身代わりと真実







「………………あー、宗一郎様申し訳ありませんでした、おれには止められませんでした、何分頑固な主人でした」

「千里うるさい。言うって言ってただろ」

「そのときも止めたじゃないですか。おかげさまでおれは試験どころじゃなかったですよ」

「どうせ初めてじゃない、湊に言った」

「おれはそれ初耳でした! あー! もう!」


 鳴上千里のやけくその声を聞いて、わたしは動きを取り戻した。大きく、瞬きをする。

 今、とんでもないことを聞いた気がする。


「……今の話、わたしが聞いても大丈夫な内容?」


 素で聞き返してしまった。

 月城家の子どもではないと聞こえたのだけれど。じゃあ、何だ。養子?

 これは弱みなのでは……弱みにはならないか。月城家には、とうに跡継ぎとして長男がいる。弱みになるとすれば、その長男が養子だった場合くらいだろう。


「聞かれると駄目なことを言わないだろ」


 それはそうだ。

 戸惑っているわたしとは反対に、月城聡士は平然としている。


「俺は月城家の子どもじゃない、これは事実だ。で、王家の生き残りらしい」















 耳がおかしくなったのだろうか。

 さっきのとんでもないことを越える、とんでもないことが聞こえた気がした。


 瞬きを忘れ、相手を見つめ返す。

 月城聡士は「王家の生き残りって言うのもおかしいか。今玉座についている王が一人いるわけだからな」とか言った。

 わたしはどうするべきか混乱し、謙弥を見て、鳴上千里を見るという意味のない行動をした。鳴上千里の目は死んでいた。「どうにでもなれ」とか呟いている。


「……生き残りって、どういう……?」

「そのままの意味だ。約十六年前、前の王や妃が殺された所謂クーデターで殺されたはずの『世継ぎ』だ」


 ──十六年前、この国を揺るがす出来事が起きた。

 前の王の弟が、白羽家他を味方につけ、反逆した。結果、王と妃、そして子どもは殺され、現在の王が玉座についたという。そう言われている。

 つまり、『一家皆殺し』だったはずなのだ。生まれたばかりの赤ん坊、含め。


 しかし今、『いないはずの生き残り』だと月城聡士──聡士は言った。


「それを知ってもらった上で、本題だ」

「──いや、ちょっと」


 待って。

 話を流してくれるな。


「理解が……、まだ出来てない」


 理解が追い付いていない。

 たった一つ、されど一つ。一つ、与えられた事項が大きすぎた。


「月城家の子どもじゃないって、何で、」


 そう言える?

 続かなかった言葉だったが、読み取ったがごとく、答える声があった。


「異能です」


 謙弥だ。

 謙弥は、彼自身信じ難いような目をして、聡士を見ながら、言う。


「水鳥家や他の家にも家特有の異能がありますが、王族直系にも特有の異能があります。力ある声で、あらゆるものを従わせる異能です」


 それは、わたしが倒れた日、聡士が使った能力だとして謙弥が挙げたものだった。

 まさか、それが特別なものだとはわたしは知らず。


「それと、もう一つ、他の異能が効かない体質が証拠だな。例えば千里が」

「……はいはい、例えば『人間スタンガン』と名高いおれが、常人なら一撃で気絶させる電撃を纏う手を一発いれようが、聡士様は倒れません。なぜなら聡士様が、全ての異能を保持する人間の上に立つ王族しか持たない超特異体質だからです」

「お前、言い方」

「放っておいてください。おれはこの先について考えてます」


 鳴上千里は、遠くを見る目で再び黙り込んだ。


「そんなになるなよ。──まあいい、ちょうどだ。話進めるぞ。その体質が原因で、お前は、おそらく俺と間違われている」

「わたしが、聡士に?」


 どうしてこれまでの話に、わたしが絡んでくるのか。


「正確には、湊がだな。ここからは推測だ。だが、一番可能性の高い推測だ」


 もうここまでの話の理解を前提に、彼は『本題』を話しはじめた。


「まず、今回のそもそもの始まりとして、湊がここに来られなくなった原因だ。前、お前が白羽に手を組むことを提案されたとき、もしかすると湊は白羽に同じ提案を受けていたかもしれないと言った」


