第6話 ……助けられんかった
突風が突然襲ってきおった。いったい何事や?
古い校舎の壁が剥がれ遠くに飛ばされよる。僕らも風に押されるように校舎の床を滑っていく。こんな天気になるなんて天気予報で言うとったか?
突然、目の前にいた優子の姿が消えた。風下を向くとまさに彼女の足元が床から離れ、宙を舞い始めていた。なんや?いくら彼女が小柄やいうても人一人を飛ばすなんていったいどんな風やねん?
僕は優子を掴もうとして手を伸ばす。彼女も腕を伸ばし、僕の腕を掴もうとする。
「ゆうこぉぉっ!」
僕は突風に負けへんくらいの大声で彼女の名前を叫んだ。
「せいじさぁぁんっ!」
風のせいで彼女の声は全然聞こえへん。でも、彼女が叫んでいることはわかる。僕の名前を呼んでくれている。助けを求めてる。絶対、掴まえたる。絶対、助けたる。待っとれ、優子!
僕は屋上の床を蹴り、風に乗るように彼女に向かって飛んだ。優子の伸ばした腕に向かって右手をさらに伸ばす。あと、ちょっとや。
なにかを掴んだ感触がした。見ると優子の手を握ってる。手のひらを合わせそれぞれの指を絡めあわせる。よし、ここまでしっかり握ったら絶対離せへん。このまま落っこちてもこの手は離さん。
その時、僕らをつなぐ手が光りはじめた気がした。いや、間違いなく光ってる。いったいなんや?
やがて、その光は僕の視界を完全に塞いだ。あかん、目が見えへんかったら助けにくいやろ。僕は彼女の手をさらに強く握りしめる。ごめん、痛いやろうな。でも、辛抱してや。必ず助けたるからな……。
光が消え、視界が良好になった。目の前にはなぜかクレー舗装された地面が見える。学校のグラウンドか?せやけど、右手にはなんの感触もない。僕は右手を見た。なんも握ってない。……助けられんかった。
周囲を見回す。サッカーのゴールポストの下敷きになってうずくまってる奴。どっかに頭をぶつけて血みどろになってる女の子もおる。せやけど、優子の姿はどこにもない。
何かおかしいとは思うたけど今は確認するゆとりはない。僕は立ち上がり突風が吹いてきたコンビニの方角を見た。
……あいつか。
コンビニの駐車場に鎮座ましているあの肉の塊。あいつがこの惨状の原因か。あいつのせいで優子は死んだんか?そう思うたら怒りがふつふつと沸いてきた。
「……殺す」
はっきりそう思った。ピクリとも動かへん、あの肉塊を生き物やと認識してる。僕は奴に向かって一歩踏み出した。その時、はじめて現状を把握した。
体のサイズがおかしい。
立ち上がった僕の身長は崩れかかった五階建ての校舎とほぼ同じくらいになっとる。
さっきはボウッとしとって気づかんかったけど、僕の手も足も腰も、どうやら体のあちこちが銀色の皮膚で覆われてる。
なんや、いったい。何が僕の体に起こったんや?
このサイズに慣れてないからか、どうも動きが緩慢になっとる気がする。僕の体やないみたいや。バランスも悪いのかちょっと歩くと倒れそうになる。せやけど、倒れるわけにはいかん。このでっかい体が倒れたら、それこそ大惨事や。今、グラウンドでケガしてうずくまってる子らをさらにケガさせてしまうかもしれん。いや、僕が殺してしまうかも……。
テレビで見た巨大ヒーローになった感慨はまるでない。ヒーローはもっとスムーズに動いて敵をやっつけとった。僕はまるではじめてあんよができた幼児みたいにおっかなびっくり歩くしかなかった。
やっとの思いで肉塊に辿りついた僕は奴に向かって拳を振るう。殴った感触はあるが、反応はまるでない。なんや、こいつ。いったいどうしたらええんや?
周囲が騒がしく感じはじめた。足下を緊急車両が走ってるのが見える。まるでミニカーみたいや。
空にはヘリコプターが飛んでる。遠くで飛んどるのは機体にテレビ局のマークが入ってるのが見える(かなり遠くにおるはずやのにはっきりと見える。めっちゃ視力が良うなっとる)。僕のすぐ近くを飛んでるのは、迷彩柄やから自衛隊のヘリやな。はじめて見るけどたぶんニンジャやろ。AAMランチャー四門で武装しとるはずや。
新番組の第一話で敵やと思われたヒーローが人間から攻撃されるいうんがあったような気がする。この体はランチャー攻撃に耐えられんのか?確かめる勇気はないわ。
せやけど、こいつだけは僕の手で殺す。自衛隊になんかに任せとうはない。優子の仇は僕の手で討つ。
僕が巨大ヒーローならきっと必殺ビームが出せるはずや。そいつでこいつを焼き殺す。僕は二歩ほど後ろに下がる。それに合わせてヘリも少し遠ざかる。助かる。
我ながら厨二病やと思うけど、なんかできそうな気がしてる。なぜかと言うたら今、身体が勝手に動きよるからや。握った両の手を前に突き出し、奴に向ける。手がじわりじわりと熱うなってくる。間違いない、出せる!
