身代わりとランチタイム






 次の日も、月城聡士と会った。

 ……と言うより、あちらが来たのだ。その次の日も。

 しかし会話内容は初日と異なり、深刻さがちっとも漂わないものだった。主に、あちらがわたしに色々尋ねてくる。

 意図を図りかねて、わたしはとうとうぼそりと溢した。「どうして毎日来る」と。


「湊の友人として、代わりをしているお前を放っておけないと思ってな」

「……それは、……大きなお世話だ」


 本当に大きなお世話だ。

 そう思いながら、戸惑う。

 わたしは、月城聡士の友人である湊の代わりだ。

 身代わりと仲良くする理由はないし、入学式からしばらく会わなかったことからも、そう演じる必要もないのではないだろうか。


「嫌か?」

「……嫌だって言ったら、放っておいてくれるのか」


 言うと、なぜか月城聡士は笑った。


「……何だ」

「いや、顔も声も似てるのに、やっぱりかなり違うのは不思議な気分だ」

「……その似ているのを見破ってきたのはそっちだろう」


 出た本音を誤魔化すように、お茶を飲んだ。

 昼食が食べにくくて仕方ない。

 理由は、たぶん、京介さん以外と食事をするのが初めてだからだ。

 謙弥は、京介さんの側近の修さんと同じように、『主』と同じテーブルにはつかないようになっているらしいし。

 どうも、あまり慣れない人の前では食べにくくなってしまったようだ。

 けれど、それはあまりに小さな理由に思われそうで、口にはせず、今日も機械的に食事を進めていく。


「まあ、許しておいてくれ。暗殺の標的にされてるかもしれないんだ。放っておくわけにはいかないだろ」

「『私』は、単なる代わりに過ぎないのに?」

「だからこそだろ」


 意味が分からない。


「とりあえず、だ。白羽としては、これまでの手口からして実行犯との繋がりは出さないようにしてる。つまり、関係ないと思わせて殺したいだろうから、白羽悠自身が手を出してくることはない」

「……異能を使えば、出来るんじゃないのか?」

「…………いや。そもそも他人に働かせる異能っていうのは、使われてしばらくだと『特有の痕跡』が残るらしい。そういうのを考えて、なおかつ静かにって言ったら刃物くらいかってところだ」

「そうなのか」


 白羽あちら側の考えはよく分からない。


「月城家である俺が関わるのもそれなりに効果はある。これまでどの家も腹を探り合って手を組まなかったところ、手を組んでるかもしれないんだから、水鳥家を攻撃すると月城家がついてくるかもしれない」

「それは、いいのか?」

「実際、手は組んでたからな」

「実際に家の権利を持つ親同士はそうじゃないだろう」

「まあな。だが、そもそも俺と湊は機会があれば話してたから、こうして過ごすのはそうおかしな話じゃない。問題は、どれだけ多くの目が見ているかってことだ。あっちの警戒に繋がる」


