第16話 タイプ・トレイ
古矢が「サンプル1」と融合してできた巨人は右手を自身の胸に向けて突っ込んだ。しばらくそうしていたかと思うと手を胸から引っこ抜いた。そうすると、巨人の体から茶の色が消えた。
そして、その手に何か握っとる。……人間か?動いとるように見えるぞ。
「ここまででいいでしょう」
御厨山女史はそう言うとモニターをプツリと切りおった。
「ここであの巨人は持っていた人間を握りつぶしました。そんなものを見てもいい気持ちはしませんからね」
女史以外の人が苦虫を噛み潰したような顔をする。話しで聞いたっていい気持ちはせえへんやろ。
「ちょっといいでしょうか?」
曽我くんのお母さんが手を挙げて発言の許可を求めた。
「もしかしたら、あの握りつぶされという人は?」
「はい、おそらく娘さんを誘拐しようとした男だと思われます。十七年前にお二人方から伺った男の背格好、服装などが一致しました」
曽我さんの娘、まだ赤ん坊の「かなで」さんを誘拐した男を引っ張り出した!今までこの施設で十七年かけてできんかったことを古矢はいともたやすくやってのけたっちゅうことか?
「古矢はいったいどうしてこんなことをしたんでしょうか?」
僕はおもわずそう訊いてみた。そんなん古矢自身に訊かへんとわからんことやのに。
「結果だけみれば、彼女はあの巨人の体が欲しかった……ということじゃないかしら?自分が融合して巨人になる方法を知っていたということなんでしょうね。あなたのおかげでこの駐屯地に『サンプル』が存在することがわかった。彼女としては一刻も早く手に入れたかったから、こんな無謀な手段を取ったんだと思います」
「巨人になるか、肉まんじゅうになるかわからないのに?」
「それは賭けだったのか確信があったのか……。たぶん巨人になる確信があったのだと思います」
「どうして、あの男を取りだしたんでしょうか?」
曽我くんのお母さんがまた発言する。
「仮説ですが、寿命の問題だと思われます。曽我さんには以前お話したと思いますが『サンプル2』に私たちの研究員が融合して一週間ほどで死んでしまいました。その時から三人以上の融合はあの生体を維持するのに邪魔になるのではないかと我々は考えています」
「だったらそれが、かなでじゃなかったのはどうしてですか?」
「それはなんともいえません。たまたま手に取ったのがあの男だったからか。かなでさんを残すほうがなにか彼女にとって都合が良かったのか」
「それで、古矢先輩はどうしたんですか?」
わたしは誠司さんが訊いたのに保留になった質問を再度訊いてみた。御厨山さんは「見てればわかる」と言ったのに結局見せてくれないんだから。
「ああ、ごめんなさい。巨人になった古矢ゆりかは、あのツインテールみたいな触手を使って建物を破壊して、あっという間に空の彼方よ。ここのヘリではとても追えなかったわ」
「そうだ、さっき古矢は空を飛んできたって言ってましたけど」
誠司さんの言葉に御厨山さんは
「言葉どおりよ、あなたたちを尾行していた刑事たちは古矢ゆりかの尾行に切り替えたの。しばらくスマホを弄りながら歩いたら突然走り出して地面を一蹴りしたかと思ったら、そのまま空へ飛んでいってしまったそうなの」
平然とした口調で答えた。
「そんなの……信じたんですか?」
わたしの言葉に彼女は同じような口調で返す。
「信じたもなにも飛んできた古矢ゆりかは低空飛行でまっすぐこちらに向かって飛んできたもの。映像も映ってるわ、見る?」
「いえ、いいです」
そんな非常識なの連続して見るもんじゃないわ。
「それで、かなではどうなったんですか?」
奏のお母さんがわたしたちの話などどうでもいいとばかりに割って入る。
「お嬢さんは古矢ゆりかと共に巨人の姿に変わってここから出ていってしまいました。おそらく、命に別状はないと思われます。もしなにかあったらあの巨人のままではいられないはずですから」淡々と答える。「航空自衛隊、海上自衛隊にも要請してレーダーを駆使して古矢ゆりかの所在を探しています。今のところ小笠原諸島のいずれかの無人島に潜んでいるのではないかと思われます」
「古矢を見つけてどうするんですか?」と誠司さん。