私は今、陸上自衛隊の保有する観測用ヘリOH-1ニンジャからリアルタイムで送られてくる映像を見ている。
信じられない。あのサイズで二足歩行ができてるなんて……。歩き方がぎこちないが、身体のバランスが取れていないというよりも足元に気をつけている感じがする。もしかしたら足元で倒れている人や崩れている建物に気を使っているのかもしれない。……だとしたら知性が働いてる?
対して、コンビニエンスストアに現れた物体は今までと同じタイプだ。手も足もないただの肉塊。知性はおそらく働いていない。
今までは人気の少ない山中などに現れていたが、街中に現れることは予想されていたことだ。あの物体が人と人との融合によって現れるのはこれまでの観測や目撃者の証言で明らかになっている。そうだとしたら、人気のない場所よりも街中に現れる確率のほうが高い。最初の観測より十七年、よく今まで街中に現れなかったと思う。やはり融合できる人間はかなり少ないと思われる。その少ない確率が一気に二つも起こったということか。
もうここまで来たら今までのように目撃者に箝口令を敷くことはできないだろう。テレビ局が通常の放送を潰してこの光景を生中継している以上、日本中いや世界中の目撃者を監視して無言の圧力をかけるのは不可能だ。
だが、それは上の仕事だ。私が考えることではない。
肉塊に近づいた二足歩行の巨人は突然、殴りだした。いったいなにをやっているのだろう?数発殴ったところで無意味だと悟ったのか数歩後退した。そして腕を肉塊に向かって伸ばしはじめた。……何をやりたいのかよくわからない。
すると伸ばした両手が鈍く光りはじめた。……まさか?私はニンジャに繋がっている無線機のマイクに向かって叫んだ。
「逃げて!」
熱うなった両の手が光りだしてきた。ええぞ。その間、奴は大人しゅうしとる。もっとも足がないんやから逃げ出すこともでけへんやろうけどな。
「死ねや」
今の僕の口からその言葉が出たかかどうかわからんけど、そうつぶやいた途端両手からビームが発射された。その勢いに思わずよろめく。ビームは最初の一撃が奴に当たったが、その後、奴の背後のコンビニに当たりそのまま宙に飛んでいった。自衛隊のヘリはいつの間にか遠くに飛んでいきおった。テレビ局のヘリのすぐ側へビームが走ったみたいや。いい画が撮れたんちゃうか。
その最初の一撃で充分効いたようや。奴の皮膚が熱で焼けてきよった。煙がでてきたと思うたらそのまま皮膚が燃えてきた。特撮番組みたいに爆発するわけやないんやな。
やがて、肉塊が火だるまになった。周囲を駆け回っとった消防隊員がこちらに集まりだした。せやな消火せなさらに被害が増えるもんな。僕は消防の邪魔をせんように足元に注意しながら学校まで戻る。あそこが一番広いからな。でも、あそこかてたくさんの怪我人がおるはずや。なんとかこの体で助けてあげることがでけへんやろか?
そう考えたら泣きとうなってきた。一番助けたかった人を助けられへんかった。あんなん殺したかて優子が戻ってくるわけやない。むなしいだけや。
すると僕の体がまた光りだしてきた。なんや?まさか全身からビームが出るんちゃうやろな?そんなんなったらどれだけ被害が出るか想像でけへん。
せやけどそれは杞憂やった。光る僕の体はみるみるうちに小そうなって元の北科誠司に戻った。ホッとした。でかい体のまんまやったらどれくらいのメシを食わなならんかわからへんからな。食費が大変や。
我ながらくだらんギャグやな、と思いながらトボトボと歩きだす。その時、
「……誠司さん」
……空耳か?そう思うた。だってそんなわけあるはずないやろ。せやけど、万が一いうことがある。僕は声のした方へ振り返った。
……万が一が事実になっとった。僕の目の前に優子が立っとった。白い夏のセーラー服がいくらか汚れとったけど、ちゃんと生きてる。
「誠司さん、いったい何があったの?」
彼女がまた話しかけてくれた。それは僕が訊きたい。優子、自分いったいどこに居ったんや?なんで、あの高さから落っこちて無事なんや?
せやけど、そんなんどうでもええ。今は彼女が生きとったことを喜ぼう。
僕は彼女に近づく。抱きしめたい、そう思うたから。恋人同士なんやしええやろ。そう思うた時また別の方角から大声が聞こえてきた。
「止まれ!手をあげて大人しくしてろ。……決して近づくなよ」
声の方を振り向くといつのまにか、たくさんの制服の警官に取り囲まれて拳銃を向けられていた。
……そう言えば、人間に攻撃されたヒーローは仮面ライダークウガで、たしか第一話やなかったな、と今頃になって思い出した。
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