 確かに。わたしは、頷く。


「その後襲われたことと合わせて、湊がいない理由は白羽関係であり、そのとき何らかの異能が使われてたことで、あいつが来られない状況になっていると俺は推測する。湊がここにいない理由に関してはどうだ」

「……わたしは、理由を知らない」


 湊が目覚めなくなった。原因は不明だと言われた。

 それは、聡士には言っていない。ただ、ここに来られない状態だということは当たりだとだけ認めた。


「……湊は、目覚めなくなった。原因不明だとだけ、言われた」

「目覚めなく──何てことしやがる」


 さすがに予想の遥か上を行ったのか、聡士は髪をぐしゃりと乱した。


「それなら、『湊』が平然と現れてそれは驚いただろうな。行動不能にした側である白羽としては、意味が分からない状態だ。

 だが、そこで一つの推測に至ったんだろう。今も湊がここに来られない状態を作ったはずが、あっちからは異能をものともせず戻ってきたように思えたはずだ。異能が効かない存在は限られている」


 王族だ。


「十六年前、先王が殺された際、その場にいた先王側の人間は殺されたらしい。中には、俺の乳母を勤める者が含まれていたことで、彼女の赤ん坊が俺だと思われて、赤ん坊も死んだと思われたんじゃないかって父さん──月城家の当主は言っていた。それにしては髪色も違ったはずだが……全部血塗れだったなら、確認がお粗末だったんだろうな」


 赤ん坊は助かった。

 別の部屋にいたからだ。そして、辛うじて逃がされた。


「どうして今さらかは知らないが、引っ掛かったか何かしたんだろう。もしくは、湊のことがあって、『万が一』に思い至ったか。それで、戸籍を調べたに違いないな。わざわざ戸籍を調べるほどの理由なんて、それくらいしかない。白羽が戸籍を調べていたらしい話は月城家当主に話した。同じ可能性が出た。だが、戸籍の話は水鳥家にとって、偶然にも心当たりのあるところがあった。

 ……まあ、湊の件が後だったとしても、俺か湊かに絞られてはいただろうな」

「……どうして」

「俺の実の親は、俺自身に記憶はないが、父が王、母が黒鉄くろがね家の人間で、普通であれば真っ先に疑うべきは黒鉄家のはずだった。だが、黒鉄家は王が倒れたときに一緒に潰れされた。じゃあ、探すべきところを決めるには、何に目を向ける」


 赤ん坊が生きていたとすれば。

 だが、顔なんて分かるはずがない。知っていても赤ん坊のときの顔だ。それから何年も経てば、変わっている。

 では、湊がそうであるかもしれないと判断される無効の体質が明らかになる前に、探すための、手がかりは。


「子どもの年齢だろうな、と俺は思う。そうすると、今四家となった最上位貴族の中に『二人』、そう考えられる年齢の、性別が男の子どもがいた。他にいる可能性も考えながらも、まずは最上位貴族に目を向けたはずだ。最上位貴族の元にいれば、とんでもないことになる可能性があるからな。で、そこから絞る手段は、体質かもしれない出来事が起きるまで、無かったに等しい」


