身代わりと秘密









「とりあえず、場所変えるぞ」

「……どこに」

「俺の部屋だ」

「それは──」

「お前も他には聞かれたくない話だとは思うから、言ってるだけだ」


 脅しか?

 顔をしかめたくなった。

 これは、どう対応するのが正しい。月城聡士の示す話というと……。


 もう、何だっていい気がした。

 立て続けに起こった意味の分からない出来事に、頭は拒否反応を起こしかけている。


「あの人は、どうするんだ」


 倒れている誰か。なぜだかわたしを襲ってきたあの男。


「千里」

「はいはい、ご安心を。片付けておきまーす」


 月城聡士の呼びかけを受け、もう一人いた生徒がその男の襟首を掴んで笑った。乱暴だ。

 とりあえず、この場の片付けはしてくれるらしい。


「謙弥も一緒でいいか」

「ああ。弾く理由はない」


 それなら、とわたしは謙弥に目を向けた。彼は何か言いたそうにはして、懸念を抱く表情をしていたけれど、頷くのみだった。



 連れて行かれた先は、寮の月城聡士の部屋。

 寮はいくつかあるうちの、わたしとは別の建物の寮の最上階だった。

 部屋数は同じ、構造も同じだろうが、当然内装は異なっていた。入ると、ソファーに促されたので、座る。月城聡士は向かい側に。

 いやにソファーに座るのが似合う青年だ。


「盗聴機も、録音する機械の類いも一切ない。信用するかどうかは任せる」

「どちらでもいい」


 ここに来ている時点で、その辺りは諦めている。

 それに、道中、腹を括った。月城聡士にされる話と言えば、一つしか心当たりがない。

 話を聞き、何らかの話をつけなければならないだろう。


「それで、話とは何だ」

「お前、やっぱり湊じゃないだろ」


 やっぱり。

 予想していたことではあったが、呼吸は一瞬止まった。


「……入学した日にも思ったが、どうしてそんなことを言う?」

「目の色が違う。顔の形も違う。声も違う」


 月城聡士は、入学式の日と同じ指摘をしてきた。

 微塵も揺れることのない目と、声と、態度で、わたしの目の前に示してきた。


 わたしは、緊張はしていたが、慌ててはいなかった。

 今日、白羽悠と対峙し、その後に衝撃的なことに遭ったからだろうか。少々のことでは動揺しない心地だった。少し、ため息をつきたくなるくらいか。


「そんなことを言われても……と言う他がないのだが。ただの気のせいじゃないのか」

「それなら、俺が湊とのみした話の確認をしてもいいか?」


 それが本当なら、わたしに事前に入っている話の中から答えは導き出せないだろう。

 そもそも──この、月城聡士の様子。一度目も大概だったが、自分の答えに絶対の自信を持っている。

 彼の目には、完全に別人に映っているとでも言うのだろうか。

 それくらいの態度だ。


 ……これが、夢であればいいのに。

 今日は厄日だ。

 白羽悠に呼び出され、なぜか襲われ、今度はこれだ。

 家に白羽悠からの話を相談しなければならないとか、気が重くなっていたところで、頭が追いつかない。心なしか頭が痛い。

 ふう、とため息をついてしまって、自分の心具合を知った。──ここまでだ、と思っている。


 月城聡士からの追及ははぐらかすことが出来ない。彼はもう確信を持っている。

 そう感じながらも、まだわたしは、出口のない迷路に何らかの形で一つの出口を作らなければならない。はぐらかす以外の道は、用意されていない。

 だが、どうやって。

 どれほど黙っているかなんて考えていられずに、考え込んでいたとき、だった。


「悪かった。そこまで悩ませるなら、俺から言うべきだな」

「……?」


 何を。

 改めて前方の顔を認識すると、探る色も疑いの色もない目が、わたしを捉える。


「湊の双子の姉、だろ」















 は?






