第19話 尾関二尉

「あの……こちらに尾関おぜき二尉がいらっしゃるとうかがったんですが」

 御厨山さんから、わたしたちを助け出してくれたらしい女性隊員の名前を聞いて隊舎までやってきた。

「私ですが」

 やってきた女性……というより女の子と言った方がいいような。わたしと背丈が変わらないくらいのその人は食堂の入口の前で佇んでいるわたしと誠司さんに向かって声をかけてきた。

「ああ、どうやら無事だったみたいね。よかったわ。受け答えはしっかりしてたから大丈夫だとは思ったんだけど」

 キビキビとした口調で語りかけてくる。本当にこの人なの?誠司さんの話ではわたしを背負ってジープに乗せてくれたっていうけど。この人がわたしを背負えるの?

 誠司さんの方を向くと彼も不思議そうな顔をしながらも

「ヘルメットを被ってたから顔はわからないけど、声は同じ」

 と言ってくれたので信用しよう。

「なあに、私の大活躍を疑われてるわけ?」

 途端に尾関さんの声が不機嫌になる。

「そりゃ、そうでしょう。そのちっこい体におんぶされたなんて誰が信じますか」

 食堂にいた別の男性隊員が遠くから茶々を入れてくる。

「いえ、信じてないわけじゃなくて。かなりしっかりした方だって聞いたものですから。わたしたちと年齢が変わらないくらいなのに……」

 わたしの言葉が終わらないうちに食堂全体が笑いに包まれた。え?わたし、なんか変なこと言った?尾関さんはため息を漏らしながら

「……あのね、私、もう中三と小五の娘がいるの」と言った。

 ええ!子持ちですか?むしろ上の子の方が、わたしたちと変わらないくらい。

「良かったじゃないですか、若く見られて。まだまだ現役ですよ。二尉」

「やかましい!」

 尾関さんが茶々を入れた隊員を怒鳴りつける。


「とにかく、あなたたちが無事でいてくれて良かったわ」

 尾関二尉に助けてもらったお礼を言った、僕らを食堂の椅子に座らせてくれて、お茶を出してくれた。

「ごめんね。さっさと食事を済ませるから」

 そう言って席について給食を再開した。食事の邪魔をしちゃ悪いなと思いながらも

「二等陸尉というと幹部ですよね。やっぱり防衛大を出ていらっしゃるんですか?」

 と訊いてみた。彼女の反応より先に周囲がまた笑いだした。

「なんでそこで笑いがおきるかな。大学出に見えるっしょ」

 尾関二尉の反論に周囲の「見えませーん」の合唱がかぶさる。

「この人は俺たちと同じ下士官かしかん上がりだよ。……下士官ってわかるかな?」

 そばにいた男性隊員の言葉に僕は縦にうなずいたが、優子は横に振る。……そうか、普通は知らへんのか。

「彼氏の方がオタクなんだね」

 いや、下士官がなんなのか知っとるからってヲタ扱いされても。

「あの……わたしも訊きたいことがあるんですけど。どうしてわたしを助けたんですか?」

 尾関二尉は優子の問いかけに箸を加えた状態でポカンとしてる。

「なんでって……助けてほしくなかったの?」

 二尉の言葉に優子はかぶりを振る。

「いえ、そうじゃなくて。あの、わたしたちがどんな存在なのかご存知ですよね」

「知ってるよ」

 二尉はあっけらかんと答える。

「だったら、怖くなかったんですか?わたしに触ってもしかしたら巨人になるか肉塊になるかもしれないのに」

「それは、考えなかったな」

「俺たち、バカですからね」

 男性隊員がまた口を挟むが、今回は二尉はツッコミを入れへん。

「あの時、私たちが受けた命令はあの巨人をあなたたちから引き離すことと、あなたたちを助け出すこと。それ以外のことは考える気すら起きないわね。命令を受けたらそれを遂行するのが私たちの任務だから」

 二尉は味噌汁を一口すすって

「巨人を引き離すのはヘリコプター隊がやってくれたから、あとはあなたたちをあの場所から連れてくればいい。……そう考えたらたいしたことやってないわね、私」

 おどけた口調で答える。

「そんなことありません!……でも、もし巨人になってしまったらどうしたんですか?」

 優子の問いに真剣に考え込む。ホンマに考えてなかったんや。

「……自分の足で走って帰るかな」

 数秒考えて出た答えにまた周囲から笑いが起きる。

「そりゃいい。あの足だったら二、三歩で帰れますね」

「でも、二尉が巨人になってもちっこいから二十歩はかかるんじゃないですか?」

 口々に悪口が出てくる。二尉は睨み返す。

「私たちはその都度、最善と思える手を打つ。もしかしたら手痛い失敗を犯してしまうかもしれないけど、それはきっと仲間がなんとかしてくれる。そう信じて訓練を続けているから、いざという時に身を投げ出すことができるの。巨人になっても、あなたたちみたいにまた人間の大きさに戻れるみたいだし、もし『サンプル』みたいになっても、必ず戻してもらえる。無理だとしても子どもたちの面倒は隊が責任をもって見てくれる。だから後顧の憂いなく任務につけるの。……あ、私、旦那がいたっけ?」

 また笑い声が起こる。口々に「ひでえ」「尾関三佐、かわいそう」と声が上がる。ご主人も自衛官なんや。

 それにしても仲間から愛されとるんやな、この人。でも、

「娘さんは俺が面倒みます」

 という声には

「手ェ出したら殺すよ」

 って返してたけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る