第7話 巨人
「全ての検査が終わりました」
と看護師の服を着た女性が無機質な声で話しかけた。どうやら無理にそういう風に対応するようにしているみたいだ。
わたしは壁に取り付けてある大きな鏡とテレビ、それにテーブルと椅子しかない殺風景な部屋に通され食事を取るように言われた。テーブル上のワンプレートのお皿にはトーストとハムエッグ、小袋のドレッシングが付いたコールスローのサラダにアルミのマグカップに入ったたぶんコンソメスープがあった。……何これ、朝食?
誠司さんはいったいどこにいるんだろう?学校の前でお巡りさんに拳銃を向けられ、有無を言わさず彼から引き離された。わたしたちは別々のパトカーに乗せられて二十分ほど走って市民グラウンドに連れてこられた。彼とそこで降ろされたけど、近づくことはおろか話すことも許してもらえなかった。
そして「陸上自衛隊」と書かれたヘリコプター二機にまたバラバラに乗せられてどこかの建物に運ばれた。建物の中に入れられたと思ったら検査着に着替えさせられてCTスキャンだかMRIだかにかけられた。胃カメラも入れられたし、血も抜かれた。いったいどうしてこんな検査をするのかと訊いても誰も教えてくれない。もちろん誠司さんのことを訊ねても結果は同じ。もう少しなにか話してくれてもいいじゃない。
ただ気になったのは、みんなわたしに近づくのを避けているみたいだ。と、言うより触れることを?誠司さんを近づけないようにしたこともそうだし、お巡りさんもパトカーに乗せようとする時もわたしに触ろうとしない。
自衛隊のヘリコプターの中も二~三十人は乗れそうなのにパイロット二人を除いたら、わたし一人だった。それだったら誠司さんも同じヘリに乗せてくれたらいいのに。
検査の時も胃カメラを鼻の穴に入れようとするときや血を抜く時も細心の注意を払ってわたしに触らないように心がけている感じだった。
わたし、そんなに気持ち悪い?
世界が突然わたしをイジメはじめだしたようだ。
早く誠司さんに逢いたい。彼だけはあの時、わたしに近づこうとしてくれた。たぶん抱きしめようとしてくれたんだと思う。あと数秒経ったらそうなっていたと思う。そうしてほしかった。今、心からそう思う。
出された食事を食べる気もしないまま時間だけが過ぎていく。いつ家に帰してもらえるのかな?そう思ったら突然、壁に備え付けられているテレビが勝手についた。
画面には三十代くらいの黒髪を無造作にポニーテールにして細いフレームの眼鏡をかけた女性が映った。
「はじめまして、北科誠司くん、南月優子さん」
画面に映った女性はそう言った。その途端、別の壁に取り付けてあった鏡がわたしの姿を消して誠司さんの姿を映しだした。向こうにいる誠司さんも驚いてる。わたしは椅子から立ち上がり鏡だったガラスに近づいて叫ぶ。
「誠司さん!」
「優子!」
誠司さんも同じように叫ぶ。最初から隣の部屋にいたんだ。だったら一緒の部屋にしてほしかった。
誠司さんが部屋の中を見回してる。そしてガラスの上の方を指さす。わたしも同じように上を見るとそこにはスピーカーのようなものがついていた。あれで誠司さんの部屋の声が聞こえたんだ。
「二人とも落ち着いてください。今から事情を説明します。北科くん、そのガラスを壊そうとしても無駄ですよ」
椅子を持ち上げてガラスを叩き割ろうとする誠司さんを画面の女性が制する。
「あなた、いったい誰ですか?どうして僕らをこんなところに閉じ込めるんですか?そもそもここはどこですか?」
椅子を降ろした誠司さんは矢継ぎ早に質問を浴びせる。
「私の名前は
御厨山佳世と名乗る女性は画面の中で軽く一礼する。わたしたちも思わず頭を下げる。
「正直どこから説明すればいいか戸惑ってます。……あなた方をここに招いたのは、あなたたちが例の巨人になったからです」
……巨人?なんのこと?野球チームのことじゃないよね?イントネーションが違ってたし。大きな人の方だよね?
どうやら今の言葉に戸惑っているのはわたしだけらしい。誠司さんはあちらの部屋の画面にまっすぐ相対している。なにを言ってるのか理解できてるの?
テーブルを見るとわたしと同じ食事が用意されていたみたいだ。わたしと違うのは彼はそれを全部食べている。そうか。これから先、何があるかわからない以上空腹でいるのはかえってマイナスだ。誠司さんはしっかり食べて備えているんだ。
「あの、すみません。食事を取りながらお話を伺ってもいいですか?」
画面の御厨山さんに訊ねる。彼女は
「ええ、もちろん。……もう冷めてるんじゃないかしら?温かいものに変えてもらいましょうか?」と言ってくれた。
わたしはそれを断って席に座って食べはじめた。たしかにコンソメスープは冷めて不味くなってるけど、なんでもいいからお腹に詰めないと。彼と一緒に戦えない。
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