「な、に……」


 思考は止まった。まともな言葉も出てこない。

 今、この男は何と言った。

 ──湊の双子の姉

 なぜ、そんな言葉が出てくる。なぜ、知っている。どんなことより先に、そう思った。


 次いで、白羽悠に言われたことが頭に過った。戸籍のことを口にした生徒会長。

 他の家は、水鳥家が隠したわたしという存在について情報を掴んでいるのか。掴むほどのことでもないというのに。

 混乱に放り込まれたわたしの前では、月城聡士が「やっぱりな」と呟いた。


「──違う」


 まずいと思って、とっさに出たのがこれでは説得力に欠けただろうか。しかし、他に言うことが思いつかなかった。


「違わないな。元々湊じゃないっていう確信はあった。じゃあ誰かって考えたときに、何らかの理由で影武者を使ってるってことだが、それにしては似すぎているというか、作りに人工的な違和感がなかった」

「────」

「そこで、湊に双子の姉がいるって聞いたことを思い出した」

「──は?」


 今度の「は?」は口に出していた。

 この男、今、何と言った。


「湊、に……?」

「そうだ。湊に」


 湊に、と言われて、自分が湊であるはずなのにそう言ってしまったと気がつく。

 はっとするが、もう遅い。

 ……と、言うか、取り繕おうとする全てが無駄。


「初めまして、湊のお姉さん。もう誤魔化さなくていいぜ、俺は最初から確信してたからな」


 月城聡士、中々の性格をしている。

 軽く笑って言われ、思わず唇の内側を噛んだ。最後の最後に、こちらからだめ押しのぼろを出した。

 これでは、認めたも同然だ。


「ああ、念のため言っておくと、別に俺はこの話で脅そうとかは考えてない。何しろ湊から聞いた話が関係しているしな」

「……その、湊に聞いたというのは、どういうことだ」


 湊の口調は崩せず、わたしはゆっくりと尋ねた。

 水鳥家のみしか知り得ないはずの、わたしという存在。彼自身が言ったように、単なる影武者ではなくピンポイントで「双子の姉」というワードを出されると、誰が想像したか。


「そのままの意味だ。以前、俺があいつと手を組む約束をしたときに、俺の秘密を一つ明かしたんだが、その流れであいつが教えてくれた」

「……手を組む?」


 唐突でありながらも、既視感を覚える言葉である。


「いずれ水鳥家を継ぐあいつと、将来的なところを考えて手を組めないか打診したら、湊が受けた」

「……それは、今の水鳥家当主には」

「話? 行ってないな」


 絶句した。

 それは、たぶん、偶然にもわたしが白羽悠から持ちかけられたのと同じ類いの話だ。

 家の行く末を決める事項で、水鳥家の当主の判断なくして決められることではない……はず。

 わたしはそう思って、今日生徒会室で白羽悠に曖昧な返事をしたのだから。


「その、手を組む約束に当たって、湊がわたしのことを話した……?」

「そうなる」


 何をしているんだ、あの弟は。

 ろくに共に過ごすことのない弟だから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、弟の考えていることが分からなかった。

 今の話が本当なら、どうして湊は月城聡士と独断で手を組むことにして、わたしのことを話したのか。

 わたしのことを話す利点などないだろうに。


「……どうして……」


 ここにはいない弟に、聞きたかった。どうして、独断と思われる判断をしたのか。どうして、わたしのことを月城聡士に話したのか。

 そして、話した事実は誰も知らなかった。だからこそ、こんな意味の分からない事態になっている。


「湊が何を考えて受けてくれたかは俺にも分からない。そのうち聞ければいいとは思っているが……で、その湊はどこにいる」


 月城聡士の顔から笑みが消え、真剣な表情になる。


「誰かと入れ替わっていることは、いい。だが、どうして入れ替わってる。湊はどうした。一ヶ月くらい前に見たときはピンピンしてた。急病か? ──それとも、何か厄介な事情があるのか」

