身代わりと覚悟






 呆然と見るしかなかった。

 この場のほとんどがそうだったろう。いきなり、生徒でもなく、白羽側にとっても乱入してくるはずのない「大人」が現れた。


 人の壁を払った京介さんは、中に入り、場の異様さに気がついたらしい。


「何だこの状況は」


 眉を寄せ、最後に目を戻したわたしの方へ歩み寄ってくる。


「京介さ──叔父さん」


 いつものように呼び掛けて、とっさに言い直すと、京介さんは眉を上げた。叔父さんなんて、初めて言ったからかもしれない。


「どうして、ここに」


 まさか現れるとは思いもよらなかった人だ。立場的には文句なしに、増えるはずのなかった味方だろうが、信じられずに凝視してしまう。


「迎えに行くって言っただろうが」

「え……あっ」


 すっかり忘れていた。

 昨日、帰って来るように言われて、迎えに行くと言われていたのだ。思えば三十分前くらいまで頭を占めていたことだったのに、この場に来て、消えてしまっていた。

 無理もないと思う。


 とにかく、京介さんが今ここに現れた理由はそれだったのだ。


「それで、この状況は何だ。久々に来た母校が荒れていて、生徒同士が喧嘩……っていう生温いものには見えないな」


 京介さんは、前方の白羽悠を目に捉えた。

 白羽悠は、呆気に取られていた様子が消え、目付きが凶悪なものに変わっていく。


「水鳥家当主の弟だね……。助けを呼ぶ暇なんてなかったはずだ──どちらにせよ、これは反逆だよ」

「反逆? 言っていい冗談と悪い冗談がある。さっきの行動は、単に銃を向けられていたからだ。最上位貴族なら誰でも癪に障る。そうだろう」


 京介さんは、煙草を離した口で、煙と言葉を出した。


「『あの一件』以来、水鳥家は白羽家と波風なくやってきたはずだ。軽率な言いがかりは、互いに得はないはずだが」

「軽率なものか」


 は、と白羽悠が嗤った。


「最近、森園家の人間である環奈さんと水鳥家の人間である湊君の接触があった。聡士君との関わりが多いようだから、変な気を起こさないようにと思っていたら、環奈さんを湊君が庇い、異能を使ってきた。それに──こうなれば、もう見過ごせないよ」


