第8話 御厨山佳世
「どうして僕が巨人になったのか、あなたは理由を知ってるんですか?」
僕は無駄と思いつつ問うてみた。
「残念ながらわかりません。私たちにわかっていることは、何らかの条件を持っている人間が二人以上、体を合わせると融合してあのように巨大な肉の塊に変わるということくらいです。あなたたちのように二足歩行ができる巨人になった例は今まで確認されていません」
二人以上……融合?……あなたたちって?
僕はガラスの向こうでせっせとメシを食うとる優子を見た。
「あの巨人は僕と優子が融合してできたって言うんですか?」
「……気がついてなかったの?」
どうやら御厨山女史は僕に敬語を使うのをやめたようや。まあ、おかんと同い年くらいの女の人から敬語で話されても戸惑うだけやし、ちょうどええわ。
それよりも気になることが色々とある。優子はトーストをかじりながら、なにを言ってるのかといった風で僕と画面の御厨山女史を見とる。もしかしたら彼女はあの巨人化した僕(僕ら?)のことを全然覚えてへんのかもしれん。そんな感じや。
御厨山女史は画面に映ってない傍らにいる人に向かってなにやら話しかけてる。なんか「映像を映してください」って言うてんのか?映像ってなんや?
「とりあえずこれを見てもらえますか?自衛隊の観測用ヘリから撮影した映像です」
また敬語に戻った。それはそれとして突然、画面が切り替わった。たしかにヘリの操縦席からっぽい映像や。そこにはあの肉塊と全身銀色の巨人が映ってる。なんかホンマに特撮見てるみたいやな。
あれが僕なんか。もっとかっこええイメージやったんやけど、なんか古い特撮のスーツみたいや。銀色タイツみたいな。シュッとした赤とか青い線が入ってるとかそんなんなってくれてたらええのに。格好は自分で変えられへんのかな?
画面の中の僕は両手を前に突き出した。手が光ったかと思うと突然ヘリが動きはじめた。
「ここであの巨人からビームが出ると思ったので退避の指示を出しました」
女史が注釈を加える。あれ見てそんなんよお、わかったな。僕は自分の意志で出せると判断できたけど。
ヘリが離れた場所で改めて巨人の撮影を再開する。少し遠ざかっているからさらにズーム撮影になってる。巨人の手からビームが出るとカメラは肉塊の方を向いた。肉塊にビームが当たった思うたら別の場所に逸れてった。せや、僕がビームの反動でよろけてもうたんや。
せやけど最初の一発で肉塊から火が出て焼けてきた。ここは僕の記憶と一致しとる。燃える肉塊をよそに巨人は学校に向かって歩き出す。
やがて、体が光ったかと思うとみるみるうちに小そうなった。そうしたらその光から僕だけやのうて優子の体も現れた。僕はそれに気づかんと歩いて突然振り返った。ああ、こん時に優子から声をかけられたんや。
近づこうとする僕らの周囲にパトカーが群がる。そして警官が降りてきてホールドアップ。そんなところまでヘリはキッチリ撮影しとったんか。
「自衛隊だけでなく警察も二人以上の人間が巨大化することはわかっています。だから巨人からあなたたち二人が分離するのを確認したら絶対に近づけてはいけないという認識で一致しています。そのために極端なくらいあなたたちに人を近づけないようにしました。今、あなたたちがそうやって別の部屋にいなければいけない理由はわかっていただけたかしら?」
優子はまだ理解できていないようやけど僕はなんとのうわかってきた。つまり僕は爆風に飛ばされそうになった時、なんとかして優子の手を掴むことができた。そん時に僕と優子は融合してあの巨人になったっちゅうことや。それやったらまた僕と優子が接触したらおんなじように巨人化してまうかもしれへん。
この人たちが怖がっとんのはそれだけやのうて僕らが他の人と接触して巨人化することもや。そうでなかったら、あのおっかなびっくりの検査もこうやって一人ずつ隔離する理由も説明でけへん。
……ちょ、待って?
「……あの巨大な肉の塊も僕らと同じように人間と人間の融合体だって言いましたよね?だったら僕が焼き殺したの……って?」
「それは、あなたが気にする問題じゃありません」
御厨山女史は事務的に僕の疑問をシャットアウトしよった。
「気にしますよ!……だって……僕の手で少なくとも二人の人を殺したってことですよね?」
もしかしたらあのでかい足で誰かを踏み潰したかもしれへん。あのビームが当たったコンビニにまだ誰か居ったかもしれん。
「あなたはさっきまであれが人間だということを知らなかったのだから問題ありません。……人を襲う熊を撃とうとして誤って人間を撃ってしまっても罪には問われないでしょう」
「そんなの過失致死って立派な罪でしょう?」
そもそも例え自体間違っとる気がする。
「だったら刑に服しますか?」
そう言われておもわず絶句してしもうた。なんで、そこで僕は「はい」と言われへんのや?
