第9話 初デート?
五分後にはわたしと誠司さんはテーブルを斜向いに座って届けられたカップラーメンを食べていた。生まれてはじめてのデートがこんなところでこんなものを食べるなんて、正直虚しい。
「どう美味しい?」
誠司さんが訊ねてくる。わたしはコクンとうなずく。
「でも、本当に普通のシーフードラーメンですよ、インスタントの。パッケージは全然違うけど。なんですか、これ?」
「日清食品が自衛隊向けに作ってるカップヌードルだよ。通常の食事とは別に当直勤務の夜食として提供されているんだって」
「そうなんですか。……でも、食べづらいですね、フォークだと」
カップラーメンが届けられたとき、一緒に小さくて透明なフォークが付いてきた。どうしてお箸じゃないんだろう?さっきの食事も金属製のフォークだったからお箸で食べたくても食べられないよ。
「昔はフォークで食べるのが普通だったらしいよ。海外にインスタントラーメンを広めようとしたときに向こうの人がフォークで食べたのがきっかけで、フォークにしたらしいよ」
そうなんだ。誠司さんは何でも知ってるなあ。たぶん検索かければすむような内容なんだろうけど。
「わたしたち、これからどうなるんでしょうか?」
一番知りたいことを訊ねる。
「……うん、たぶん約束通り家に帰してくれると思う。それから、後日呼び出されていろいろ検査させられるんじゃないかな。学校も休校になってるし」
誠司さんはiPhoneの画面をこちらに見せてくれる。そこには見慣れた希星館学園のウェブサイトのトップページが映っていて赤くて太いフォントのテキストで「臨時休校のお知らせ」と書かれていた。その下には
「希星館学園高等部の校舎の一部が破壊した件につきまして、理事会は高等部を一時休校することを決定いたしました。
ただいま臨時校舎の手配と本校舎の復旧に全力であたっておりますので生徒、並びにご父兄の皆様にはご迷惑ご不便をおかけしますが何卒よろしくお願いいたします。
なお、再開時期の発表は当ウェブサイト上にて行わせていただきます」
と、これも赤いテキストで書かれている。
「大丈夫なんですか?これ見てるのも向こうにはバレてるんでしょう?」
おそるおそる訊いてみる。彼は
「これくらい知られたってどうってことないよ。それより、ここを読んで」
そう言ってさらにスクロールする。
「生徒、教員で亡くなられた方々のご冥福と入院されている方々の一刻も早いご快復をお祈りいたします」
……亡くなった?ついさっきまで一緒に勉強してた子たちで死んじゃった子がいるの?
わたしがどうしていいかわからずにうつむいていると、彼が
「僕、今から変なことを言うけど素知らぬ顔をしていてくれないかな」
と小声で言ってきた。……変なこと?わたしが顔をあげようとすると「そのままで」と言って制してきた。そして、
「御厨山さん、今ニュースサイトを見ていたんですけど」
モニターに向かって誠司さんが語りかけた。今見てたのは学校のサイトだけど……あ、これが変なことか。
「今回の被害がまだ全然わからないみたいなんですけど、死傷者はいったいどれくらいなんですか?」
誠司さんの問いかけに
「まだ正確な数字は出ていないみたいですね。怪我人はかなり大勢いるみたいですが、死者はいま確認できているのは二人です」
と答える。
「その二人って……僕が殺した人ですよね?」
「はい、そうですね」
誠司さんの言葉に対して御厨山さんは無情に返す。誠司さんの表情からは何を考えているのかはわからない。でも、知らなかったとはいえ自分の手で人を殺したことに対して悔恨の念があるはずだ。わたしは全然覚えてないけど、わたしだって責任の一端はあるはずだ。だから、一人で抱え込まないでほしい。
「食べ終わったらこれを見てもらえますか?」
御厨山さんは何ごともないかのように淡々と自分の言いたいことだけを言う。この人嫌いだ。
画面が切り替わって薄暗い部屋が映った。誠司さんが立ち上がってモニターに近づく。わたしもそれに倣って一緒に席を立つ。もちろん彼とは少しだけ距離を取る。
そこにはさっき動画で映っていたのと同じような、お饅頭みたいなものがいた。パッと見には気づかなったけどお饅頭のそばに小さくて動いているものがあった。どうやらそれは人みたいだ。その比較でこのお饅頭がかなり大きなものだってわかる。
「これは、最初に発見された融合体です。とりあえず私たちは『サンプル1』と名付けてます」
御厨山さんは説明をはじめた。たしか、十七年前に見つかったって言ってたっけ。
「新潟県の田舎に帰省していたご家族が一緒に連れていたお子さんをご両親の手から強引に連れ去ろうとした男性がいました。その時、融合がはじまったそうです」
それって誘拐じゃない。ってことはその誘拐犯と子どもは十七年もずっと一つになってるってこと?
