タイプ・エース
塚内 想
第1話 はじまり
「半年も経ってから連れてきて、可愛い盛りを逃したじゃない」とか
「いつまでもおくるみに包むもんじゃないでしょう」
などと言われて、ほとほと疲れる。だったら自分たちが来ればいいじゃないと思った。こっちは夫婦共働きで忙しいんだし、そちらはお米の収穫が終われば暇なんでしょうに。もっとも本当に来られたらそれはそれで迷惑だが。
おくるみだってまだこれをしないとおとなしく寝てくれないんだから仕方ないじゃない。あやすのだって一苦労なんだから。
家族三人で近所を散歩しようと夫が提案してくれたので一も二もなく乗った。夫の実家にこれ以上居続けるのも辛い。育児よりストレスだ。はやく家に帰りたい。
そんな気持ちで自然の中を歩いても心は休まらない。
「笹だんご、食べないか?」
突然、夫が言ってきた。
「どこで売ってるの?」
妻が問いかけると、ここから「すぐ近くだよ。三百メートルほど先」だと返ってきた。
周囲を見渡しても田んぼばかりで休めるようなカフェもコンビニもない。夫がこんなところから飛び出した気持ちがなんとなくわかる気がする。
そんな夫なのに三百メートルという距離の感覚が都会生まれの自分と違うことに唖然とする。なるほど夫の実家にあんなに自家用車がある理由がよくわかる。田舎では一人一台必要だと聞いたことがあるが、それは決して誇張ではないのだろう。
ただ家を出てから三十分は経つが車はおろか人っ子一人出会ってない。いくら過疎の村だからといってこんなに人がいないなんて。
「平日の昼間なんてこんなもんだよ」
と夫は言うがそれにしてもだ。
「ほら、一人いた」
夫が前方を指さすとたしかにはるか彼方からこちらに向かって歩いてくる男性がいた。
「指をささないでよ。失礼でしょう」
久仁子がたしなめると、機嫌を損ねたのか抱いていた赤ん坊を久仁子に預けた。
「ちょっと、なに子どもみたいなことやってるのよ」
ふてくされてずんずん先を歩く夫を追いかけて歩くと、やがて先ほどの男のそばまでやってきた。
男は無言で夫婦に向かって会釈をしたが、夫は気がつかずにすれ違う。
「なにやってるのよ。どうも申し訳ありません」
妻が夫の態度を謝ると、その男は突然久仁子の肩を掴んで押し倒した。
「……?」
一瞬自分の身に何が起こったのかわからなかった。すると男は倒れた久仁子が抱いていた赤ん坊を強引に奪って走り出した。
「なにするんだ!」
背後で起こった出来事に気がついた信也が振り返って男を追いかける。
その時、赤ん坊を連れ去った男の体が光りはじめた。倒れた久仁子が起き上がった時、男の体から強烈な突風が吹きはじめた。
後を追っていた信也の体が吹き飛び、久仁子は思わず腕で顔を覆った。なにが起こったのかさっぱりわからない。わかっていることは自分たちの娘が見も知らぬ男に連れ去られたことだけだ。早く取り返さないと、と考えるが風が強すぎて体が思うように動かない。
やがて、風がおさまると目の前には信じられない光景が映っていた。さっきまで娘を抱いた男が立っていた場所に巨大な黄土色の肉饅頭のような物体が砂利道をまたぐように存在していた。
自分の頭がどうにかなってしまったのかと思った。付近を見回してもさっきの男はどこにもいない。まんまと逃げおおせたのか?この大きな肉の塊はいったいどうやって現れたのか?
「かなでぇ!」
頭から血を流れていることにも気づかず、久仁子は娘の名を叫ぶ。だが、どこからもなにも聞こえない。たった数分の間にすべてが変わってしまった。
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