 京介さんが来る直前までの状態を示したのだろう。森園を庇い、わたしが異能を使い、さらに聡士も加わった。

 しかし、京介さんが引っかかったように呟いた点は、「異能を?」だった。彼の目が、わたしを見る。

 けれど、わたしもよく分かっていないため、首を縦に振ることも横に振ることも出来ない。


「悠さんが、環奈さんを殺そうとして……」


 行動したことは真実で、その理由は言っておかなければと思い背後を示しつつ言う。とりあえず、森園環奈たちは無事だった。


 京介さんは、森園環奈の方を見て、わたしと聡士を見て、対する形の白羽家を見たようだった。


「つまり今の説明自体は事実で、白羽の餓鬼に、他の三家合同で反抗しようとしていたっていうことか? ……決定的な場面じゃねぇか」


 まさか言いがかりではなく、真実だとは思っていなかったのか、京介さんは頭でも痛そうにこめかみを押さえた。


「ごめんなさい……」


 後々、京介さんにも影響が出る行動であったのだ。

 思わず謝ると、京介さんははっとしたように、膝をついてわたしの肩に手を置いた。


「違う、謝るな。──むしろ、俺が悪かった」

「……京介さんが、どうして」


 尋ね返しに、紺碧色の目は無言でちらりと聡士を見た。

 それから、わたしを見て、


「……わ」

「な、」


 わたしと聡士の頭に手を置いた。


「子どもが覚悟を決めているんだ、大人も覚悟決めるか」


 ずしっとした手は、すぐに離れた。

 その手に触れようと、上げようとした手が、動かなかった。

 手どころじゃない。体が動かない。


「動くなよ」

「……一丁前に能力を使いやがる」


 京介さんが、同じ状態にあると分かった。

 目だけを動かし、白羽悠が立っている方を見た。


「全員、ここで殺す。──もはや、最上位貴族は白羽家だけで十分だ」


 白羽悠が合図すると、周りの銃口が、取り囲まれ円の中の者全てに向けられる。

 隣で、聡士が動く気配がした。


「月城の次男、動くな」


 京介さんが、制した。


「自分の世話くらい自分で焼ける」

「京介さ──」

「綺麗に一掃してやる。信じろ」


「撃て」


 聞いたことなんてなかった銃声が、幾つも耳に響いた。

 銃弾は、瞬きをしたときには、わたしたちに到達していただろう。

 普通であれば。


 風が生まれた。

 その風は、わたしたちのことは柔らかく撫で、包み、迫る銃弾を全て払った。それで終わらず、周りにおり、危害を加えようとしていた者たちを襲った。


「こんなものか」


 気がつけば、目の前の人がゆっくりと立ち上がった。肩が凝ったような動作をする。


「まだまだ未熟だな。白羽の当主なら、その状況下でも能力を使える」


 一階部分にいる者の中、武器を持っていた者たちは残らず倒れていた。白羽悠も、立っていない。

 あっという間だった。

 そこでようやく、わたしは動けるようになっていると知る。異能が解けている。


 特に意味もなく手のひらを見ていた顔を上げると、京介さんが吸っていた煙草を口から取り、握り潰した。

 彼は、上の方を見回した。

 依然、固唾を飲んで固まっている生徒たちがいる。


「修、すぐに学園を封鎖しろ。誰も外に出すな」

「承知致しました」

「もう少し、人手を連れて来れば良かったな」


 わたしの視界に、手のひらが映った。

 先に立った聡士だった。


「ありがとう」


 手を取り、わたしも遅れて立ち上がる。


 京介さんについて来た人だろう、修さん以外に見知った顔が現れ、場が整理されていく。

 生徒が教室に戻され、人が少なくなっていく。

 授業開始時間にはなっているはずだが、合図は鳴っただろうか。記憶にない。


「……こうなるとは、予想外だった」


 聡士の言葉に、全面同意だ。

 とにかく、切り抜けることだけを考えなければならないと、覚悟した瞬間があったはずなのだ。

 あっという間の形勢の逆転だった。


「俺も全く予想なんて出来なかったことだがな」

「京介さん」


 京介さんが歩いてきて、わたしと聡士の前に立つ。


「こうなれば、早急に動かなくてはならなくなる。先に話をしておこう」


 聡士も背が高いが、京介さんの方がより高い。

 京介さんは、聡士を真っ直ぐに見た。


「月城の次男……いや、この先のことを考えると『殿下』とお呼びするべきか?」

「……あなたは」

「水鳥京介。水鳥家現当主の弟だ。こういう風にまともに会ったことはなかったな」


 まあそれはいい、と京介さんは単刀直入に言う、と、


「月城家と、手を組もう」


 そんなことを、続けて言った。


「元々、俺がお前の正体を知っているのは、湊の件で色々探っていたときに月城家当主に声をかけられて、全部聞いたからだ。そのときに手を組まないかという提案を受けた」

「父さんが……?」

「今の水鳥家当主に話をやるより、俺と知り合いだったからだろうな。だが、その時点では断った」


 月城家と手を組むという言葉にぽかんとしていたわたしが、「断ったの?」と口にすると、京介さんは頷いた。


「俺は結構怒っている。要は誤解させたまま、また間違われて襲われる危険性があるままにしていたんだって言うんだからな」

「その件は、本当に申し訳ない」


 わたしが聡士と間違えられて、襲われた件だ。

 聡士が謝った。京介さんがふっと息をつく。


「あいつに育てられたにしては、調子が狂う反応だな。その件に関してはこの状況だ、一旦置いておく。それより、覚悟しておけよ」

「何を」

「少しでも早く、クーデターが始める必要がある。こんなことが知れれば、完全な口実が出来て虐殺でも起こりそうだからな。そして、それが知れるのは時間の問題だ」


 既に、事は始まっていたのだ。

 わたしたちが、白羽悠に対峙したときには確実に。もしくは、もっと前かもしれないけれど。


「そんな顔をするな。お前たちの『せい』というわけじゃない。いや、そうだな……きっかけはそうだとしても、仕方のない形だっただろう」


 子どもの衝動的な行動と取ることも出来ただろう。

 けれど、京介さんは決して間違いではなかったと言う。


「それとも、後悔しているのか?」

「──いいや。……確かに、何があってもじっとしているように言われていた。でも、俺は、さっきまでのことを見ているだけにしていれば、後悔していた。ずっと、一生。……きっと、自分が何のためにいるのか、分からなくなっていた」


 聡士はきっぱりと答えた。一瞬見せた表情の歪みを、彼は、もう見せなかった。

 残っていた蟠りが消え、覚悟を決めた瞬間に感じられた。


「一つ、聞きたいことがある」

「どうぞ、何なりと」

「……今まで普通に話していたのに、急にどうしてそんな話し方になるんだ」

「『今まで』普通に話してはいたが、考えてみると、場合によっては『そういう関係』になると考えた結果だ。止めて欲しいなら止めよう。俺も面倒だ」


 聞きたいことは何だ、と京介さんは今度は普通に促した。


「月城家と手を組むというのは、水鳥家全体の判断か」

「いいや。この場での俺の判断だ」


 聡士が僅かに目を見開いた。

 わたしも驚いた。


「それは──」

「当主に話を通すのは無駄か、今から話しても時間を食うだけだ。……それに、もうこうする方法しかないと判断した。こうした方が望みがある」

「……?」


 望み?

 首を傾げると、京介さんの手がわたしの頭を撫でた。







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