第2話 ナツキ
「ナツキ。おはよう」
わたしの背後から声が聞こえた。クラスメートの
「おはよう」
わたしも挨拶を返す。夏の制服に身を包んだミディアムヘアの由美那が両手でわたしの肩をつかんで耳もとで囁いてくる。
「さて、詳しく訊かせてもらおうか」
「なんのこと?」
問い返す。
「とぼけるんじゃないよ。昨日ついに告ったらしいじゃない。副会長に」
由美那がわたしの頭をわしづかみにして問い詰めてくる。
「なんで知ってるの?」
逆に問いかける。なんとかして話題を逸らしたい。
「あんたたち二人が昨日の放課後、一緒に帰るのを目撃した人が何人もいるの。あたしとしずかはあんたと仲がいいから、いったいどうなってるのかってみんなから散々問い詰められたのよ」
由美那はしずかの手を取って引き寄せる。
「そんなことくらいで迷惑をかけるって思わなかったのよ。ごめんね」
二人に謝る。それまで黙っていたしずかが耳にかかっている黒髪をかきあげながら
「私たちのことは大丈夫です。事情はわからないからたいしたことは話してませんし。それよりも上手くいきましたの?」
と訊いてきた。彼女も気になってるのか。
「いや、まだ保留。一晩考えて今日の放課後までには結論を出してくれるって言ってくれたんだけど」
根負けして答える。できれば結論が出るまで誰にも言わないでおきたかった。昨夜はずっと気になって眠れなかった。今になってもテンションが高まって眠気は襲ってこない。
「そうか、でも気持ちは伝えることができたんだね。おめでとう」
由美那がわしづかみにした手を一旦離して頭を撫でてくる。
「放課後ってどこで返事をしてくれるんですの?まさか生徒会室?」
しずかが訊いてくる。わたしは首を横に振る。
「一応、屋上でってことになってる。先輩、先生に信頼されてるから、鍵を預かれるみたいなんだよ」
「でも、借りられなかったら?」
しずかはさらに突っ込んで訊いてくる。
「LINEで別の場所を指定してくれるって」
わたしは先輩が言った言葉をそのまま伝える。
「おや、LINEのアカウントまで教えてもらったの。後でそのグループに入れてよ」
「お断りします」
由美那のリクエストを瞬時に却下する。
「だけど、LINEまで教えてもらえたなら望みは高いんじゃないかしら」
しずかの言葉に少しホッとする。そうね、そうだといいんだけど……。
「しずかちゃんは優しいね」
由美那はしずかのセミロングの頭も左手で撫でる。
「そういえばずっと気になってたんだけど」わたしは由美那に問いかける。「どうしてしずかは下の名前で呼んでいるのに、わたしは名字で呼んでくるの」
「だって、あんたの名字、名前っぽいじゃん。南の月で
「その言い方は誤解を招くよ。ただ単に名前に『子』の字がついてるだけでしょう。……それに古いかどうかで言ったら『しずか』の方が古いじゃない。鎌倉時代からある名前だよ」
「あんたの名前も『政子』だったら良かったのにね」
由美那は意に介さない。先輩の苗字は「北条」じゃないから。しずかに至っては
「静御前って平安時代の生まれじゃなかったかしら?」
などと言い出してくるし。
「……人の名前をからかうなよ」
わたしたちの背後から野太い声が聞こえてきた。
「よお、チョーソカベ。おはよう」
由美那が声の主に挨拶をする。
「ソガ シラベ。だから、人の名前をからかうんじゃないって言ってるだろ」
曽我
「……どうだ。うまくいったか?」
と聞いてきた。
「うん、おかげさまで。今日、返事をもらう予定」わたしは奏の顔を見上げながら答える。「いろいろ相談にのってもらって悪かったね」
突然、腕をつかまれて引っ張られる。由美那にそのまま数メートル連れて行かれて問い詰められる。
「なんでチョーソカベに先輩とのことを相談してるのよ。……気がついてないわけじゃないでしょう?」
そこまで鈍感だと思われるのはさすがに心外だ。