「……厄介な事情?」

「誤解しないでもらいたい。最近水鳥家はいい話を聞かないから、それだけだ」

「……へぇ」


 いい話を聞かないの中身は、わたしは知らない。

 それに、わたしが知る限りの湊の現状は。


「……湊は」

「──様」


 湊様と言おうとしたのか、志乃様と言おうとしたのか。謙弥の制止が入った。

 謙弥は、微妙に首を振った。これ以上は、と聞こえてきそうだった。


「謙弥、分かってる」


 わたしは月城聡士をじっと見る。

 あちらが、思いもよらない情報を握っていたのに対し、わたしは彼のことを紙の上での基本的な情報以外、何も知らない。


「月城聡士、あなたはどれほど信じるに値する」


 現在の湊についての僅かな情報を話しても良い人物だと、自分で思うのか。


「水鳥湊が手を組むと決めた相手だってことくらいだ。俺は湊を信用していた。湊もお前の存在を明かすくらいだ、それくらいには信用されていたと取ってくれてもいいんじゃないか」


 わたし自身には分からない。それならば、わたしの判断基準は一つ。湊の判断だ。

 水鳥家にとって知られたくない『無能』のわたしの存在を明かし、話を信じても良いのならば、手を組むとした相手。

 湊は何らかのものを、この月城聡士に感じ、見たのだろうか。

 けれど……。


「湊の判断は信じたい。けれど、わたしが明かせることはない。ただ、ここに湊がいられない状態だということは、推測通りだ」

「病気、か?」


 首を横に振ることしかできない。あの状態は病気なのか、どうか。わたしは何も知らないに等しい。

 月城聡士は「そうか……」と、ソファーに沈み込んだ。

 考え込む様子の彼に、言う。


「出来れば、ここにいるのが湊でないことは内密にしてもらいたい」


 ばれた時点で終わった、と思っているので、あまり期待はしないし、覚悟はしている。わたしに償えるものなんてないけれど。

 しかし湊の目を信じるならば、と言ってみると、月城聡士は何度か大きく瞬いた。


「当たり前だろ。誰が言うか。ああ、俺の言ったこと信じてなかったんだな」

「……」

「今回のこれは俺が確認したかっただけだ。湊じゃないなら、湊はどうしたんだってな。それだけだ。俺は、湊が不利になることを言いふらしたりしない」


 きっぱりと言った彼は、


「俺とお前自体は会ったばっかりで無理かもしれないが、──信じろ」


 真っ直ぐな眼差しで言ったから、たじろぎそうになった。


「……そうしてくれるなら助かるから、信じたいは信じたい」

「なら信じておけよ」


 すんなりそうできるほど、あなたのことを知らない。


「じゃあ、こうしよう」


 信用しない内心が見てとれたのか、月城聡士は方針を変更してきた。


「俺と湊が手を組む約束っていうやつを、お前は水鳥家に言わないでくれると助かる」

「……どうして」

「それはもちろん、今の水鳥家当主には知られたくないからだろ」


 わたしの血筋上の父親にして、水鳥家のトップ。

 その人のことも、わたしはあまり知らない。


「俺とお前が互いに他には言われたくないこと、これを互いに黙ってるって交換条件でどうだ」

「……そんなことで、いいなら」

「決まりだな」


 戸惑っている間に、交換条件は整い、わたしと彼の約束は交わされた。


「今日は悪かったな」


 かなりあっさり、月城聡士は、この場の話をさっさとまとめた。

 わたしはというと、半信半疑で、このままこの場を後にしても良いものだろうかと悶々する。


 ──こうなったのだ。信じる、しかないか。この場においての約束だけは。


「そうだ。名前は?」

「え?」


 部屋を去り際、そんなことを聞かれた。

 名前?


「お前の名前だ。湊じゃないだろ」


 湊の身代わりとなっており、湊自身でないわたしには本来の名前があるはず。

 その名前を、聞いてきた。

 わたしはぱちぱちと瞬いてから、ゆっくりと笑ってみせた。湊の笑顔で。


「ここにいるわたしは『水鳥湊』。それ以外の名前、名乗ることの出来る名前は、今はない」


 この学園にいる限り、水鳥志乃はどこにもいない。

 いるのは、水鳥湊のみ。







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