第11話 古矢ゆりか

 話しながら学校裏の公園に移動する。ここは校舎が邪魔をしたせいか被害がまったくといっていいほどない。

 僕らは公園のベンチに行く。ベンチに座ったのは優子だけやけど。たしかにちゃんと見るとずいぶんと顔色が青うなってるのがわかる。なんで気がつかへんかったんや。

「……あの巨人が北科くんと南月ねえ」

「信じられないのはわかるけど、事実だ」

「二人がそろって私を担ぐなんて思ってないよ。……でもだったら私に触るのを怖がる気持ちはわかるわ。……でもね南月」

 彼女はそう言うと素早くベンチに座ってる優子の肩を掴んだ。僕らが止める間もなく。

「ほら、なんともないでしょう。私たちって中等部の頃からベタベタとスキンシップしてたじゃん。もし、そんな現象が誰に対しても起こるんだったらとっくの昔になってるよ。どうして北科くんと触れると巨人になるかわかんないけど、少なくとも私とは大丈夫だから」

 彼女は隣に座って両手で優子の右手を握りしめてそう言うてくれた。優子は涙を浮かべて

「……先ぱぁい」

 と彼女の胸に顔を埋めて泣き出した。古矢はその頭を抱きしめてくれた。……古矢、すまん。ありがとう。


「ずいぶん気が張ってたんだね」

 ひとしきり泣いた優子はそのまんま古矢の膝枕で横になって寝てしもうた。

「あんたがしっかりせえへんと南月に負担がかかってしまうやんか。わかっとんのか?」

 彼女は優子の頭を撫でながら僕に説教を垂れる。

「わかっとるわい」

 ふてくされて答える。古矢がニヤリと笑う。

「……北科くん。大阪弁が出てる」

 ……!やりやがったな。

「卑怯やぞ、大阪弁で喋ってきたら大阪弁で返してまうやろ」

 そんな僕の批判を気にせんと

「そういうところを見ると南月には言ってないんだね。大阪弁を話すこと」

 と言ってきた。

「そんなん自分には関係ないやろ」

 古矢は優子の頭を撫でる手を止めてこっちを見た。

「今さら大阪弁を話すなんてたいした問題じゃないじゃない。あんたたちもっと大きな問題に直面してるんだから」

「そんな簡単に言うな」

「そりゃ、好きだった女の子から大阪弁話すのがバレた時に指さされて笑われたのがショックっていうのはわかるけどさ」

「……指さして笑うた張本人が他人事ひとごとみたいに言うなや」

 そう恥ずかしながら去年、生徒会の手伝いに入った時にこの古矢に一目惚れしてもうた。そんな彼女となにかの仕事の時に二人きりになった時にうっかり口をついて出てしもうた。

「あの時に勢いあまって私のことが好きだったのに……って口走っちゃったもんね」

 クッソ、どんどん古傷をえぐる気やな。

「南月はさ、私なんかとは違ってそんなことで笑うような子じゃないよ。そんなことわかってるでしょう」

 わかっとる言うとるやろ。大阪弁に限らず方言を話すだけでバカにされるようなことなんて今はほとんどない。うちの学校でも関東近県の方言が出るやつがおるけど誰も気にしとらん。

「それにしてもその……サンプルだっけ?そんなのを研究するのに君たちが協力しなくちゃいけないのって、なんか理不尽だよね」

「どうして?」

「だって君ら民間人だしなにより子どもじゃない。学校だって今が休みになっちゃったからいいけど、再開したらどうすんだろ。そっちの研究の方が優先されちゃうのかな」

「それはわからんけど」

「それに、その研究所だってどこにあるかわからないんでしょう?」

 古矢のその疑問はたぶんわかる。

「研究所やのうて駐屯地やと思う」

「どうしてそう思うの?」

 優子の頭を再度撫でながら訊ねてくる。

「SDFカップヌードルを食うたからな」

「……SD……F?何それ?」

「セルフ・ディフェンス・フォース。自衛隊の英訳や。そこに卸してるカップヌードルをそこで食うた」

「……それがなんなの?」

 古矢は首をかしげる。

「僕がそれを食いたい言うたら五分後にはもう持ってきてくれた。もちろんお湯も入れてな。そんな早よに持ってきてくれるのは自衛隊の施設内でしかありえへん」

 僕の言葉が終わらんうちに古矢は右手でスマホを取り出した。

「なにしとんの?」

 訊いてみる。

「陸上自衛隊のウェブサイト。はあ、自衛隊の駐屯地って関東近辺だけでもいっぱいあるのね。いったいどこに行ったのか、わかんないね」

「たぶん木更津」

 古矢の疑問に即答する。

「どうしてそう思うの?」

「あそこは第一ヘリコプター団と第四対戦車ヘリコプター隊の基地になっとる。ここから十分くらいで飛んでいったことを考えても、あそこの可能性が高い。北宇都宮駐屯地にもヘリコプター隊はあるけどちょっと遠いと思う」

「……オタクだねぇ」

 古矢は陸自のサイトを見ながら呆れたように言う。ほっとけ。

「でも、自衛隊の施設って見学できるんでしょう。そんなところにそんな危ないものを置いとくかな?」

「施設内全部を見学できるってわけやないやろ。それよりもそんな危ないもんを民間の研究所に置いとくよりもなにかあった時に対処しやすい思う」

「なるほど。大したもんだ」

 古矢は感心したように言うてスマホをしまうと優子の肩を揺さぶって起こす。

「南月、そろそろ起きな」

 優子は寝ぼけまなこであたりをキョロキョロしたかと思うと突然、恥ずかしくなったのか顔を赤らめる。

「北科くんが南月の膝枕で眠りたいなあって言ってたよ」

「そんなこと言ってない」

 即座に否定すると

「ごめんなさい、できなくて」

 と、優子が謝った。

「北科くんはかわいそうだねぇ。南月とこうやってベタベタできないなんてね。ほーれほれほれ」

 古矢はそう言いながら優子のほっぺたを両手で挟んでフニフニする。

「やめてくらはぁーい」

 そう言う優子もまんざらではない様子や。

 ……古矢ゆりか。あとで絶対しばく。

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