 それに、と、普通に食事をしている月城は呟いた。


「疑われようと、お前が殺されるよりずっといい」


 彼が何を考えているのかは、やはり、分からない。



 *



 次の日も、その次の日も、月城聡士と会うことになった。

 わたしは、妙な心地に陥る。


 一週間前までは、クラスメイトとさえ薄い関係で、挨拶や話さなければならないことといった会話をするくらいだった。あとは授業中の発表の機会か。

 毎日、謙弥と、電話で京介さんと話すくらいだったのが、突然の変化に見舞われた。


 本当に、何なのだろう。

 今日も聡士を前にして、不意に強烈な違和感に包まれる。

 本来なら、湊が座る席。送るべき生活。

 覗き見をしている。そんな気分だとはもう分かっていた。


「そういえば、聞きたいことがあった」


 これまでは、本当に趣味だとかを聞かれ、湊の話を聞くこともあった。

 わたしは別にもうこれまでの自分の生活状態なんて隠す理由もないので、大したことのないこれまでを話してやった。若干自棄やけだ。


「前置きなんて、今さらすぎる」

「そうだったな。──新入生歓迎パーティーのとき、どうして代わりに落ちた」


 今さらすぎると思った前置きは、なるほど、必要だった。

 新入生歓迎パーティーとは、今さらなことを持ち出してきた。

 まず、一つだけ訂正しておく。


「わざと落ちたわけじゃない。結果としてそうせざるを得なかったんだ」

「じゃあ、そもそもどうして助けようとした」


 わたしは、ちらりと向かい側を見た。

 黄色の目は、静かにこちらを見ているのみ。


「体が動いていた。突然で、考えている暇がなかった」

「家から、何か言われなかったか」

「言われた」

「そうだろうな。俺も家からは大人しくしてろって言われてる」


 やはり、そういうものなのだろうか。

 白羽とは衝突の類いは避ける、と。


「中学のときも、あんな光景はあったのか?」

「いいや。少なくとも俺が通っていた学校では、俺がしない限り見るはずがない」

「……ああ、そうか」


 最上位貴族は、この学園に入るまでは別々の学校に通っていた。ばらばらだったときには、それぞれの学校での一番上は一家のみいる最上位貴族。


「わたしは、こうして学校に通うのは初めてだから、忘れていた」


 そうだったな、とご飯を口に入れ、もぐもぐ咀嚼していると、視線を感じた。言わずもがな、聡士だ。

 何だ、とわたしは無言で問う。

 月城聡士は、いや、と口火を切る。


「湊の姉とこうして会うことになるとはな」


 ごくん、とわたしは口の中のものを飲み込んだ。


 月城聡士は、廊下など、どこか離れたところから声をかけてくる分には、「湊」と呼んでくる。

 その一方で、こうして話しているときは、決して「湊」とは呼びかけてこない。

 湊の姉として認識されていることに、わたしは改めて奇妙な心地を覚える。わたしの方は、「湊」の仮面を中途半端に被ったまま。外すことは、あり得ない。ここにいる以上、わたしは「湊」なのだ。


 だからこそ、今の状況が奇妙で仕方ない。

 現在、「湊ではない者」として話しかけられていることはもちろん、以前から「湊の姉」という存在を知られていたことも含めて。


「……どうして湊が、わたしのことを明かしたのかが分からない」


 食事を続ける手が勝手に止まり、ぽつりと溢す。

 わたしの存在──単に湊の身代わりとばれるのではなく、「姉」という存在を明かしていたのは、弟だ。


「貴族に生まれる双子の意味は、知っているんだろう?」

「ああ」


 当然だろう。

 貴族で、異能を持つ家に生まれる者ならば、耳にする機会もあるのだろう。


「無能」


 水鳥家の長子としてこの世に生を受けたはずのわたしが、表から抹消された理由がある。


「受け継ぐはずの異能が、同時に生まれる双子の場合、胎内でどちらか一人に偏り、もう一人は能力を継がない」


 異能を必ず持つはずの貴族における双子の誕生は、喜ばしいものではない。

 双子だけではなく、三つ子、それ以上……つまり、複数の子どもが同時に腹の中にいる状態が出来た場合、力は一人に偏り、それ以外は無能として生まれてくる。


 しかし双子や三つ子といった子どもは、そもそもそうなる確率が低すぎて、滅多に見ないのだとか。

 それでも、そうなった場合、特に最上位の貴族としてはあってはならないことだ。


 畏怖、権威、全てがついてこない。どれだけ男子として家を手伝おうとしても、分家には異能を持つ者がいる。どれだけの者が、無能についていくだろうか。

 よほど人が出来ており、カリスマ性がなければならないだろう。だが、そんなに手塩をかけようとも思ってももらえないだろう。

 女子として他の家に嫁ごうとしても、能力があることが一つのステータスとなり、指標となる貴族世界だ。行き手などまずない。


 少なくとも、現在の水鳥家当主の考え方はそういう風で、強いものだ。

 生まれたわたしを離れに閉じ込め、表に出そうとせず、名前も与えなかったような人だ。一生、出さずに閉じ込めておくつもりだったのだろう。


「だから外部の人間が双子の片割れを知らないのは、当たり前。家の恥だから。……湊がそう思っていなくても、家にとって損になることはあっても得になることなんてない。なのに、どうして」


 どうして湊は、目の前にいるこの青年に教えたのか。

 引き換えに何か明かすにしても、他に無難なものがあったろうに。

 そう言っても、湊はここにはいないのだから答えはない。でも、湊が話すことも出来ない状態だから、もう片方に答えを求めたくなる。


「湊は、隠したがるような奴だったか」

「……湊は──」


 生まれてすぐに引き離された弟には一年に一度か二度、会えるくらいだった。人目を忍んで、京介さんが会わせてくれていたのだ。

 湊はその度に嬉しそうにしてくれて、時間が来ると悲しそうにした。彼は、わたしを姉だと言ってくれていた。


「なるほどな。……湊が俺に協力して、成功した際の条件っていうのはもしかして──」


 そんな声に、顔を上げると、月城聡士は「いや、あいつと俺の話だ」と首を横に振った。


「お前、困ったことがあったら、言えよ」

「何、突然」


 本当に突然に思えて、怪訝そうにしてしまう。

 そのままの意味だと言われて、ちょっと考える。


「……わざわざ言う理由がないと思う」

「ひねくれてるな」


 どこが。







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