 不幸中の幸いが働いていたという。

 普通は顔立ちで、似ていないだとかで絞れそうなものだが、聡士の実父の母は月城家の者だった。顔立ちが、月城家寄りだったのだという。

 そして、聡士自身、『幸い』にも黒鉄家の母ではなく、月城家寄りの顔立ちだった父に似た。

 ただし、髪は地毛だが、目は特別製のカラーコンタクトをつけているらしい。


「元は黒だ。そこの従者には見られた」


 謙弥だ。


「……王族の異能を受け継いた証として、黒い目が挙げられるそうです。ただ、現王は王族の異能を持っておられないため、その目も持っておられないとの噂です」

「そんなこと、あるの?」

「異能を持つ家全てに当てはまることと同じです。代々の異能を受け継ぐのではなく、他の異能を発現したのでしょう」


 謙弥は、聡士に目を向けた。


「そのため、十六年前その異能を持つ陛下がおられなくなり、黒い目を持つ方も未来永劫現れない、はずでした」

「もう必要なかったかもしれない知識なのに、よく知ってるな」


 聡士は苦笑した。


「今の王は王族特有の異能を持たない。通常、そういう場合は地位に就くのにも難色が示される。貴族の家と同じだ。だが、白羽は持たないからこそ、今の王についたんだろう」

「どうして」

「好き勝手にするために。異能を絶対的に制御出来る異能を持つ王より、扱いやすい。……そんな反逆心のある臣下を見破れなかった、前の王の力量かもしれないな」

「……信頼していた証ですよ、聡士様」

「そうだな。でも、だからこそ抵抗もする暇なく殺されたんだろう」


 生き残りたる『子ども』は、親であるはずの存在が殺された事実を、淡々とそう評した。怒りも、悲しみも見てとれなかった。


「結局、だ。身代わりを使ったことにより、異能が効かなかったように見えた湊に『生き残り』疑惑がかかり、戸籍について調べられた。その水鳥家では、戸籍をどうこうしなければならない出来事が起きていた。だが、湊の戸籍は元々あったはずなのに疑惑を持たれたっていうのは……『水鳥家が過去に戸籍をどうこうした』っていう大枠のみしか捉えられなかったんじゃないかと思う」


 不運の中の不運だろう。

 水鳥家が最も隠したかった双子については隠せたが、『戸籍を後からどうこうした』行動のみはどうしても捉えられてしまったのだ。


「一方、俺の方は戸籍には一見何もおかしなところはない。完璧に偽装されているからだ。突然子どもが生まれてはおかしいからと、約一年俺を隠した上での生年月日の偽装でもあったから流れにも不自然さや突然さはなかった。……こういうことが重なって、湊が『生き残り』だと判断され、いやに物理的に襲われるに至った、と推測している」


 白羽悠に戸籍を弄っていたと指摘されたとき、わたしは、戸籍がなかった自分の話だと思った。

 水鳥家にとっては、知られたくないことだったのだ。


 わたしが勘違いしたように、白羽側にも勘違いがあった。白羽が確かめたかったのは、『いるかもしれない生き残り』の行方だ。

 聡士の推測通り、異能を使って湊を目覚めない状態にしたのなら、わたしが代わりに来たことで異能が効かなかったと見えるはず。白羽はそのとき、湊が『生き残り』である可能性を見た。

 水鳥家の双子の存在など思ってもいなかった白羽は、戸籍の違和感を経て、水鳥湊を『生き残り』だと断定した。


 ──そして、わたしが襲われた、と


「…………それ、わたしたちに話していいの」


 鳴上千里をちらりと見ながら、尋ねた。

 示したところは、聡士の身の上についての話だ。とんでもない事実だ。


「ほぼ確定で、俺のせいで命を狙われているかもしれないのに、訳が分からないままっていうのは……理不尽だろ? お前は俺に間違われ、俺のせいで襲われた」

「……だから、私のところに来るようになっていたのか」


 昼休み、ずっと。


「最初は、湊の姉だから放っておくわけにはいかないっていうだけで行った。だが、そのときお前の話を聞いて、可能性に気がついて、見てみぬ振りをするわけにはいかなかった」


