第12話 『かなで』は生きてる

 この後、用事があるとかで古矢は僕らと別れることになった。その際に、

「南月はさ、何かやるときでも自分のことを後回しにってとこがあるからね。あの子のためにならないようなことがあったら、ちゃんと守ってあげてよ」

 そう小声で僕に言うて別れた。

「これからどうする?」

 優子に訊ねると

「友だちが怪我をして、入院してるそうなんです。だからお見舞いに行って来ようかと……」

 遠慮がちに言うた。それやったらしゃあないな。

「誠司さん昨夜『変なことを言う』って言って、見ていなかったサイトの話をしたじゃないですか?」

 ……ああ、そう言うたな。

「あれどういう意味だったんですか?」

「どういう方法で僕らを監視するのかを知りたかったんだ」

 ポケットからiPhoneを取り出し電源を入れる。

「もし、この見てる画面をモニターしているんだったら、学校のサイトを見てたことに気づいていたはずだよね。だけど僕がニュースサイトを見てると言った言葉を鵜呑みにしていたからこの画面は見えていない」

 ブラウザを立ち上げてブックマークから学校のサイトを呼び出して彼女に見せる。

「じゃあ、何を監視してるんですか?」

「たぶん、キーボードで入力する文章を読み取っているんだと思う。パソコンの中にそういうウイルスを入れてパスワードを盗みとるってことがあったけど、それのスマホ版みたいなやつなんだろうね」

「だったら、電話は盗聴されてないんですか?」

「いや、たぶんそれはされてると思う。これをバラして中にマイクを仕込んでいるんじゃないかな」

 そう言うたら思い切り落胆されてしもうた。どうやら昨夜友だちと電話したようや。それで入院のことを知ったんか。

「まあ悪用されることもないと思うから、あまり神経質にならない方がいいよ」

 慰めにもならん言葉でお茶を濁す。


 目が覚めると蛍光灯と白い天井が見えた。横を向くと薄い青のカーテンが周囲をグルリと取り囲んでいた。どうやら病院のようだ。あの爆発で助かったのか。あの二人も大丈夫なのか。そう考えて横になっている自分の体を見ると黒い頭が乗っかっているのが見えた。

 びっくりしたが、どうやら椅子に座ってベッドに頭を乗せて突っ伏しているようだ。まだ傷みが残る左腕を伸ばしてその頭をトンと突く。

 その黒髪の頭が跳ね上がるように起き上がりこちらを向く。やっぱり瀬田だった。

 彼女の頭に包帯が巻かれている。よく見ると右腕と右足にもグルグルと包帯が巻いてある。

「目が覚めたんですね。大丈夫ですか?」

 彼女が訊いてくる。俺はうなずいて逆に問い返す。

「ずっといたのか?」

 彼女は照れたように笑いながら言った。

「ずっとっていっても大したことやってないです。さっきみたいにほとんど寝てましたから」

「家に帰ってないの……か?」

 瀬田の格好は学校の制服のままだ。今日が何日かわからないが、まさかずっと帰ってないなんてことはないよな。

「親には連絡しました。そうしたら……」

 言いよどんでる。

「そうしたら?」

 俺が促すと

「父と母がここまでやってきました。私を迎えに来たみたいです」

 そう言った。それはそうだろう。十六歳の女の子の外泊を認める親がそういるとは思えない。ましてや瀬田の家はなんだか厳しそうだし。

「二人が病室にやってきてシラベエくんを見たら……」

 また言いよどむ。言いにくいことなのか?

「……『今度ちゃんと紹介しなさい』って言って帰っていきました」

「……誤解は早めに解いてもらえるかな」

「……はい」

 まったく、ちょっと一緒にいたくらいで付き合っているなんて誤解されるのは迷惑だ。瀬田だってかわいそうだ。そう思った時、

「ここに曽我奏はいませんか?」

 と声が聞こえた。瀬田がカーテンを開けて

「ここです」

 と入口に立っている人に声をかける。その人たちが病室に入ってきた。

「母さん。……父さんも。帰ってきたのか」

 スタジオミュージシャンが本業の父は珍しく先々週からあるアーティストのライブツアーに参加して、たしか福岡に行ってたんじゃなかったか。まだまだ帰ってくるスケジュールじゃなかったと思っていたけど、もしかして大急ぎで帰ってきたのか。

 うなずく父と母に向かって瀬田を紹介しようとする。すると母が

「あなたの“妹”のしずかさんね」

 と笑いながら言ってきた。……“妹”?

 瀬田は顔を赤らめて

「ごめんなさい。そうでも言わないと付き添いをさせてもらえないかと思ったものですから」

 そう言って俺たちに謝った。なるほど、事情は飲み込めた。ただなんで母がそれを知っているんだ?

「昨夜遅くに南月さんちの優子ちゃんが連絡してくれてね。やっとここの場所がわかったのよ。それまではスマホにかけてもGPS調べてもわかんなかったから来るのが遅くなっちゃったの。……あ、その時に私が産んでいない“妹”の存在を知ったのよ」

 ベッドの横に壊れた俺のスマホが置いてあった。それとどうやら優子は無事なみたいだ。あの爆発で学校がどうなったのかわからなかったから少し安心した。

「お父さんも今朝、帰ってきたから一緒に来たのよ」

 母はそう言って父の方をチラリと見た。ここから先は父に任せるつもりらしい。でも、父は逡巡している。すると、瀬田が

「あの……私、席を外しましょうか」

 と気を利かせた。彼女に聞かれたくない話なのか?

