身代わりと過ぎる日々







「大丈夫ですか?」


 問いかけに、顔を上げた。

 そうして初めて俯いていたと自覚したが、寮の自室だったのでセーフだろう。外では気を付けなければ、と思いつつ、謙弥に「何が?」と聞き返す。

 大丈夫の示すところが分からなかったのだ。

 すると、彼はわたしが深い息をついていたからと述べた。


「それは……気がつかなかった」


 無意識だろう。全く自覚がなかったため、今になって口を押さえる。


「十分に、お休みになれていますか」

「え? ──うん」


 急な質問に、少し手間取った。

 実を言うと、答えた内容が真実だとは完全には言えなかった。

 睡眠時間は取っている。

 けれど、一度眠りについたと見せてから、わたしは起きている。授業の予習と復習のためだ。

 授業で万が一にもミスしないように。小テストでミスしないように。

 念入りに、準備する毎日だった。


「大丈夫だから」


 気がかりそうな顔をしている謙弥に、笑ってみせる。

 しかし、それから息を吐きそうになり、すんでのところで息ごと止めた。


 少し、疲れているのかもしれない。

 まだ一ヶ月なのか、湊がこの期間中も起きないことを考えればもう一ヶ月なのか。

 気を抜けない日々で、慣れないこと尽くしの日々だ。疲労は大なり小なり溜まるだろう。

 思っていたよりも、だったが。


「大丈夫、そのうち慣れる」


 まだ慣れていないだけだ。そのうち、効率のいいやり方が身に付いてくるだろう。

 わたしは、そう思っていた。



 *



 朝、決まった時間に起き、朝食を食べ、登校する。ここから、わたしの戦いが始まる。

 湊としてボロを出すことなく、午前と午後授業を受け、寮に帰る。その繰り返し。

 授業の内容は進み、変わりゆくが、基本的に時間割りは一週間のローテーションなので、同じ日々を過ごしているようだ。

 毎日、毎日、何とか過ごして、過ごして──


「明日から四連休に入ります」


 連休?

 聞こえてきた言葉に、内心首を傾げる。

 現在はいつの間にか、あっという間に授業後のホームルームの時間になっていた。クラス担任が連絡事項などを話していた。

 相変わらずの一番前の席で、教師を見上げるわたしは、話の続きを待つ。


「寮から一度家に戻る人も多くいると把握しています」


 普通に一週間に二日ある休みは、原則、外出は出来ても家に帰ることや外泊は出来ない。原則なので、家の力にものを言わせれば可能な生徒もいるだろうが。

 しかし、どうやらわたしが把握していない四連休とやらは、家に帰っても良いらしい。


 しかし四連休とは、いつの間に。

 そういえば、カレンダーをろくに見ずに生活してきた気がする。今、何月何日だったろう。

 ……わたしは、帰ってもいいのだろうか。

 帰れたら、京介さんに会えたら、と思うと帰りたいなと思う。

 何はともあれ、一旦連休が挟まるということは、安堵に似た感覚を生まれさせた。まだ教室内にいるのに、いけないいけない。


「しかし、その後一週間もすれば試験期間に入ります。試験範囲の詳細は後日発表されますが、ここまで学んできた内容全てだと思っておいてください」


 ──試験

 こう言われる時点で、小テストの類いではない。今、何月、何日。入学してからどのくらい。

 学校で、試験とは……定期試験か。

 そういうものがあることは知ってはいたが、忘れていた。いや、元々どのくらいの時期にあるかどうかは知らなかったのだが……もう、とは。


「湊」

「……聡士」


 ホームルームが終わり、教室を出たところで、月城聡士に会った。

 どうも、今回は完全なる偶然のようだ。

 互いに階段に向かおうとしたところで、遭遇した感じだった。


「明日からの連休、お前は帰るのか?」

「……おそらく」


 本当のところは分からなかったため、どちらに転んでも良い答え方をした。


「まあ、ほとんどの奴はそうだよな。俺も、呼び出されてるから帰らなきゃならなくなったし」

「散々な言い方っすね、聡士様ー」

「俺は面倒だから帰らなくていいと思ってるんだって言ってるだろ。何もないってのに。──とりあえずいないっていうなら、今度会うのは連休明けだな」


 従者と親しげなやり取りをした月城聡士にまた話しかけられる。


「そうだな」


 水鳥家本家に行くことになるのと、連休無しで学校生活を送り続けるのであれば、どちらがましなのかと考えてしまった。

 そういえば、月城聡士は頭がいいのだろうか。

 ふと、そんなことを考えたのは、頭に残る試験が近いという話のせいか。


 頭がいいのか、と思ってから、愚問かと馬鹿らしくなる。

 当たり前だろう。月城家の次男なら、相応の教育を受けている。

 ──わたしは、この男に


「じゃあな、湊」

「……連休明けに会おう、聡士」


 月城聡士とは一二分で別れた。


「試験、か」


 寮へ戻り、ネクタイを緩めながらぽつりと呟いていた。


「どうかしましたか?」


 声が耳に入ったか、謙弥が首を傾げた。


「いいや、何も。……いや、明日からあるっていう四連休って、わたしは、どうすればいいの?」

「え。あぁ、いえ、水鳥家本家に帰ります。準備はなさらなくても問題ありません」

「そう……」


 もしかして、前にもこの話をしていたのだろうか。謙弥が一瞬ぱちくりとした様子に、思った。

 ……聞き流していたのだろうか。それなら申し訳ない。


「本家か……」


 ひとまず学園からは離れるようだ。が、「水鳥家本家」という内容に重い気分になる。

 わたしが本家に帰ってどうするのだろう。まさか、四連休ずっとあの家で過ごすなどということになるなんてこと、ない、よね。

 ……そうだとすれば、寮に引きこもっている方がよっぽどいい。







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