングになるんだ」

 チンプンカンプンのわたしに向かって、誠司さんがこっそり教えてくれる。なんでそんなところから名付けたのやら。普通に数字かアルファベットでいいじゃない。

「とにかく北科くんを欲しがっているとしたら、彼女がまたやってくる可能性は高いと思うの。だからここもいつでも臨戦態勢に入れるようにするそうよ」

 御厨山さんは咳払いをひとつすると

「それであなたたちを別の場所に避難してもらうことも考えてるそうなの」

 と言ってきた。

「避難ってどこへですか?ここが安全だから僕らはここにいるんじゃないんですか?」

 誠司さんが反論する。

「私もそう思っているわよ。でも、決めるのは私じゃないからね。……一応、私の大学の研究室に移そうかって話しになってるらしいけど、あんなところで見つかったらどんな被害になることやら」

 御厨山さんもここの方がいいと思っているんだ。

 わたしたちがここからいなくなって、それを知らない古矢先輩がやってきたらここの人たちは、なんのために戦うの?いくら覚悟ができてるっていっても、そんなことで死んだりしたら家族だって可哀相じゃない。

 食堂で会った尾関さんたちの顔が頭に浮かぶ。あの人たちだけじゃない。先輩がやってきたときに自衛隊の人が何人か殺された。その人たちにも家族や恋人とかいるかもしれない。……それに尾関さんたちにしてみたら同僚じゃない。どうして悲しんでないんだろう?

「あの……御厨山さん。わたしたち、っていうか誠司さんに古矢先輩を説得してもらうことはできないでしょうか?」

 おずおずと手を上げて、わたしは提案した。甘いかもしれないけど、人が死ぬよりずっといいと思う。

 御厨山さんも誠司さんも意外という顔をしなかった。

「それは上の人たちも考えたみたい。テレパシーが使えるとわかったからコミュニケーションはとれるようだし。彼女の考えや目的がわかればこちらから提供できるものもあるかもしれない」

 彼女は手に持っている紙コップのコーヒーを飲み干して

「でも、現状はこの案は却下されてる。理由は彼女が対話よりも暴力による強奪を常に選択しているから。ここにはじめて来たとき、彼女は隊員の一人と会話している。内容はわからなかったけど、そのあと問答無用で殺してるわ。彼女にその意思があればいくらでも対話は可能なはずなのに、それは選択肢には入っていない。曽我くんに対してもね。またあなたたちをあんな目にあわせるわけにはいかないもの」

 一気に言ったあとで紙コップをぐしゃりとつぶした。

「僕もできれば古矢と話がしたいです」

 スチールデスクの椅子に座っている誠司さんが手を上げてわたしの意見を支持してくれた。

「僕の説得でなんとかなるかはわかりませんが、正直今でもあれが古矢だとは思えない。何かの間違いであってほしいと思ってます。……それに自衛隊は古矢を殺せないでしょう」

 それって古矢先輩が強すぎるから?

「そうね、彼女が曽我かなでさんという人質を手にしてる以上、難しいでしょうね。だから投降を呼びかける努力はするつもりらしいわ」

「それだったらその役目を僕に任せてもらうことはできませんか?本当は古矢と仲のいい優子が適任だと思いますが巨人化すると意識がなくなるからたぶん無理だと思います」

 わたしも本当は自分がその役目を負いたい。先輩になんでこんなことになったのか訊いてみたい。

「……わかったわ。とりあえずあなたたちの意向は上の方に伝えましょう。それはそうと、あなたたちのこれからやってほしいことなんだけどね。まず融合して巨人化する時と分離して元に戻る時の映像を撮っておきたいの。それを見て巨人化のメカニズムを解析しようと思うから」

「ヘリからの映像がありませんでしたか?」

「あれはあれで役に立つと思うわ。それとは別にドローンを使って正面や後ろ、左右に上と下からも撮りたいの」

「そう言えば最初にやった検査でなにかわかったことがあったんですか?」

 訊きたいと思っていたけど訊きそびれていた。

「なにもわからないということがわかったくらいね。DNAまで調べてみたけどごく普通の人間という結果しか出なかったわ」

 ちょっとホッとしたと同時に「じゃあなぜわたしたちは巨人になるの?」と考えて怖くなった。御厨山さんが締めくくるように言った。

「とにかくできることからやっていきましょう」


 撮影だけやのうていろいろとやった。古矢がやったように体に手を突っ込んで人(この場合は優子になるんかな)を抜き取ることができるかという実験もやってみた。結果から言ってこれはできへんかった。まず体に手が入らん。当たり前のことやけどなんで古矢にはそれがいとも簡単にできたんやろか?

 御厨山さんは「なんもわからん」って言うとったけど、わかったこともあったそうや。「タイプ・デュース」から抜き取った誘拐犯の遺体を調べたらどう見ても三十代前半としか思われへんらしい。

 事件から十七年経ってるはずやのに年をとってへん。それどころか胃の中から消化しきってない米粒が見つかったそうや。もちろん「サンプル1」の十七年の間、なにも食べ物は摂取してないのは間違いない。この人が当時なにを食っとったかわからんけど、その時の食べもんが消化も腐りもせえへんなんてありえへん。

 つまり、融合したら肉体も何もかもが成長せえへんことになる。まるで時間が止まるみたいに。

 巨人になってもおんなじようになるのかはわからん。それを知るためには僕らが長い間、巨人になっとかなあかんから、さすがの御厨山女史も躊躇しとる。

 とにかく今、古矢と融合しとるかなでさんはまだ生後半年くらいのままのはずや。せやから、古矢はおいそれとは分離でけへんはずやと女史は言うとった。乳児を放っといて、もし誰かに保護されたりなにかの事故で死んだりしたら古矢はせっかく手に入れた巨人を手放さなならん。

 そんなことになったらこの木更津駐屯地まで「サンプル3」か僕を手に入れるために、単身でやって来ることになる。もう、あの時のような不意打ちは通用せえへんから、古矢は今の状態で巨人化を解くわけにはいかへんはずや。奴が来るなら巨人の姿で来る。

 そん時に僕らはどうすればええんやろう?


 優子の幼なじみの曽我奏くんとクラスメートの瀬田しずかさんが木更津にやって来た。帰ったんちゃうんかと思ったら、ここに住むことはせえへんけど、週一くらいで通うことにしたらしい。また面倒なことを。

 御厨山女史の説得に根負けしたらしいが、正直来てもらいとうはなかった。曽我くんと瀬田さんは優子とは、あの日からギクシャクしとる。せやから必然的に僕が優子と彼らの間に入ることになる。僕は彼らのことはほとんど知らへんのやけどな。それどころか僕は曽我くんが嫌いやし。

 彼らから聞いたけど学校が来月の頭から再開することが決まったらしい。そういえば学校のサイトを全然見てへんかった。やっぱり体育祭や文化祭は中止が決まったらしい。ほんまやったら新生生徒会の最初の仕事になるはずやったのに。校舎の一部に仮設教室を建てたそうや。そのまま本校舎の建て直しもやるそうやから部活もままならんやろうな。

 僕らとは違うところでもちゃくちゃくと時間は動いとる。僕らは学校に戻ってもええんやろか?親に連絡を取ると「いつ戻れるのか?」とか「面会に行ってもいいのか?」とか訊かれるから最近はこちらから連絡を取らんようになってもうた。ますます世間から離れてしもうとる。

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