「お父さん、聞いてもらった方がいいと思うわ。秘密を知っている人が多ければ秘密じゃなくなるわけだし」

 母が父に向かって言う。……秘密?何だそれ?父は「そうだな」と言ってそばにあった椅子を引っ張り出して座った。瀬田が立ち上がって母に座るように促すが母は「あなたも怪我人なんだから」と言って拒絶する。

 父が俺の顔をジッと見て口を開く。

「奏……『かなで』は生きてる」

 ……自分が今、どんな顔をしているかわからない。たぶん、キョトンとしている瀬田とたいして変わらないと思う。彼女にしてみたら俺の姉の名前なんてはじめて聞いたはずだから『かなで』というのがどんな単語なのかどんな字を書くのかすら想像できてないと思う。俺もまあ、似たようなもんだ。さすがに『かなで』というのが自分の姉貴だというのは聞いていたが、それにしても死んだと聞かされていた人が生きているというのはどういうことだ?

「しずかさん、ごめんね。意味がわからないと思うけど、後で説明するからもう少し黙って聞いてて」

 母が瀬田に言う。瀬田は困惑しながらうなずく。父はポケットから自分のスマホを取りだして少し弄ってから画面を俺に見せた。

 動画アプリの画面には黄土色のまんじゅうのような物体と銀色の人間(?)が映っていた。周囲には壊れた建物がある。どうやら上空から映しているという感じだ。俺はピンときた。

「父さん、今度はこんなヒーロー番組の音楽を担当するのか」

 父は音楽家だが、曲は作れない。純粋な演奏家だ。エレキが専門だがもアコギもこなせるしドラムだってなかなかの腕前だ。ただキーボードは苦手だと言ってたけど。だから特撮ヒーロー番組の音楽を演奏する仕事が入ったのかと思った。今までだってドラマの演奏の仕事をいくつもやったことがあるし。だが、両親は驚いたように俺を見た。

「お前、これを知らないのか?」

「シラベエくん……いえ、奏くんはさっき目が覚めたばかりですからニュースとか全然見ていないんです」

 瀬田が父に説明する。父も母もその言葉に納得する。だが、肝心の俺が置き去りにされている。

「これは、お前が巻き込まれた爆発のあとに現れたんだ」

 説明されても意味がわからない。爆発に巻き込まれて気絶をしていた時にこんなものが出てきたって?俺の生きている世界は特撮ヒーローショーの世界じゃないぞ。

 俺は瀬田を見て「本当なのか?」と訊ねてみた。瀬田は「うん」と言ってうなずいた。

「肝心なのは、こっちの丸い物体の方だ」

 そう言って画面の中の黄土色のまんじゅうを指さした。

「俺たちはこれの正体を知っている。……いや、この人たちがどこの誰かはわからないが。これは人間と人間が融合して巨大化したもんなんだ」

 大真面目に話している父には申し訳ないが、さっきからなにを言っているのかさっぱりわからない。

「なんで父さんたちはこれの正体を知ってるんだ?」

 俺も画面を指さして訊く。父はよくぞ訊いてくれたと言わんばかりに胸を張ってこちらを見てから言った。

「お前の姉、『かなで』もこれと同じように融合して巨大化しているんだ」

 ……姉さんが融合して巨大化?

「十七年前に俺の田舎に帰った時に、俺たちが少し目を離した隙きをついて『かなで』をさらおうとした男がいたんだ。その男が『かなで』を抱き上げた時に突然、爆風が起きた」

 俺が被ったのと同じようなやつか。

「すると『かなで』と男がいた場所にこれと同じような物体が現れた。俺も母さんもいったいなにが起きたかわからなかった。ただ『かなで』を抱きかかえた男がこの物体になったところはハッキリと見えた。だからこの物体の中に『かなで』が閉じ込められているんじゃないかと思った。

 俺たちは警察を呼んで説明した。その後、自衛隊がやってきてその物体を持っていってしまった。それからしばらくしてから木更津の自衛隊まで連れて行かれて説明を受けた。あの中に『かなで』と誘拐した男が入っているのは間違いないだろうと。

 このニュースを聞いた時、すぐに自衛隊のこの件の責任者に連絡をとった。もしかしたらこれは『かなで』じゃないかと。だが『かなで』は今も、あの格好のまま木更津の自衛隊駐屯地の施設で生きている。食べ物を食べていないのにどうして生きているのかわからないが生命反応があるのは間違いないそうだ」

 ……なんて言っていいかわからなかった。もしかして俺を担いでるんじゃないのか?そうする理由はわからないが。

「『かなで』の事件が起きてから俺たちの周囲には尾行がつくようになった。俺たちが余計なことを喋らないように監視するためらしい。ハッキリとそう言われた。だが、今度のことが起きたからにはもうそれは無意味になった。さすがにこのニュースを見た人みんなの口止めをすることなんて不可能だからな。だから、お前にも言おうと母さんと相談して決めたんだ」

 家族である俺にまで話してはいけないって、そんなことあるのかよ。

「一番、怖かったのは『かなで』と同じことがお前にも起こるんじゃないかということだった。どういう条件で融合するかさっぱりわからなかったからな。幸いそういうことはなかったが」

 もうなんと言っていいかわからない。とにかく頭の中がシッチャカメッチャカだ。俺は

「……少し一人にしてくれないか」

 と言って布団をかぶった。

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