わたしは少し離れたところで話している奏としずかを見る。それに気がついた由美那が
「……しずかのため?」
と確認してくる。わたしは「うん、まあ」と答える。
奏は幼稚園から一緒にいる幼なじみだ。小さい頃はいつもちょっかいを出してくるうっとうしい奴だと思っていたけど、だんだんその真意を理解できるようになってくると自然と距離をとるようになってきた。わたしにその気がないからだ。
同じ高校に上がってクラスメートのしずかが奏のことを気になっていたのはすぐに気がついた。もし、わたしが奏のことを憎からず思っているのなら面倒なことになっていたかもしれないけど、幸いわたしには好きな人が別にいる。だったら友だちの恋を応援するのがスジというものではないだろうか。
そのために……というだけではないのだが、奏にわたしの恋の相談をすることにした。女のわたしは男心がわからないのだからそれを男友だちに相談するのは自然だと思う。そうすればわたしの心は奏にはないとわかってもらえる。その上で適切なアドバイスをもらえれば一石二鳥ではないだろうか。
そう考えました。
奏はわたしの相談に親身になって乗ってくれ一生懸命考えてくれた。最終的にわたしが先輩に告白できたのはまさに奏のおかげなのだ。感謝にたえない。
胸が痛まないかと言われれば忸怩たるものがあるが、しずかとうまくいけば結果オーライじゃないか。うん。
わたしの方からしずかを売り込むようなマネはしていない。そんなことやってへそを曲げられても困るし。そこから先はしずかの頑張りにかかっていると思う。もちろんしずかから相談されれば全力で応援させてもらう。
わたしと由美那が奏たちのところに戻るとまだ二人はなにやら話していた。
「シラベエくんの名前って普通に読んだら『しらべ』って読まないですよね。どうして?」
「さあ……。お袋は音楽は得意だけど漢字が苦手だから間違えたんじゃないかな」
しずかの疑問を軽く受け流しているけど、わたしは知ってる。
奏のお母さんは音楽教師で子どもが生まれたら男の子には
だけど、その子が生まれて半年くらい経った頃に亡くなったらしい。
原因は聞いていないけど、もうその頃には奏はお腹の中にいたそうだ。奏が生まれた時、悲嘆にくれていた奏のお母さんは彼にお姉さんの漢字をあてて「しらべ」と名付けた。まるでお姉さんの形見のように。
奏のお母さんはそのことを悔いているみたいで、彼に事あるごとに謝ってくるらしい。その都度、奏は
「俺、この名前好きだから」
と言ってるらしい。うちのお母さんが奏のお母さんから聞いた話。わたしが奏にその話を聞いてものらりくらりとかわされる。
「ちょっと、なんでしずかの『シラベエくん』は良くて、あたしの『チョーソカベ』は否定すんのさ」
由美那が奏の態度に文句をつける。
「瀧岡の付けるあだ名は悪意しか感じられない」
奏は一刀両断で片付ける。
「悪意なんかないよ。『高身長の曽我奏くん』なんて長すぎるから省略しただけじゃん」
「充分、悪意あるだろ。それに……」奏はちらりとしずかの方を見て「可愛い子は何をやっても許される」
と言った。
「何だそれ?それは『可愛くない女子』差別だ。断固抗議するぞ」
由美那はさらに声を上げる。そうやって奏の目を自分に向けさせる。……どうしてか?奏の横で耳まで真っ赤になってるしずかから目を逸らせるためだ。たしかにそんな顔見たら一発でバレちゃうよ。
「由美那ちゃん、南月ちゃん。私、朝にやらなくちゃいけない仕事があるのを思い出したから。先に行ってますね」
しずかが彼の顔を見ずに駆け出していく。
「なんだ、引き止めちゃって悪いことしたな」
奏が走っていく彼女の背中を見ながらボソリと呟く。どうやら気がついていないようだ。
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