身代わりと生徒会長






 二日の休みを挟んで、平日。

 腫れも痛みもなくなった足で登校すると、以前よりもっと露骨に視線を感じ、妙な感覚だった。

 新入生歓迎パーティーのことが尾を引いていることは、間違いないだろう。


 白羽悠が、この学園であのような光景と、異様な空気感を作ることのできる理由には心当たりがある。

 同じ最上位貴族である生徒二人を前にして、まるで白羽悠に逆らうことがまずいかのような空気。

 同じ最上位貴族──そう言えない状況が、約十六年前に作られた。


 わたしや湊が生まれる、前の年だ。

 この国を揺るがす出来事が起きた年だった。

 所謂クーデターというものだろうか。前の王の弟が、密かに力をつけ、反逆した。結果、王と妃、そして子どもは殺され、現在の王が玉座についたという。


 その王の一番の力となったのが、「白羽家」。

 他の家より、大きな力を得たかったのだろうか。

 そのために当時の王一家を全滅させたとんでもないことをした家だが……。

 成功した現在、現王を玉座に導いた家として王に厚遇され、貴族の中で最も力を持つ家となっている。


 京介さんに聞いた限りでしかないが、社会的にも「権力の傾き」が起こっているらしい。

 それは、大人たちの世界だけではなく、学園にまでその波が来ていたようだ。


「帰ろうか、謙弥」

「はい」


 次々と授業を受けていると、あっという間に放課後になった。残る理由はないため、帰るべく教室を出る。


「水鳥様」


 一人の生徒が立ちはだかった。

 単に出たところを待ち構えられていたようだ。

 知らない生徒だ。とは言え、わたしは、あまり関わらない多くの人の顔を覚えることが苦手のようで、クラスメイトの顔さえ、うっすら「クラスメイトかな」ぐらいだ。


「湊様に何かご用ですか」


 わたしが何か言う前に、謙弥が対応してくれた。


「白羽様がお呼びです」


 予想外の言葉に、わたしは大きく瞬いた。




 案内された先は、生徒会室だった。

 お一人でと言われ、案じる表情の謙弥を置き、廊下をさらに進む。少し、緊張した。

 何の用なのか。

 心当たりと言えば、先日の新入生歓迎パーティーでの一件しかない。

 しかし白羽家の人間という、耳にしている情報と、パーティーでの行動を思い出すと、これから待ち受ける事態は得体が知れない。


 ごねるのも何なので謙弥を置いてくるしかなかったが、手のひらにじわりと汗を感じる。

 開かれたドアの向こう、書斎のような部屋に、一人立つ者がいた。

 同じ制服を身につけ、男子にしては小柄な姿が、振り向く。淡い茶の髪が揺れた。


「やあ、湊君」

「こんにちは、悠さん」


 同じ学校に通い始めたのは、高校から。

 高校に入ってから、湊が彼の呼び表し方を変えたかどうかはわからない。ただ、これまでの呼び方は「悠さん」だった。

 この学園にもう一人いる、最上位貴族の家の生徒も同じく下の名前呼びだから、湊は和やかな笑顔で柔らかな関係を築いていたのだろうか。


 白羽悠はにこにことした笑顔で、近づいてきた。


「まずは、入学おめでとう」

「ありがとうございます」


 背丈がわたしより少し高いくらいで、ほぼ真っ直ぐ目が合う。

 合って、目まで笑っていないと知った。一気にその笑みが、得体が知れないという認識に変わる。

 体に、緊張が走った。


「きみさあ、何のつもり?」

「……何がですか」

「この間のことだよ。僕の邪魔をするなんて、どういうつもり? 意味で捉えてもいいのかな」


 どういう意味だ。

 この間のこととは新入生歓迎パーティーでの行動だろうとは分かったのに、そのあとが具体的でない。


「最後に聞くよ。僕と手を組む気は?」

「……あなたと、手を組む」


 疑問の形で口にしたかったが、堪えた。

 意図が分からない。

 手を組む、とは。懸命に考える。


「それは私と悠さんが、ですか。それとも」


 家同士のややこしい話ですか、と問いかけてみた。


「それはもちろん、ゆくゆくは家同士でだよ。互いに家を継ぐわけだから」


 なんと、白羽悠は、水鳥家と手を組みたがっているのだという。


 白羽家が現王に忠実であるのに対し、他の家は微妙なところだと京介さんが言っていたことを思い出した。

 表ではもちろん従っているが、クーデターが起こった当時、最上位貴族としてもう一家あった家が潰されたらしい。

 つまり表では大人しかろうと、それは警戒してのことで、水面下では何を考えているか分からない部分がある。

 白羽家を心からよく思っている可能性は、限りなく低いだろう。


 そして、今の提案は白羽家の判断か、それともこの場でまだ跡継ぎ段階の湊に言うのでは、白羽悠の考えか。

 どちらにせよ内容的には、クーデターの流れでうやむやになっている関係の中、水鳥家と明確に手を組もうとしている。

 ──これは、厄介な話だ


「私の独断では、返事出来ません」


