身代わりと学園
同じデザインの服が行き交う中を、歩く。
その光景は、初めてみたものではない。再び、見慣れることになった光景だった。
「水鳥様の──湊様の従姉だって」
「道理で顔立ちが似ているんだな」
「でも、聞いたことがなかった」
「他の学校に通っていたとか聞いたけど」
首都にある学園。わたしは、その学舎に舞い戻ることとなった。
ただし、今回は水鳥志乃として。
学園に通うことになった経緯は簡単だ。
湊が、「クーデターの影響」での休みから復帰するとタイミングがあり、彼が一緒に通わないかと言ったのだ。
わたしが表に出ないようにされていた縛りはなくなった。異能が使えなくても、日常生活では支障はないし、もうばれようがない。
ばれようがない、というのも、とある決まりが発布されていた。
許可なく異能を使った者には、罰を下す。
これは、校則ではなく、法律だった。内約としては、生徒は絶対禁止。他の貴族は、例えば王の警護に就く者であったり、身に危険が迫ったときなど、特例が設けられている。
とりあえず、わたしが異能を使えないまま堂々と学園に通うのに支障はない。
また、戸籍上からもそうであるように、湊の双子の姉ではなく、従姉として。戸籍上のわたしの生年月日は、湊とは異なっている。
わたしという子どもが、京介さんが結婚していなくても隠し子だったということが信用されても、さすがに年齢ばかりか生年月日が同じであると……という理由からだ。
戸籍上では、わたしが湊の姉であったことはない。
以上のこともあり、双子という発想も中々ないであろうことから、わたしが湊の双子の片割れだとは思わないだろう。
だから、わたしさえ良ければ一緒に通わないかと、湊は言った。
京介さんからも反対はなく、駄目ならば帰って来ればいいと優しすぎる言葉をもらって、わたしは考えて、考えて、……一緒に通ってみることにした。
以前のように気負うことはなく、わたしはわたしで通うことが出来ればいい。せっかく与えてくれた機会だ。
こうして湊と共に現れた「水鳥志乃」については、この時期に編入してきたことにしっくりくる情報が、勝手に作られていった。
クーデターがあり、一時世の中は忙しないことになったが、戻ってきたときの学園は、日常を取り戻していたように感じた。
普通に授業を受け、生徒は喋り、寮へ帰る。
水面下では、クーデターにより変化したことに思うところがあるかもしれないが、それもこの先国が今の体制で安定していくにつれ、落ち着いていくだろう。
「志乃、昼御飯食べに行こう」
違うクラス──わたしが彼として過ごしていたクラスにいる湊が、昼休みになると同時に現れた。
食堂に行き、使用する部屋は、特別室だ。この部屋は相変わらず、ただ、わたしが向き合うのは湊だ。
こうして湊と食事することは、これまでにはないことだった。
共に暮らしていたわけではないから、当たり前だ。
でも、学園に共に通うことになると、毎日、寮でもだから毎食一緒に食事している状態だ。
時々、不思議になる。目の前に当たり前に湊がいて、長く、別れる心配もなく一緒にいること。
双子なのに、今まで当たり前のように共に過ごさない時間が長かったから、不思議だ。
湊は、困ったことはないかと、結構頻繁に聞いてくる。謙弥に、以前無理をして限界状態にあったことを聞いたのかもしれない。
こうなると、湊がお兄さんみたいだな、と思ったり。
「まあ、そうもなるよね……」
「何?」
「湊が、頼もしいっていうこと」
言うと、湊は目を丸くした。そして、微笑んだ。
彼のこうした笑顔を見ると、安心する。かつてわたしが、湊になるために見た資料の表情は隙のない仮面のように見えていた。
けれど、頼もしいのは本当だ。
湊の立ち姿を見ていると、以前はわたしが同じ姿をしていたはずなのに、何だがすごく凛々しい感じがした。
本物の湊が戻ってきても、周囲は欠片も違和感を抱いていなかったようだけれど。
双子という発想が、そもそもないのだろう。
わたしが水鳥志乃として通うことになり、かつての学園生活からは変わったことは多々ある。
白羽悠がいなくなったことはもちろん、わたし自身であったり、湊と過ごすことになったり。
でも、一番大きく変わったことは、聡士がいなくなったことだ。
彼の善意で、毎日のように会っていたから、これも今の日々の不思議さの一種になっているのだろう。
聡士が生き残りであった事実は、学園内にも驚きをもたらした。他の外の反応は知らないが、学園内の驚愕は感じた。
クーデターが起きた日以来、聡士には会っていない。
彼が学園に戻ることはなかった。
クーデターを起こし、玉座が空となれば、彼が王だからだ。クーデターの影響の揺れが収まりつつあろうと、聡士が最も忙しい、その渦中にあることは変わらない。
学園での別れが、そのまま別れになった。
この先、聡士に気軽に会うことはない。
会うことが出来るのかも不明で、会えるとしてもそれがどの程度先のことなのかも分からない。
約束はいつ果たせ、再会はいつ出来るのか。
時折、寂しくなる。
わたしは、聡士がいなくなっても、一人ではないのに。湊が側にいるのに、聡士と学園で過ごしたことを思い出すと、とても寂しくなる。
わたしは、聡士といることが嫌ではなかったのだ。最初は彼の前で食事をすることも緊張していたのに、いつしか慣れて普通になった。
嫌どころか、ひどく救われたような気がした日の後は、何かお返しに役に立てないかとも思っていて。
今、わたしは、自分が追い込まれもした身代わり生活の中に、恋しさを覚えている。
「聡士は、今、何をしてるんだろう……」
あの大きな城にいるのだろう。
わたしは遠目からしか見たことがなくて、入ったことはもちろんない。あの中で、彼は四年を待たずして、実質の王となる。
無理はしていないかな。彼のことだから大丈夫か。何でもこなしてしまいそうだから。
この先、以前あった日々に似たような日々を送るとしても、真に同じ時間が戻ってくることはあり得ない。
そもそも、わたしにしては以前が特別だったことになる──
「聡士様なら、今学園にいらっしゃいますよ」
ビクッと肩が跳ねた。
ぼーっとしていたときの呼び掛けだったため、勢いよく振り向くと、
「千里」
鳴上千里がいた。
その隣で、女子生徒が一人、「声をかけるまで待ってって言ったのに」と、じとっとした目で、千里を見ていた。
彼女は修さんの姪っ子だ。元々は首都外の学校に通っていたが、今回わたしが学園通うに当たり、共に通ってくれることになった。
いいのかな、と思っていたわたしはある日彼女にお礼を言われた。曰く、「ここだけの話、首都にすごく行ってみたかったんですけど、もう無理だと思っていました」。
お城を見たとき、目をきらきらさせていた。第一印象はクールな感じの女の子だったのだが、一緒に過ごすにつれて印象が変わった。
とはいえ、今、注目すべきは千里だ。
彼は、学園に戻ってきた。曰く、「『お前は学園に通え』って聡士様に言われました」だそう。
「驚かせてすみません」
「いいよ。ところで、何か用?」
話すことがないわけではないが……時は放課後、教室にまで来てというのは今までなかった。
いや、待て。
その前に、千里は何と言っただろうか。
「今から少し時間ありますか? 作ってくれると、おれじゃなくて、聡士様が嬉しいと思うんですよ」
聡士?
「──え?」
今ここに来ているのだと、一度聞いた気がすることを、千里はもう一度教えてくれた。
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