『父』の目的








 結果として、クーデターは成功した。

 白羽を封じ、他の三大家が手を組めば、戦力の質は比較するまでもない。

 王、側近、白羽家の人間は拘束され、場所と環境は違えど監禁されている。


「京介、こんなところで油を売るなよー」

「……宗一郎」


 城の一角、バルコニーで外を眺めていたところ、古い付き合いの男がやって来た。


「休憩だ。随分こき使われるはめになっているからな」

「仕方なかろうよ。クーデターにゴタゴタは付き物だ」

「それなら殿下についておいてやれ。……いや、もう実質『陛下』か」

「大丈夫、大丈夫。私の従者がついている」


 クーデターから三日。

 今まで城、政治の中枢にいた者はほぼ総取り替えされた。十六年、白羽家に近しい者もしくは白羽側についた者たちがほとんどを占めていたのだ。

 今は緊急で人手をあてがい、回している状態だ。

 これで落ち着いている方だろう。

 旧王側を力で完全に押さえ、拘束していることが影響の一つではあろう。


「煙草、まだ吸っていたのか」

「一時期は止めていた」

「本当か疑わしいな」

「クーデターに協力してやった関係だろう。些細なことくらい信用しろ」


 どうでもいい返しをしながら、煙を吐き出す。煙草は、これからまた止めるつもりだ。


「それより、俺は一度帰っていいか」

「え、駄目」

「ふざけんな」

「ふざけているのはそっちだぞ。今、最も手がいるときだというのに」

「湊と一度直接話しておきたい」

「おお、湊君起きたんだったな」


 白羽の手の者により異能にかけられていたと思われる湊。

 予想は当たり、異能を保持していた者は水鳥家預かりになった。その後、異能自体解かれ、湊の目が覚めたという報告が入り、京介自身電話で彼と話した。


「俺の目的はまだ終わっていない」


 横を鋭く見ると、宗一郎はふっと息をついた。


「一つ、教えて欲しいんだが。京介、お前はどうやって水鳥家の主導権を握った」


 ただの当主の弟が。


「一度答えただろう」


 学園で。──「宗一郎、知らないだろうが、狂った兄貴の代わりに本家を裏から回してたのは俺だ。仕方なくしていたことだったが、それが報われる日が来たというわけだ」と。

 しかし、詳細は見えないとは分かり、仕方なく煙草を一度置く。


「現当主──俺の兄の妻が死んだことは知っているな」

「無論だ」

「あれは、事故に見せかけられた殺人だった。おそらく、白羽だ」


 当時、水鳥家現当主は森園ほどではないが、白羽に異論を唱えていた。

 そして、森園ほどの規模ではなかったが、暗殺を受けた。当主の妻。異論を発した代償だった。


「義姉が死んでから、兄はおかしくなった。その影響の一端として、水鳥家の機能が徐々に滞りはじめた。兄がほとんどの職務を放棄したからだ」

「水鳥家の様子がおかしいと聞き始めた頃だな」

「ただな、職務は放棄してもその座を放棄したわけでも、権利を放棄したわけではなかった。たちが悪いと言えば、質が悪い。おかげで俺が次男という馬鹿みたいな役回りで、あれこれ調整する役目をすることになった。表向きは当主の名で、当主がやっていることになっている。知る者は一握り」

「……お前は、変に我慢強いところがあるな」

「我慢? いいや、我慢という意識はなかった。昔からの刷り込み意識か、水鳥家をこのまま没落させる考えは生まれなかった。まあ、ただ働きだったことには間違いない」


 歯車の一部のように、京介はこのままでは崩れるだろう家を支えた。

 自分の会社もあったため、仕事の量は馬鹿にならなかった。

 そんな状態を、随分続けた。


 京介は、兄との考えの違いを昔から持っていて、仲が良くなかった。そして十五年前、志乃の件で決定的になり、溝は増えたように思う。

 当主との仲違いは、水鳥家に従う者にも伝わっていく。京介は決して劣等生ではなく、むしろ優秀な部類であったが、微妙に異端扱いされ、本家の人間全体との関わりが微妙だった。

 それは、家を支えるために歯車の一部となっても、変わらなかったように感じていた。


「だが、学園での状況を見て、俺は覚悟を決めた。どうせやるなら、この機会に全部ひっくり返してやる。──で、分家の当主連中に一本ずつ電話をかけて、言った。『今の当主について行くか、俺について来るか今すぐ決めろ。言っておくが、今の当主について行くのなら、俺は水鳥家から出ていく。没落していくなり何なりしろ』他にも色々言ったかもしれないが、忘れた」

「……京介……そういうの、脅しって言うんだぞ」

「どこがだ。ただの事実だ。結果、全員が意外とすんなり俺につく返事を寄越したからな。兄はもう駄目だと思われている証拠だろう。兄の近辺中の近辺以外の本家仕えの態度も一変だ。あれは笑えた」

「全く笑っていないぞ」

「当たり前だ。笑えないことをしていたことを知っているからな」


 笑えないことと言えば、遡れば十五年前にまで遡れるか。だが、それからの日々は良かったのだ。まだ、良かった。

 志乃を身代わりにするということは、ギリギリだったが、堪えることは出来た。一時期のことだ、と。

 しかし、『ただの身代わり』ではなかった。


「京介、煙草、握っているぞ。熱くないのか」


 指摘され、一度置いていた煙草を握り潰していると自覚した。熱を感じ、手に痕がついていた。

 京介は黙って煙草を携帯灰皿に入れ、新たに一本取り出した。煙が細く、静寂の空気を漂う。


「クーデター中に、私になぜもっと早くにしなかったのかと聞いただろう」

「ああ」

「同じ質問をしたいな。どうして、もっと早くしようとしなかった? その様子ならもっと早くに行動を起こしていてもいただろうよ」


 この男に、これからしようとしていることをはっきり言ったわけではないが、正確に理解しているらしい。

 そう分かる問いだった。

 問われた京介は、確かに言う通りだ、自分も他人のことは言えない、と考え、


「充分だったからだ」

「充分……?」

「これ以上はお前に言う義理はない」


 一言のみ、答えた。

 そう、充分だった。

 あの穏やかさと、平和があれば。


「宗一郎、俺は水鳥家に戻る」


 京介のクーデターは、まだ終わってはいなかった。







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