第27話 午前零時二分

灯夜とうやのおかげで、何とかなったみたいね」

「本当に大した奴だよ、あいつは」


 ガラスの散乱する庭園から龍脈りゅうみゃくの方角を見つめ、楽人がくと舞花まいかは安堵の表情を浮かべていた。


「楽人もお疲れさま。柄にも無く戦闘なんてしちゃって」

「いつも灯夜に任せてばかりじゃ悪いからな」


 楽人はかっこよく拳銃を回してみせようとするが手元が狂って失敗。拳銃は床へと落下してしまった。あまりのダサさに舞花は無言で冷やかな視線を送る。


「それにしても、レイスのメンバーを倒すなんて凄いわ。少し見直しちゃった」

「いいねいいね、もっと褒めて!」

「調子に乗らないの」

「あだっ!」


 舞花の平手打ちが後頭部に直撃し、楽人は前のめりによろける。

 庭園の入り口の方では、先程まで楽人と戦闘していたレイスのメンバーが、警備部の黒服達に連行されているところだった。

 バニシアが超高度魔術を放った直後の戦闘で、楽人の放った銃弾は見事に相手に命中。一撃で意識を奪い取り無傷での勝利となった。

 楽人の拳銃に込められていた銃弾は、灯夜の十八番であるスタンガンを参考に作られたものだ。着弾の瞬間に電撃魔術が発動し、相手の意識を奪う仕組となっている。弾そのものに魔術が込められているため、魔術師ではない楽人でも使用可能のとっておきだ。


「最悪の事態は回避出来たとはいえ庭園はこの有様。空中ではド派手な爆発の発生。事後処理も大変そうだ」

「それこそ私達の得意分野よ。早速明日から、被害箇所の修繕と市民への対応に取り掛からないと」

「たくましいな、本当に」


 舞花の芯の強さに楽人は舌を巻く。これだけの騒動の後だ、心労もあるだろうに、すでに市民のために行動することを考えている。自分と同い年の少女のそんな振る舞いに、楽人は素直に感心していた。


「舞花様! レイスのリーダーが」


 動揺した様子の側近の報告に、舞花と楽人は同時に振り返る。

 視線の先にはボロボロの赤いローブを纏い、おぼつかない足取りで歩くバニシアの姿があった。意識を取り戻し、ガラスの天井から降りてきたのだろう。


「動くな!」


 警備部の黒服達がいっせいにバニシアへ銃を向ける。相手は今回の事件の首謀者だ。警戒するのも無理はない。


「……銃を下ろしても大丈夫ですよ。あれだけの魔術を放った直後じゃ魔術は当分使えないし、反動で体だってボロボロのはずだ。抵抗する力なんてそいつには微塵も残って無い」


 一歩前へと出て、楽人が周りを制した。バニシアの戦闘能力は一般の成人男性にも劣るまでに弱体化している。反撃も逃走も、今のバニシアには不可能だ。


「誰か、手錠を貸してもらえる?」

「は、はい。私のでよろしければ」


 舞花の要求に従い、警備部の黒服の一人が舞花へ手錠を渡した。

 そのまま舞花は手錠を引っ提げてバニシアへと近づいて行く。その様子を、舞花の側近や警備部の黒服達は固唾を飲んで見守っている。いくら抵抗する力が残されていないとはいえ、マナの暴走を企てた凶悪な犯罪者に市長の娘が近づいていくのだ。周りからしたら冷や汗ものだろう。


「バニシア・シュトロメンス。あなたの身柄を拘束します」

「……」


 凛とした表情でバニシアの手を取り、舞花は手錠をかけていく。バニシアは抵抗するでも、悪態をつくでもなく、成されるがままにその戒めを受け入れている。

 バニシアの瞳には生気を感じられず、その身に魂が宿っているのかも疑わしい。


「連行してください」


 舞花の指示で四名の黒服がしっかりとバニシアの周辺を固めた。力無く立ち尽くしていたバニシアだったが、黒服達に無理やり歩かされると、次第に自らの足で歩み始めた。


「……彼は、何者なんだい?」


 エレベーターへ乗り込む直前、バニシアが初めて口を開いた。その言葉が灯夜を指しているのだと、舞花と楽人はすぐに理解した。


「あいつはマイペースで授業中は寝てばかり。人の名前を覚えるのも苦手な、どこにでもいる高校生だよ」

「そうね。そして私達の大切な友達」

「……下らない。貴様らのような低俗な者達に、僕の崇高なる計画が阻止されるなどあってはならない!」


 ここにきてバニシアは、感情を抑えきれずに語気を強める。屈強な黒服達に囲まれている状況では細やかな抵抗にしか過ぎず、その姿はあまりに見苦しい。


「あんたの敗因はこの街を狙ったことだ。灯夜だけじゃない、この街に住むたくさんの人の頑張りが、あんたの計画を崩壊させたんだよ」

真名仮まなかり市と、そこに住む人々を侮ったあなたの負けよ。自らのおごりを呪いなさい、バニシア・シュトロメンス!」

「……くっ!」


 舞花の一喝を受けバニシアは顔を歪めたが、結局は何も言い返さずに俯いてしまった。


「……早く僕を連れていけ」


 そう言ってバニシアは自ら歩みを進め、エレベーターへと乗り込んだ。

 マナの暴走という凶悪犯罪を画策した男が、少女の一喝如きで改心するはずもないが、計画が失敗に終わったことが事実な以上、何か思うところはあったのだろう。


「主犯も確保。これで一応は解決だな」


 バニシアが黒服達に連行されていくのを見届けると、楽人はその場で芝生へと腰を下ろした。

 舞花もそれに続き、楽人の隣に腰を下ろそうとするが、芝生を見て一瞬戸惑いを見せた。


「これに座れよ」


 スカート姿で足を出している舞花では芝生の上には座りにくいだろうと察し、楽人は自分の制服のブレザーを芝生に敷き、その上に座るように勧めた。


「……ありがとう」


 少し恥ずかしそうに礼を言うと、舞花は楽人の敷いたブレザーの上へ腰を落とした。


「無事に次の日を迎えられたようだ」

「本当ね」


 庭園内に設置されている柱時計は、午前零時二分を示していた。



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