 頭を下げられ、謝られた。


「止めてくれ」


 頭を下げられた事実に少し驚きつつも、止める。


「聡士様、軽々しく頭下げちゃいけませんよ」

「軽々しくじゃない。命が関係してるんだぞ」

「それなら、言わない方が楽だったと思うんですけど……仕方ない主人だぁ」


 やれやれという仕草をした鳴上千里が、わたしを見た。


「心苦しいんですけど、こうなると言っておかなければならないことがありまして」

「何だ?」

「水鳥様には申し訳ないんですけど……聡士様を失うわけにはいかないんですよ。今襲撃が止まっているのは、たぶん一時的なことだと思います。他に明らかになる可能性が高まる、人の目があるところは極力避けているんだと思います。そのうち万全の体制で『生き残り』を葬るつもりでしょう。……でも、水鳥様は間違いで、聡士様がそうだとは絶対言えないんですよ」


 鳴上千里は、聡士の座っている横からわたしに近づいてきて、他には誰もいないのに、かなり声を潜めた。


「いずれ、然るべき形に戻すことも考えられているようなので」


 小さくなった声に耳を澄ませていたわたしは、鳴上千里を凝視した。彼は言うだけ言って離れていく。


「──本気か」


 然るべき形。

 ここまでの話を聞いて、分からないわたしではない。つまり、クーデターを起こし玉座についた王に、クーデターを起こすということだ。

 正当なる後継者をもって。


「本気だ。俺が湊と手を組む話をしたって前に言っただろ? そのとき湊には話して、湊はその上で受けてくれた」

「湊が?」


 あの弟は、どれだけのことを知り、大きなことに首を突っ込んでいるのか。


「だから一生ではないにしろ……このまま狙われるとなると長い期間にはなる」


 聡士の正体を明かすわけにはいかない。明らかになれば、彼が命を狙われ、最悪殺されるだろう。

 それは考えられる最悪の出来事の中で、本当に最悪の事態だ。彼は、本来あるべき後継者なのだから。

 だが、そのままとなると、今『生き残り』と見なされているのは水鳥湊で、今狙われるのは身代わりをしているわたし、だ。


「……分かった」


 含まれる意味を考えてから、わたしは頷いた。

 真っ直ぐに見た聡士は、僅かに眉間に皺を寄せた。そっちから言ったんじゃないか。


「それで聡士を守れているっていうなら、借りが返せているみたいな感じがする」


 頷いた理由を付け加えておいた。何も、彼の正体が正体だからと、全てを飲み込んだわけじゃない。


 わたしは、彼に助けられた。

 襲われたときのことではなく、倒れたときの話だ。聡士は、飾らない言葉で、わたしに気づかせてくれた。


「湊が狙われるとなると、話はまた違ってくるから、そのときは湊に聞いてほしい」


 けれど、わたしが今聞いた話を全部知った上で聡士に協力する旨を固めた弟なら、どんな返事をするかは大体予想がつく。


「いいよ、このままいこう」


 湊が力を貸すと決めた彼は、きっと、この国の希望だ。

 わたしは、この国の有り様をあまり知らない。湊の身代わりになるため、教えられた知識と、この学園で見聞きしたことのみだ。

 けれど、それで十分だった。

 新入生歓迎パーティーでの白羽悠の行動が、正しいことであるはずがない。

 水鳥家や月城家といった、位から言えば同じ最上位貴族が、生徒会選挙にも遠慮するという権力の傾きが表れている。

 その『独裁』が良いものであるのなら、わたしは入学間もないときから、この学園に違和感を持つことにはならなかっただろう。


 現実は違った。

 傾きは悪い方に利用されていた。

 その、学園内にも歪みを起こしている現状がいつかひっくり返るかもしれない希望。それが聡士なのだ。唯一、彼だけが。


「お前、本当、自分のことを一番に考えろよ」


 聡士は、何とも言えない表情をしていた。

 罪悪感を感じているのかもしれない。自分の代わりに、他人が狙われるのだ。

 黙っていたら、鳴上千里の言った通り、そんな顔をする必要もなかっただろうに。


「大体な、本来は俺が守る方なんだ。全部、何もかも」


 それは、頼もしいなと、湊の口調で答えた。



 それにしても、湊はどうして聡士の申し出を受けたのだろう。付随する秘密を考えると、彼個人の判断になったことだろう。

 水鳥家の未来を左右する、とても危険で難しい判断だ。












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