画面がまた切り替わって別の融合体が映し出された。でも、見た目が全然変わらないから本当に違うのかよくわからない。
「こちらは、二年前に見つかった『サンプル3』です。こちらは目撃情報がないので誰が融合したものかはわかっていません。演習中の陸上自衛隊が山中にうずくまっている『サンプル3』を発見しました」
「『サンプル2』はどうしたんですか?」
「死にました」
御厨山さんはなんの感慨もないかのように誠司さんの問いに答える。
「『サンプル1』から二ヶ月後に発見された『サンプル2』を調査中に一人の研究員が『サンプル2』に触れてしまって融合してしまいました。それから徐々に衰弱していって三日後に死亡が確認されました」
「その研究員はどうなったんですか?」
「おそらく『サンプル2』と共に亡くなったと思われます。死亡が確認されてから大規模な解剖が行われましたが研究員の痕跡もそれ以前に融合されていた人も発見されませんでした」
「解剖が行われたならいろんなことがわかったんじゃないですか?」
誠司さんが身を乗り出す。でも、御厨山さんは
「なにもわからないということがわかったくらいです」と答えた。「『サンプル2』の体の中には直径一メートルほどの心臓と血管くらいしか見つかりませんでした。他の内臓はおろか脳も見つけられませんでした」
と淡々とした口調を崩すことなく答える。
「あれでどうやって生き続けていられるのか、それこそわかりません。食物を摂取することも排泄することもできません。心臓もあの体を維持するには小さすぎます」
その後も御厨山さんは説明を続けてる。誠司さんは理解できてるのかもしれないけど、わたしはあまり理解出来ていない。だけど、最後に彼女が
「私たちはこの方たちを元の体に戻してあげたい。そして、こんな事故を二度と起こしたくありません。だから、あなたたちの協力が必要なんです。どうか、助けてください」
と、言って画面の向こうで頭を下げた。
ずるい。そんなこと言われたら協力しないといられないじゃない。
家に帰ったわたしは今日のことを考えてる。
御厨山さんは約束通り、わたしたちを無事に家まで送り届けてくれた。ヘリで市民グラウンドまで連れて行ってくれて、そこに停めてあったパトカーにそれぞれ乗せられて帰宅した。帰りのヘリは一緒に乗れたけど、誠司さんは隣町に住んでいるからパトカーはバラバラになった。
さすがに学校であんな事故があって、日付が変わるまでなんの連絡も無かったのだから親も心配していた。隣県で独り暮らしをしている兄も飛んで帰ってきていた。
送り届けてくれたお巡りさんが「事故で気を失っていたので、身元の確認が遅れた」と親と兄に説明してくれた。わたしは疲れているだろうからと、何も訊かれずに部屋に通された。
普通の女子高生にしてはとんでもないことに巻き込まれたと思う。好きな人に告白して、OKの返事をもらえるだけでも十分すぎるほどインパクトのあるイベントなのにそれすらも吹き飛んでしまうほどの状況。あんな銀色の巨人がお前だ!とか言われても正直ピンとこない。だけど、嘘じゃないことはもう証明されている。
本当にわたしたち、これからどうなるんだろう?
そう思ったとき突然スマホが鳴った。電話、この着信音は由美那だ。スマホを取ろうとして、思わず手を止める。これってたしか盗聴されてるんだよね。正直、友だちとの会話を聴かれるのは気分が悪い。やめようか。
一瞬、頭に浮かんだ考えを打ち消した。聴かれたって構うもんか。悪いことは何もしてないし、なにより今は誰かと話がしたい。わたしのことを話すわけにはいかないかもしれないけど、由美那たちの様子も知りたい。
スマホを取ってボタンを押して声をかける。「もしもし、由美那?」
「……良かった、繋がった!南月、大丈夫だったの?ずっとかけてたんだけど全然繋がらなかったから……心配で」
あの気丈な由美那が泣いてる。
「うん、わたしは大丈夫。気を失ってたみたいで。今、帰ってきたところなの。それよりも由美那の方こそ大丈夫だったの?」
盗聴されているから、お巡りさんがついた嘘をわたしもつく。
「あたしは大丈夫。……でも、チョ……曽我くんが……」
「曽我くんって……奏がどうしたの?」
いつもの「チョーソカベ」のあだ名じゃなかったから一瞬反応が遅れた。
「学校の近くのマックにいたんだけど、あの爆発が起きた時にあたしたちをかばって、すっごい大怪我しちゃって。……病院に運ばれて手術して」
奏が……怪我。
「そのまま入院しちゃって、病院もどんどん怪我人が運び込まれてきちゃって、あたしみたいに大した事ない怪我の人はロビーで治療しちゃって。……ああ、何言ってんだろ、あたし。……とにかく、あたしが曽我くんの家に連絡するって言っちゃったんだけど、あたし曽我くんの家も連絡先もわかんないから、南月に訊けばわかると思って電話かけても全然繋がんないし……どうしたらいいかわかんなくて」
支離滅裂だけど事情はだいたい理解できた。
「ねえ、しずかはどうしたの?一緒にいたんじゃないの?」
「しずかもあたしと同じくらいの軽い怪我。曽我くんがあたしたちの上に乗っかってくれたからマックのガラスがほとんど曽我くんの背中に降っちゃって。背中から血がどんどん流れちゃって。……そうだ!しずか、曽我くんの妹だって言い張って病院に付き添ってるの」
「そんなことして大丈夫なの?」
「病院も今、てんてこ舞いだからいちいち嘘かどうかなんて確かめないよ。……それよりも曽我くんの家に連絡しないと」
「それは、わたしの方でやっとく。……由美那も怪我してるんでしょう?今はゆっくり休んで。しばらく学校も休みだから……ね」
そう言うと由美那はホッとした声で「うん」と言った。
入院先を聞いて電話を切ると部屋を出て玄関に向かう。
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