「できれば協力してほしい。それが無理でも生け捕りたい。だって巨人からの分離は可能だとわかったから貴重なデータがとれると思うわ」
わたしと誠司さんは顔を見合わせる。「サンプル」の状態では不可能だった人間への分離をわたしたちはできた。ただ、どうやってやるかわかっていない。わたしはその時の記憶がないし、誠司さんが分離しようとしてできたわけではないし。
「協力してくれますか……ね」
わたしはおそるおそる訊ねる。
「無理でしょうね。協力する気があるなら駐屯地破りなんてするはずないし、あの男を体から引っ張り出したあと殺したりはしないでしょう。『サンプル』の状態のときの様子を私たちに知られたくないから口を塞いだんでしょうからね」
感情のこもらない言葉がつらい。正直、あんな映像を見せられても信じられない。わたしの知ってる古矢先輩は快活で面倒見が良くて他人のための骨惜しみを絶対しない人。そんな人がどうしてこんなことをするなんて信じられるわけない。何かの間違いであってほしい。
「それで北科くんと南月さんにお願いがあります」
その言葉で考え込んでいたわたしはハッと我に返る。お願い?これ以上なにをしろと言うの?
「これからしばらくの間、ここで寝泊まりをしていただきたいのです」
……ええっ!何それ?うちに帰れたのって一日っきり!
その発言に驚いたのはわたしたちだけじゃなかった。奏もしずかも驚いている。いや、あんたたちは驚かなくていいでしょう。
「……エサ、ですか?」
誠司さんが御厨山さんを睨みつけながら言う。エサってなに?
「そういうことではありません。彼女の目的がわからない以上、危険になりそうな要素は極力排除したいと考えています。彼女が他に関わりそうなのはここに置いてあるもう一つの『サンプル』とあなたたちですから。それらが一箇所に固まっているのは警護の関係上とても助かるそうなの」
御厨山さんが睨み返す。この二人、本気でいがみ合ってるなあ。
「さっきから言ってる意味がわかんないんだけど。どうして生徒会長がこの二人を襲うかもしれないって考えてるんですか?」
奏が御厨山さんに食って掛かる。そりゃ、わかんないよね。
「あのね、奏。……わたしたちなのよ。昨日出てきた銀色の巨人って」
わたしの言葉に絶句する三人。
「ここが安全という保証はないでしょう。こんなに簡単に侵入を許したんだし、ここの被害だって尋常ではないんでしょう?」
わたしたちを無視してさらに誠司さんが問いかける。
「たしかに人的被害はかなりありましたが設備の被害は軽微だということです。あなたたちを護衛する機能は充分はたせるはずです」
「はずって。ずいぶん他人事ですね」
「実際、他人事ですからね。私が実戦指揮をやるわけではありませんから」
「え?御厨山さんって自衛隊の偉い人じゃないんですか?」
思わず問いかけてしまった。
「私は自衛官でも防衛省の人間でもありません。ただの生物学者で防衛省から依頼されてここで研究をしているだけよ」
ええっ、そうなの。すごい偉そうにしてるから幹部かと思ったじゃない。
「だからこんなことは中隊長あたりがやってくれるものだと思うんだけど、ことこの件に関しては私があなたたちの窓口になることが成り行きで決まっているみたいです」
他人事どころかイヤイヤだったんだ。だったらやんなきゃいいのに。
「拒否権はあるんですか?」
呆れたような声で誠司さんが問う。
「もちろんあります。だけどできれば従った方がいいと私も思っています。あなたたちの命がかかっているかもしれませんし、なにより今、あなたたちを失うのは私たちにとっても大きな損失ですから」
誠司さんがまだなにか言おうとした時、わたしたちの後ろのドアからノックの音が聞こえた。
御厨山さんが入るように促すとドアが開いて迷彩服を着た男性が入ってきた。
男性はわたしたちに向かって敬礼をして徐ろに告げた。
「海上自衛隊からの報告で例の『タイプ・トレイ』を発見。こちらに向かってまっすぐ飛行中とのことです。みなさんはただちに避難を開始してください」
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