「……あの塊に融合した人っていったいどんな人なんですか?」
やっとそう言えた。
「そんなことを訊いてもどうにもならないでしょう」
そんなんわかっとるわい!
「話を続けますね。……私たちは十七年前に最初の融合体を発見してから研究を開始しました。それから今まで三体、陸上自衛隊や警察の協力を得て捕獲しました。その内、一体だけは死なせてしまいましたがそれ意外はこの敷地内で今も調査、研究中です。本来なら今日現れた融合体も同じように捕獲するつもりでしたが、残念ながらそれは叶いませんでした。ですが……」
「突然、現れた僕らを研究対象にすることにしたんですね」
この程度の皮肉が通じる人やとは思わへんけど。
「まあ、そういうことです」あっさり認めよった。「今までの融合体と違って自由に動けるあの巨人をどうやって捕獲するか考えていた時にあなたたちが分離したのでそれぞれご足労願ったわけです」
ようもまあいけしゃあしゃあと。
「今までの人たちも僕らのようにご足労したんですか?」
「いえ、彼らは融合してから一度も分離していません。あなたたちは極めて特殊な事例なんです。人型で二足歩行ができてタンパク質を焼くだけの熱を持つビームを発することができた上に分離までするんですから。あなたたちを調べれば今までわからなかったことがどれだけわかるかしれません」
「わたしたちもここに閉じ込められるんですか?」
メシを食い終わった優子が御厨山女史の映っている画面に向かって質問した。
「いえ、いくつかの条件を飲んでいただければ、それぞれのご自宅まで送り届けます」
女史は即座に否定する。
「条件って?」
優子が問い返す。
「まずあなたたち二人は私の指示がない限り、お互い接触しないでください。もちろん他の人ともです。誰でも彼でも接触すれば融合するというわけではありませんが、危険は出来る限り避けたほうがいいですから」
……ってことは、僕が今まで優子相手に妄想しとったことの九割はやったらアカンいうことか?
「次に不用意に今回のことを他の人に話さないこと。あなたたちが巨人になることや私たちと接点を持ったことなどです」
「そうは言っても僕らが巨人から分離した姿はたくさんの人が見てるはずじゃないですか。僕らのことを知ってる人も大勢見てると思って間違いないですよ。なにせあそこは僕らの学校ですから」
それに僕は高等部の生徒会副会長やし、優子も実は狙っとった男子は多い。なんやかんや言うたかて結構目立っとる二人やからな。気いつく奴がたくさんいても不思議やない。
「そうなったらその時は話してくださっても結構です。その辺りの裁量はお二方にお任せします。そして、ここが肝心ですが、私たちの研究への協力を最優先にしてください。ですからお二人のデートもほとんどがここになると思います。あまり色気のある場所ではありませんが映画を上映できるような視聴覚室もありますし、できるかぎり配慮させていただきます」
「……気がついてたんですか?」
優子が声を荒げる。
「あなたたちの態度をみて付き合ってると気が付かない人はいません。そこまで愚鈍ではないつもりですよ」
そう言って女史はフフと笑みをこぼした。笑うんや、あの人。
「それと、もう一つ」
まだあるんか。そう思ったら後ろのドアが少し開いてなにか箱を入れてきおった。どうやら優子の部屋にも同じようなものが入れられたらしい。僕らはそれぞれの箱を取ってテーブルまで戻ってから開けた。中には僕のスマホとモバイルバッテリーが入っとった。
「あなたたちのスマートフォンを少し弄らせてもらいました。あなたたちが電話で話しをしたりメールやLINE、検索サイトなどを使ったりしたらこちらでモニターできるように設定しました」
「それはプライバシーの侵害です。それにそんな改造を加えたらメーカーのサポートが受けられないじゃないですか」
優子のはアンドロイドスマートフォンやけど僕のはiPhoneや。脱獄でもせんかぎりそんな改造でけへんはずや。
「なにか困ったことがあればこちらで対処できます。必要な処置であることをご理解ください。バックグラウンドでモニター用のプログラムが走ってますから電池の消耗が激しいはずです。ですから、そのバッテリーを差し上げます。お役立てください」
勝手なことばかり抜かしやがって。
「気のつかい方が間違ってませんか?」
「なにかご要望がありますか?」
女史が訊いてきた。
「……
ちょっと考えて言ってみた。さすがに優子は知らんわな。ポカンとした顔しとる。
「あんなの市販のカップラーメンと変わりませんよ」と御厨山女史。
「そうみたいですね。でも、なかなかメーカーの通販サイトでも取り扱うことがないので一度でいいから食べてみたいと思ってましたよ」
これは嘘やない。せやけど、本心はちょっと別のところにある。
「わかりました、準備しましょう。しょうゆとシーフードと焼きそばがありますけどどれがいいですか?」
「しょうゆをお願いします」
「あ、わたしはシーフードを」
優子もわからんなりに手を上げてくれた。女史は「わかりました」と言って誰かに指示を出した。
「それだったら優子と一緒に食べたいです。彼女の部屋に行っていいですか?せっかくなんでデートさせてください」
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