御曹司と役目






 クーデターは、出だしから上手くいった。

 学園で起きたことを洩れないように、かつ、素早い行動が幸を成したようだ。

 城への侵入は上手くいかないはずはない。身分上、出入り出来るのだ。

 入ってしまえば、ほぼこちらのものだ。


 いくら警備がいて、中に異能を持つ者があろうと、王と最上位貴族直系を除けば、触れずに他人を害することのできる異能持ちはいない。

 白羽家の制圧は完了したと連絡があり、白羽家の異能を持つ者は全員拘束したことになる。


「はっはっはっは! 残念だったな、銃は効かんぞ! 弾は当たらなければ意味がない!」

「笑うな。見た目が悪党だ」


 高らかに笑う育て親の様子はさておき、前でことごとく銃撃を無いものとしながら歩く二名に、聡士は内心舌を巻く。

 月城家の当主と、水鳥家の当主の弟である男たちは、さすがの熟達した能力の使い方で、立ちはだかる者たちを葬っていった。


「ここらでもう一度言っておくぞ! 投降するならば、攻撃はしないと約束しよう!」


 育て親が、よく通る声で廊下の先に向かって言った。

 返答代わりに、銃弾が放たれる。しかし、こちらには届かない。


 また、倒れる者が増える。

 次々と増えていくそれらに、聡士は通り過ぎながらじっと見る。

 異能でかかってこないのは、前もって自分という存在がいるかもしれないことを警戒して準備されていたがゆえのことか。いや、単にこの二名相手では、異能を使える範囲まで近づけないため、どちらにせよ銃しかないのだろう。


「心でも痛むか」


 顔を上げると、水鳥京介が聡士を見ていた。彼が生み出している風は止んでいない。次々と、立ち向かって来る者たちを葬っていく。足取りには、欠片も淀みがない。


「覚悟して来たんじゃないのか」


 試すような言葉に、聡士は歩みを止めず、彼の目を見据えた。


「心は痛む。こんな争いなんて、ない方がいいに決まっている」


 そして、自分ではなく他人に手を汚させていることに。

 そう言うと、水鳥京介は顔を前に戻した。


「それがお前がいるべき位置だ。王というものは、一番奥で、最後まで守られるものだ。なぜか分かるか。国の要だからだ」


 分かっている。

 聡士は絶対に生きなければならない。死ねば、その瞬間にこのクーデターに大義はなくなる。

 血に彩られた道を歩き、行き、その先の座に就き、聡士は生きていくのだ。


「宗一郎、思ったんだがな」

「何だ」

「今動けるなら、今までのどこかの時点でも準備をした上で動けただろう」


 前で、余裕にも大人たちは話し始めた。


「仕方ないだろうよ。聡士が成人しない内に行動を起こせば、どうせ権利をいいようにするつもりなんだろうっていう、いやーな下らない指摘が、きっとたぶんおそらく湧いてくる」

「……それだけで、長引かせるなよ」

「それだけじゃない。『殿下』もまだまだ未熟な部分があるからな。皆が揃う高校で、耐性でもつけてもらおうかと思っていた」

「耐性?」

「白羽がいる環境で、癇癪を起こさないか。憎しみというものは、突然出て来てしまうことがあるものだ。クーデターの場で、憎しみを発散されても困るだろう。そういう感情が生まれてしまったら、暴君になる可能性が高まりそうだろう? おまけにだ、何と、卒業して数年ほど経つと、ちょうど成人になる」

「『おまけに』の話の繋がりが分からないのは俺だけか」


 そういう理由で、学校に通わせられていたのか、と聡士は初めて知った。

 自分なりにも目的があって行っていたが……。

 それより、今言われたことをまさにやろうとしてしまったため、微妙に気まずい気持ちになる。


「いやしかし、勘違いしすぎて暴走をした白羽の息子と比べるのもおかしいが、私は素晴らしい子育てをしたと思うぞ。見ろ、この成長」

「軽口ばかり叩いて、死んでも知らないからな」

「その言葉、そっくりそのままお前に返したい気持ちで一杯だぞ、京介。ま、そろそろ気を引き締めるか」


 育ての父が、珍しくも真顔になったことが分かった。


「何しろ、正当なる殿下を有するとはいえ、成功するまでは反逆者。相手にするのは、国だ」


 前方には、一つの扉があった。

 現王の部屋だという。前には、多くの兵がいる。


「見ての通りと、異能持ちの厳重な守りの中にいるから、簡単とは言わない」

「だが、難しくはない。『陛下』自身は無効の異能を持っていないからな」

「その通り」


 二人の最上位貴族を前に、兵たちはことごとく廊下に伏した。


殿、扉の向こうは任せよう」


 月城家の当主が、扉に手をかけ、開けた。


 ──十六年前、クーデターが起きたときも、こんな光景が広がったのだろうか。

 異変に、固められた警護。その中央にいる、王の姿。聡士の叔父たる男の顔は、引きつっていた。

 最初の一人が動く前に、聡士は、口を開いた。








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