身代わりの入寮
まだ十五年しか経っていない人生だけれど、途中までは、普通にある自由も与えられずに生活していた。
全ては双子だから。双子の「無能」な方であったから。
生まれたときには両親に見捨てられ、彼らは名前さえつけてくれなかったという。
名前をつけてくれたのは叔父だ。
別に不幸なんて思ってはいない。
他と比べると不自由な身の上ではあっただろうけど、今があるのだから、幸せだ。
しかし、その昔随分遅れてわたしがもらった名前も、今は禁じられている。
元々呼ぶ人は限られていたとはいえ、こうして大手を振って外に出ることになったときに、まさか自分のものではない名前を語ることになるとは思わなかった。
それどころか、性別を偽り、別人として過ごさなくてはならないとは。
──本名、
「
「うん」
今の名前は水鳥湊。わたしはこれから、双子の弟の代わりに、彼として学園に通うことになる。
空は春の色をしていた。夏の真っ青な空より、柔らかな色合いだ。
桜が満開で、立派な門を彩る花びらが一枚落ちる。
車から降り、門をくぐると、一つの建物が前方にある。高く、大きな建物、完全にマンションに見えるこれが、この学園の寮であるらしい。
弟の従者、
入り口は学生証も兼ねたカードで開き、中にはホテルのエントランスのような空間が広がり、受付もある。
わたしと謙弥と同じく、制服には見えない服装の男子が受付で何やら手続きを行っている。おそらく、新入生だろう。
「湊様、こちらです」
「……」
「湊様」
はっとした。
慣れない名前は、今はわたしの名前だ。いけないと思って、すぐに謙弥の方を見る。
「ごめん」
「謝らないでください」
こう言われることが示すのは、湊がそう謝るような面を見せていなかったということだ。そう教育されていた。
謙弥は何事もなかったように、「こちらです」と前方を示した。エレベーターがある。
「あそこで手続きか何か、しなくてもいいの……か?」
「はい。全て事前に終えてあります。手間を取らせるわけにはいきません」
「あぁ、そう……」
細かなところまで、「わざわざしなくても良いこと」は済まされているらしい。
促されるままエレベーターに乗り、上へ向かう。上へ、上へ──部屋は最上階だという。
すぐに最上階につき、エレベーターを降りると、一つのドアの前に止まる。
ここが「水鳥湊」の部屋か。
「謙弥は隣?」
「もちろんです。あなたの従者ですから」
あと、今回はお目付け役だ。報告係でもある。
ここもカードで開けられるようになっているため、促されるまま、カードを通す。
「部屋の準備は整っているはずです」
謙弥が開けたドアの向こうに、入る。
家具、服などすべての荷物は運び込まれ、設置や整理も済んでいる。
完成された部屋が、わたしを出迎える。
「すごい」
のんきに、他人事のように感嘆の声を上げた。
部屋の広さはかなりある。ドアがあることから、他にも部屋がいくつかあるようだ。
入浴も個人の部屋で済ませられるようになっているようだから、部屋の一つは浴室だろう。
最初にまず入る部屋は、ソファとテーブルが設置され、寛ぐ居間のような空間となっていた。
確かに、不自由のない広さがあるとは聞いていたが……。この一室で全て完結させられそうな広さがあるから、そうすればいいと思う。
おそらく、下の階からはここまでではないだろう。
寝室も別か、と歩いていくと、姿見の前を通った。短くした黒い髪と紺碧色の目をした姿が、見返してくる。
一瞬、驚いて、すぐにそうだ自分だと髪に指を通す。随分洗いやすくなった髪は、まだ慣れない。
しかし髪型を揃え、服装を男物に変えるだけで、これだけ似るものなのだ。やはり双子ということなのだろう。
立ち止まり、ぐるりと部屋の中を見渡す。
見事な、完璧な部屋。
家具から何まで全て、家が選んだもので構成されている。
その中でも考慮された好みは、本来の湊に合わせたものだ。
ここは「水鳥湊」の部屋であり、「水鳥湊」としてわたしが過ごしていかなければならない学園生活の拠点である。
「とりあえずは平穏に、平和に」
目立たないことは残念ながらないだろうが、目的は偽物だとばれないことだ。
それがつまり、平穏となる。
水鳥湊が入学せず、長く休むという、隙がないように。
彼が帰ってくるまで、穴を埋める。
窓は大きく、カーテンを避ければ、外がよく見えた。
「これも『最上位貴族特権』の一つ、か」
最上階からの景色に、わたしはカーテンを引き直した。
──さあ、身代わり生活を始めようか
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。