身代わりと学園生活
試験期間が終わってからは、通常の授業の時間割りに戻っている。
ほとんどが座学、一週間の中で体を動かすことといえば、体育。
「選択一緒か」
わたしのセリフでもある。
体育の選択がリセットされた。どうも、試験を一区切りとしているらしい。
そして今日、リセット初日。
わたしがテニスコートに行くと、聡士がいた。と、今回は鳴上千里も。
とうとう選択が被ったらしい。とうとうと言ってもたかだか二回目の選択か。
準備運動を経て、初心者とそうでない人に別れる。野球はお構い無しだったが、テニスは分けるらしい。
「水鳥様、経験者なんですか」
謙弥にやったことがあるかどうか聞こうとしていると、鳴上千里に先に聞かれた。わたしにだ。
「一応」
「これは分が悪いですね、聡士様」
どうも月城主従は初心者のようだ。
「は、すぐに習得して勝負挑んでやるよ」
どこからその自信が来るのか、自信たっぷりに聡士は鳴上千里と初心者コーナーの方へ行った。
「謙弥は、やったことある?」
「はい」
今回もわたしの選択に当然のごとくついてきたから、聞かなかったが、経験者だった。わたしが初心者だったら、初心者の方について来たのだろうか。
わたしは、謙弥と経験者の集団の方に歩いていった。
「あ、ありがとうございました」
「ありがとうございました」
中盤からは完全に試合に入って、試合終了の挨拶をして、コートの中を後にする。
休憩兼観戦の時間に入り、コートを取り囲む客席のようなところで、座って試合を眺める。
こういうものは、経験したことがあるものを選ぶのだと漠然と思っていた。
けれど、そうか、そういう選び方のみではない。
思ったより手に馴染んでくれたラケットを何気なく触りながら、少し考えた。
わたしにとっては、出来る限り、男女の違いが顕著に出ないものか、経験がありそれをカバー出来るものかが望ましい。
バスケットボールもやったことはあるけれど、どうかなぁ、と思う。
前回の野球は中々の出来で、今回もそこそこだが、やってみなければ、どれだけカバー出来るか判断し辛いところがある。
大体、スポーツというものは、基本的に男女の力の差が当たり前に出るものだ。だから、わたしは技術でカバーするしかない。
「休憩中か?」
「……聡士。そっちも休憩か?」
後ろから、横へ。聡士が現れ、腰を下ろした。
「と、言うか、こっちに混ざるように勧められた」
「……?」
こっち、とは、経験者のグループだろう。混ざるように勧められた、とはつまり。
初心者の方ではなく、こちらに混ざれるくらいの腕前だったということだろう。
「そうか」
「ってことで、勝負しようぜ」
「先生に言ってくれないか」
「そう言うと思って、言った」
行動が早いな。
じゃあ次は聡士とか、とコート内の試合を眺めることに戻る。謙弥、野球よりテニスが似合う。
「前、野球だったんだよな」
「そうだな」
「やったことあったのか?」
「多少」
それほどやり込んだわけでもない。
きっかけは、何だったろう。本か何かで見て、じゃあやってみるかと京介さんに軽く言われて、やることになったのか。
メンバーは、京介さん、修さん含め京介さんに仕える人たち。大人ばかりの中、やけにわたしだけ応援されながらやった気がする。
わたしは、ずっとあの家にいたけれど、狭いとは思ったことがなかったのは、かなり広かったからだろうな。
テニスコートもあったし、それこそ野球が出来るスペースがあったし、サッカーはやったことはなかったけれど、あの分では出来る場所があったのではないだろうか。
「他には、何やったことあるんだ」
「他……バスケットボールとか、水泳とか……全部それほど深くやったわけじゃないけど」
そういえば、水泳も選択にあったな。水泳は学園でやることはないだろう。
湊も、色々やったと言っていた。学校でやることがあるから、出来るように、と。彼はスポーツ万能だったようで、大抵のスポーツは出来たようだ。
わたしが湊とスポーツすることは、今まで一度もなかったから生では見たことはないけれど。
「へぇ、結構やってるな」
「聡士は、どうなんだ」
「俺も、同じようなものだな」
聡士はバスケットボールとか似合いそうだな、と思った。サッカー姿は見ていないし、単なる何となくの適当な感想だ。
背がかなり高いし、と。かなり雑な理由でもある。
「そういえば、千里は」
「千里はどうも素質がなかったらしい。あいつ、野球は上手いんだけどな」
「野球は野球、テニスとは大分違うからな……」
そこで並べるのが無理がある。
「それもそうか」
聡士は声を上げて、笑った。
その後、聡士と試合をした。
結果はわたしの勝利だったが……。
「……この短時間で、嘘だろう」
「何が」
初心者なんて到底信じられない実力だった。正直目を疑ったし、初心者だったことも疑うレベルだった。
しかし、まあ、嘘をつく理由なんてない。
「あ、聡士様、水鳥様と試合出来たんですか?」
後片付けを終え、初心者コースだった鳴上千里が走って合流した。
「ああ」
「ちなみに結果は」
「負けた」
「そこは越えられませんでしたかぁ」
鳴上千里は、主人の敗北を聞いてのんきに笑って、わたしを見る。
「水鳥様、どうでした? 驚いたでしょ」
「とても。本当に少し前まで初心者だったのか、と言いたいくらいだ」
「聡士様、大抵のことは初見でも出来るタイプなんですよ」
「なるほど」
天才だったか。天才とはこういうことを言うのか、と目の当たりにした気分だ。
まじまじと見てしまっていると、聡士本人は首を傾げていた。無自覚か。
それにしても、何か、すっきりしたな。思いっきり体を動かしたからか。
野球のときは、寝不足が祟って体が重かったからそれどころではなかった。
「……こうしてみると、学校は新鮮だな」
通うことのなかった場所は、多くの同じ年の生徒がいる。見知った大人に囲まれてする野球は楽しかったし、良い思い出だ。
勉強で競うのは重圧が伴うけれど、こうしてスポーツをしたあとにのんびり話す空気が、急に不思議になった。
「どうかしたか」
ふと気がつくと、近くが静かで、周りにいる三名の視線を浴びていた。何だ。
三人の内、聡士がおもむろに口を開く。
「何か、今ほど力があればなって思ったことはない」
「何だって今」
会話の脈略が分からず、わたしは首を傾げた。
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