第25話 託された思い
「ようやく会えたな。レイスのリーダー」
点検用の足場の上に佇む、赤いローブに身を包んだバニシア・シュトロメンスの姿を、灯夜はしっかりとその
まるで灯夜の意志に呼応したかのようなタイミングで強風が吹き、バニシアが目深に被っていたフードを捲り上げた。
「……想像していた顔と、随分と違うものだな」
抱いていたイメージとのギャップに灯夜は無感情に呟く。フードから現れた顔は、二十代前半くらいと思われる
元『
「ここまで辿り着くなんて。計画の最大の障害は、どうやら君だったようだね」
バニシアが静かに口を開く。笑顔こそ浮かべているが、脂汗や荒い呼吸など、明らかな疲労の色が見え隠れしている。
「超高度魔術を使うことは大きな賭けだった。私の演算が終了するのが先か、君達が私の元へ辿り着くのが先か。そんなシンプルな賭け」
「だとしたら、その賭けに勝ったのは俺達だ」
灯夜は勢いよく駆け出しバニシアに迫ったが、高層階特有の強風が正面から吹き付け勢いを削ぐ。
「いや、私の勝ちだよ」
「何だと?」
灯夜の左腕が眼前まで迫った瞬間、バニシアはこれまでとは異なる殺意を
「ヤセズ・ナパセ!」
超高度魔術のトリガーを唱えた瞬間、バニシアの周囲を高濃度のエネルギーが包み込み、衝撃で辺りのガラスが吹き飛んだ。
「嘘だろ!」
凄まじい衝撃に灯夜の体も勢いよく吹き飛ばされる。怪力を誇る銀狼の右腕をスパイク代わりにして空中に放り出されるのことだけは回避したが、一緒に吹き飛んできたガラス片により、体には多数の裂傷が生じた。
「終わりだ!」
バニシアが吠えると、彼の周囲を覆っていた高濃度のエネルギーが直径4メートル程の球体状へと収束され上昇。そのまま
その差は紙一重だった。灯夜がバニシアへと向かって行った時、バニシアはまだ脳内で超高度魔術の演算中だったのだが、灯夜に対して吹いた向かい風によって生じたタイムラグの分で、バニシアの演算の方が先に終了したのだ。
あの風が無ければ、バニシアは灯夜の一撃に沈んでいたことだろう。
「ひゃはははははははははははははははははは!」
勝利を確信したバニシアは、狂気と歓喜の混在した高笑いを上げた。その顔に、初めて素顔を露わにした際の好青年染みた印象は微塵も無い。醜悪なその表情は、「近代文明を破壊した上での魔術による
「……僕の……ひがん……が、叶う……」
高笑いを終えると同時にバニシアは力なくその場に倒れ込んだ。超高度魔術の演算による疲労と、発動の瞬間にかかる後負荷で体力が限界を迎え、意識を失ったためだ。
「まだだ!」
灯夜の瞳に諦めの色は浮かんでいない。魔術紋によって移動魔術を発動させ猛スピードで駈け出すと、エネルギー球体を追いかけて、勢いよくセントラルビルの屋上から飛び出した。
「バニシア様が魔術を発動された。我々の勝利だ!」
ガラス屋根の上から発せられた凄まじい波動と降り注ぐガラス片を目にし、レイスのメンバーの男は感嘆の声を上げた。
「勝負は最後まで分からないものだぜ。少なくともあいつは、まだ諦めて無い」
超高度魔術が放たれた直後、それを追って灯夜が猛烈な勢いで飛び出していくのを
「……希望など無いというのに、まだそんな世迷言をほざくか? ならば、貴様から一足先に地獄へ送ってやろう」
楽人の言葉が
「リナズ!」
男がトリガーを唱えた瞬間、レイピアの先端に針状のエネルギーが収束し、楽人の眉間目掛けて矢のように発射された。
「俺も負けてられないな」
即座に拳銃を抜き、引き金を引く。
放たれた銃弾は真正面から針状のエネルギーを打ち抜き破壊。そのまま男の右頬をかすめた。あまりの早業に男は放心する。血が頬を伝い、地面へ垂れたことにも気が付いていない様子だ。
「頑張れよ、灯夜」
すでに姿も見えなくなった親友を激励すると、楽人は再び引き金を引き、男に向けて第二射を放った。
「お嬢様、あれは……」
「……相手の方が一枚上手だったようね」
セントラルビルの周辺で待機していた舞花と付き人、警備部の黒服達はビルの屋上から放たれた超高度魔術の攻撃を視認。周囲に緊張が走っていた。
「……私達も出来る限りのことをしないと。龍脈の方は
舞花の付き人や警備部の黒服達は頷いた。この中に、我先にと逃げ出そうする者は誰一人いない。全員が命を懸けて、住民の避難誘導に努める覚悟を決めていた。
「あれは、灯夜?」
指示を出した直後。再びビルの屋上を見上げた舞花は、エネルギーの球体を追いかけてビルから飛び出していった灯夜の姿を目にした。
「……あなたは、諦めの悪い人だったわね」
最悪の状況を想像していた舞花に、微かに笑顔が灯る。もちろん最悪の場合に備えて出来る限りの手を打つつもりではあるが、勇ましき灯夜の姿を見て、まだ希望が潰えたわけではないのだと再確認した。
「頼んだわよ、灯夜」
友人として、市長の娘として、一人の真名仮市民として、舞花は灯夜に希望を託した。
「超高度魔術の発動を確認しました!」
《NEXT》の敷地内に設置された臨時の対策本部。セントラルビルの監視を行っていた警備部のメンバーが、その場にいる全員に慌ただしく告げた。最悪の事態の発生に、対策本部内には一気に動揺が広がり、中には絶望に表情を曇らせている者もいる。
「灰塚さん。ここからは私達の仕事ですね」
「そのようだね」
混乱の中にあっても
すでに二人とも覚悟を決めている。
「あなた達も避難しなさい! 後は私と灰塚さんに任せて」
瑠璃子は、これまで共に行動してくれた警備部のメンバーたちにそう告げた。普段なら口にしない強い命令口調だったが、その表情は慈愛に溢れていた。どのみちこの状況に対処出来るような魔術師は瑠璃子と灰塚だけなので、他の者達がここに残る理由は無い。彼らにも助かってほしいというのが瑠璃子の願いだった。
「瑠璃子先生……」
「
諭すような優しい口調で瑠璃子は沙羅を抱きしめた。せっかく打ち解け合ってきたばかりだというのに、これが
超高度魔術を迎え撃ち、瑠璃子と灰塚が生還する確率は限りなくゼロに近いのだから。
「……さてと。そろそろ魔術発動の準備をしないとね」
そう言って、瑠璃子は沙羅を抱きしめていた腕を静かに離した。
「……でも、こんなのって」
沙羅は悲痛な面持ちで俯く。せっかく出会えた人達と、こんな形で別れが訪れるだなんて。
「――待ってください。超高度魔術によって放たれた球体を、猛烈な勢いで追跡している人影があります!」
先程、超高度魔術の発動を知らせたとの同じ男性が、興奮気味にそう告げた。
「本当に!」
瑠璃子がその報告に飛びつき、監視役へと駆け寄る。沙羅もそれに続いた。
「はい、あの人影はおそらく、
「久世くん!」
「灯夜くん!」
まだ希望が潰えていないことを確認し、沙羅と瑠璃子は咄嗟に目配せした。
諦めるのはまだ早い。
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