 考えて考えた結果、返事の仕方はこれしかなかった。他に何と返せば正解なのかは、全く分からない。

 湊ならどう答えたか、とは別の問題が絡んできている。


 だから妥当な答えだった……と思う。


「その答えでいいの?」

「……今は、これ以上は何とも」

「もう時間はあげないよ? それでも?」

「はい」

「そう。……家に確かめないと行動出来ない従順な子で、可哀想だなぁ。貴重な体験させてあげたと思うけど、自分の身は可愛くないんだ」


 哀れみを含んだ目だった。

 同時に、その目に探る目付きが混ざっているとも見てとれた。何か、読み取ろうとしているような……。


 隠し事をしているからだろう。新たな緊張が加わってくる。


「湊君」

「……はい」

「きみ、帰ってくるのがとても早かったね」

「……?」


 早かった?

 密かに、拳を握る手に力を込めていたわたしは、内心首を捻る。

 話題が変わったのはいいが、何より内容の把握だ。

 帰ってくるのが早かった、と聞こえた。どういうことだ。どこかに出かけると、湊が彼に伝えていたのだろうか。

 心当たりがないが、「そうでしょうか」とでも無難に答えておくべきか。


「昔、水鳥家でごたごたしていた時期があるとかで調べたら、戸籍関連をいじっていたようだけど、」


 さらなる、急な話題の転換に感じられた。

 だからこそ、まったくの不意討ちだった。


 戸籍関連──心臓が、確かに鼓動を止めた。


 まさか、ばれた……?

 わたしが最もしてはならない失態が、頭に過る。ばれたのか。

 月城聡士に続いて、白羽悠にも?

 なぜ。わたしは、そんなにもボロが出ているのか。そんなはずはない。そんなはずは、ない、のに。


「きみ、遺児かい?」

「……いじ……?」


 最大級の混乱を抱えていたところに、飛び込んできた問いの意味が分からず、本気で聞き返してしまった。

 わたしに関する話題、では、ない。たぶん。

 次は何の話題に飛んだのか。

 白羽悠がこちらの反応を待つように見てくるので、本心からでもあるが、言う。


「話が、よく掴めないのですが」


 水鳥家、戸籍、ときて、自分のことかとドキッとした。

 けれど前後の話のつながりがいまいち分からず、具体的に指摘されないことから、ただの勘違いという望みも込めてそう返すことを選んだ。

 何にしろ、しらばっくれる他ないのだ。


 すると、白羽悠は「そう」と言って、くるりとわたしに背を向けた。


「もういいよ。今日はわざわざ来てくれてありがとう、湊君」


 そうしてあっさりと話は終わった。


 一体、何だったのか。

 生徒会室を出て、考える。

 新入生歓迎パーティーでの行動の指摘、手を組む申し出、それから……。


 ──風の動きを感じた。

 何となく後ろを振り向くと、誰かが、触れるほど近くにおり、ギラリと光る刃が見えた。


「湊様!」


 迫る刃とわたしの間に、誰かが現れた。

 一瞬、だ。

 瞬間移動──謙弥だ。

 彼のお陰で、わたしには刃は届かない。


「謙弥──」

「馬鹿、出るな!」

「!?」


 強く、後ろに引っ張られた。

 この声、聞いたことがあるような。わたしが、背後にいるらしき謙弥ではない人物を確かめるより先に、


「千里!」

「行きます!」


 わたしの横を通りすぎ、前に飛び出た制服姿が、謙弥の横から何者かに飛びかかっていく。

 直後、バチバチバチッ、と弾けるような音がして……何者か分からない、謙弥が向かっていった人物が倒れた。

 動かない。

 謙弥と、もう一人が倒れた人物の様子を見て、互いに視線を交わしあった。


「湊様、怪我は」

「──いや、ない。それより、謙弥は」


 刃を見た。

 わたしに向けられたそれを受けたのは、彼のはず。


「問題ありません」


 謙弥が腕を上げると、上着と下のシャツが切れた制服と……下に何か黒いものが見えた。肌ではなく、血が出ている様子もない。

 何か、黒いものが刃を防いだのか。


「良かった……」


 ほっと安堵の息を吐いてから、再度、他にいる人を認識する。

 まず、倒れている誰か。うつ伏せで顔は見えないが、体格的には男か。服装は黒。制服ではない。

 一方、謙弥の側にいるのは制服姿の男子で、わたしと目が合うと笑顔になる。白羽悠のような得体の知れない笑顔ではない。

 ……では、残り、わたしの後ろに現れ、わたしを引き留めた人物は。


 振り向くと、彼がいた。


「──聡士」


 月城聡士、だ。

 背が高い月城聡士はわたしを見下ろしていて、黄色の目とまともに目が合う。


「この状況について言いたいこともあるが、……ひとまず、お前に話がある」


 彼は、探るような目つきを一度も挟まなかった。

 嫌な予感が、した。






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