身代わりと仮定






 翌日、代わり映えのない生活が待っていた。

 月城聡士は約束を守ってくれているようだ、と、まだ一日なのにも関わらず、実感したようになった。


 けれど、昼休憩時、これまでの日常が変化を遂げることとなる。


 昼食のため、学園の学舎にある食堂、三階の特別室に行く。

 一階、二階は全生徒が使うことのできるテーブルスペースが広がっているが、三階は特別個室となっていた。

 昼食も、取りに行かなくても運んでくれる仕様だ。

 そこで、いつものように昼食を食べていたところ。


 いきなり、ドアが開いたのである。

 入ってきたのは、月城聡士、ともう一人。


「……」


 ……え? なに?

 ここは、水鳥家専用になっている部屋のはずなのだが。きょろきょろしたくなるのを堪え見ていると、トレイを持っている月城聡士が歩いてくる。


「従者は従者同士で食べよっか、佐々木謙弥くん。主人同士が交流してるから、僕も謙弥くんと交流したかったんだよね」

「謙弥く──?」

「聡士様、部屋借りますね」

「ああ」


 謙弥は強引にも、月城聡士についてきた生徒に外に連れ出されてしまった。何事。


「あいつは鳴上なるかみ千里せんり。俺の従者をしてる」


 リストにあった名前と顔だった気がする。言われて、気がついた。


 それはどうでもいいが、この状況は何だ。

 月城聡士はテーブルの向かい側について、昼食らしきものを置いていた。カレーだ。

 ……なぜ、わたしの前で昼食をとりはじめようとしているのか。


「そう警戒するなよ」

「……何か、用か」


 二人きりの空間で問えば、月城聡士が普通にスプーンを手に取りながら、言う。


「ちょっと、話を聞きに来た」

「昨日以上のことは、話せない」

「ああ、違う、それはもういい。昨日の、俺と話す前に起こったことだ。お前を襲おうとしていた男について」


 元々食事の手は止めていたが、フォークの先が皿にぶつかってしまった。微かな音がした。


「あれは、結局何だったんだ」

「普通に考えれば、お前を暗殺しようとしたんだろ」

「……私を?」


 暗殺。耳慣れない言葉である。


「どうして。……誰が」

「推測では、白羽」

「白羽、が?」


 どうして、とまた呟くと、月城聡士はまだ使っていないスプーンをくるりと回した。


「そんなの、理由はいくらでも考えられる。他の最上位貴族自体が目障りだろうからな」


 例えば、と彼は言う。


「かつて、最上位貴族に名を連ねていた黒鉄くろがね家は、前王の妻方の家だったことから、混乱に乗じて潰された。当主夫妻、子供も殺されてる」

「……」

「現在も残る森園もりぞの家も、七年前、表立って反抗したために、前当主夫妻は暗殺された。残った血筋は、今の当主のみ。見せしめだな」


 あまりに淡々と語られたことは、わたしもうっすらとは知っていた。

 多くは、今回学園に通うにあたり関わる可能性があるとされた重要人物、最上位貴族の子どもが軒並み揃っていたから。そのプロフィールを把握する流れで、知ったのだ。


「表にははっきりとそうだとは出ていないから、推測に過ぎないと言えばそうなるものでもある。──そうしたのは、白羽家だ」


 白羽家は、現王を玉座に導いた家だ。当時、そして現在、彼らが裏で持つ力はまさに強大。

 他の最上位貴族を凌駕し、他家は迂闊に動くことが出来ない状況だという。

 だから、現在この学園で生徒会長という役柄以上に、白羽悠は力を持つことになっているのだろう。

 わたしは、実際に見て、ようやく理解した。


「お前昨日、生徒会室に行ってただろ? 何の話をした」


 昨日、した話。

 わたしは、月城聡士をじっと窺う。話しても良いか、どうか。

 ……湊や水鳥家の話ではないから、大丈夫か。


「手を組まないかという提案をされた」

「……何て答えた」

「私の一存では返事出来ない」

「……そうなるか。……そう返事したから狙った、って考えるのはあまりにお粗末で、用意していたとしか考えられないタイミングなんだよな……」

「あの男は、結局どうしたんだ。身元は?」


 月城の従者が請け負ったあの男は、どうしたのか。身元、と言うより、暗殺というからには雇い元ははっきりとしたのだろうか。


「出なかった。そういう対処はされてる」

「……そうか」


 わたしは、考えた。

 昨日はあれきり疲れて、考えることも止めてしまっていたが……。確かに、待ち伏せされていたタイミングだった。

 わたしを狙ったとして、白羽の手先だとして、あの申し出を受けなかった場合に用意されていた?


「いや……待て」


 何か、引っかかる。

 思い出せ。昨日のやり取り。月城と話す前、襲われる前、生徒会室で話したこと。


「最後に聞くよ」「もう時間はあげないよ」──違和感が、分かった。あの流れと言葉、以前、同じことを話したことがあるというそれだ。


「……もしかすると、湊は、以前に白羽悠から同じ提案を受けていたのかも」

「何だと」

「そうかもしれない、というだけだけど……」


 そのとき、暗殺、という言葉が過り、湊が目を覚まさない状態が思い浮かんだ。

 ──恐ろしい仮定が、生まれた


「──聡士」

「何だ」

「最近、湊が、白羽悠と接触するような機会はあったか、心当たりはあるか」

「……一ヶ月と少し前、四家が集まる機会があった。俺と湊が顔を合わせるのもそういう機会だけだった」


 一ヶ月と少し前。

 湊が突然目覚めなくなったときと重なる。これは、偶然か。


「おい、どうした」


 どれほど黙りこんでいたのか、声をかけられてはっとした。

 見えたのが、見慣れない黄色の目で、一瞬誰といるのか分からなかった。

 数秒を要し、月城聡士だと理解する。


「いや、何でもない……」


 何でもなくはない。

 もしも、もしもわたしの考えが正しいのであれば、それは、許せないことだ。

 今回だって、実際に襲われたのはわたしだけれど、狙われたのは湊だ。


「……それにしても、戸籍とか、遺児とかいうのは、結局何の関係があったのか……」

「戸籍と、遺児?」

「え? ああ……悠さんが、水鳥家を調べたら、戸籍関連をいじっていたようだけどって。それは、考えられることとしては、わたしが生まれたことに関連する問題だろうとは思う」


 結局、月城聡士がわたしの存在を知っていたのは湊からの情報だった。

 一方、白羽悠のあの言葉が意味するところは、わたしが生まれたことによるものではあるはず。

 ただし双子という事実にはたどり着けないはずで、あれが結局、何らかの弱みと見なされて提案を受け入れろという脅しだったのか。何を目的として言われたのか云々は分からないが……。

 しかし、「戸籍」のみについて今冷静に考えてみると、引っかかるところがある。戸籍をなぜ、わざわざ調べたのか。今さらでもある。


「戸籍を──まさか」


 月城聡士の呟きに、見ると、彼は眉を寄せ険しい顔をしていた。

 どうしたんだと、今度はわたしが聞きたくなった。

 けれど、その前にこちらに目を戻した彼の黄色の目と、視線がかち合った。

 深くは知らない間柄、その目に過る感情をわたしは読めなかった。







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