第24話 臨場

「もうすぐで屋上だな」


 エレベーターが32階を通過したところで、楽人がくとが少し緊張した面持ちでそう漏らす。


「そうだな」


 灯夜の返事は素っ気ない。だからといって緊張しているような様子は無く、壁にもたれ掛かって生欠伸をしていた。どっしりというよりは、のんびり構えているようだ。


「そういえば、バイクから何を持って来たんだ?」

「ああこれか? 魔術武器だよ」


 楽人は手にしていたケースを開放した。

 中身はリボルバー式の銀色の拳銃だ。他には拳銃を収納するためのホルスターや、装填用の銃弾が数発収められている。


「かっこいいな」


 月並みな感想を灯夜は述べる。今まで楽人に協力してもらうのは鑑定など戦闘以外の分野が多かったため、楽人専用の魔術武器を見るのはこれが初めてだった。


「俺は魔術師じゃないから、そこまでの威力は望めないけどな。まあ、護身用ってところだ」


 そういって楽人は雰囲気を出そうと手元で拳銃を回してみようと試みたが……なかなかうまく行かずに結局は諦めた。 

 ちなみに、楽人は魔術武器の正式な所持許可証を持っているため、所持に関して法律には触れない。


「……いつでも戦えるようにしておけよ。そろそろ到着だ」


 ベルのような音が屋上への到着を知らせ、エレベーターの扉が開いた。

 先を照らす光源は月明かりのみで、何とも言えぬ緊張感が漂っている。


「バニシアとかいうリーダーだけじゃなくて、クリーチャーでも出てきそうな雰囲気だぜ」


 エレベーターを降りるなり、辺りを包む雰囲気に楽人は苦笑いを浮かべた。普段なら活気に溢れているはずの庭園が、今では魔物の潜む樹海のように感じる。


「冗談言ってないで、さっさと行くぞ」


 当然ながらクリーチャーなどいるはずもなく、二人は静寂に包まれる庭園の中を進む。

 屋上庭園はリニューアル準備で一昨日より閉鎖中。まだ作業開始から間もないためか、内部の様子はこれまでと大差ない。

 周辺には専属の職人が手入れをしているという植物のオブジェが点在し、それを取り囲むようにして木製のベンチが多数配置されている。飲食物の持ち込みもオーケーなのでピクニック気分でこの庭園を訪れる人も多く、それが人気の秘密でもある。


「ざっと見た感じ、レイスのリーダーはいなそうだな」


 そこまで広くはない庭園にも関わらず、二人の視界にはバニシアらしき男の姿は映らない。


「……龍脈りゅうみゃくを狙うにしても、庭園内は視界を妨げるものも多いから狙撃には向かないな。このビルから狙うのなら、より高いところってことになるんじゃないか?」


 顎に手を当てて思考していた楽人が何やら閃き、天を仰いだ。

 それを追って灯夜も天を見上げる。


「ガラスの天井か」


 屋上の庭園は、雨の日でも観賞が出来るように全面ガラス張りになっている。メンテナンス用の天窓からならガラスの天井の上へと上がることも可能だ。そこならば文字通りこの建物の中で一番高い場所となる。


「……いやがったな」


 灯夜が顔を上げた瞬間、不敵な笑みを浮かべるバニシアと一瞬目が合った。幸いなことにまだ超高度魔術は撃たれていないようだが、あの笑みを見る限り時間はあまり残されていなそうだ。


「登れる場所を探している余裕は無い。俺が魔術で跳んでガラスを突き破る」


 灯夜はトレードマークでもあるスタジャンを近くのベンチに放り投げ、準備運動として軽い屈伸を始めた。


「……傷は大丈夫なのか?」


 スタジャンを脱いだことで先の戦いで負った腕や脇腹の傷が露わになり、楽人は苦々しい表情でその傷を見つめる。治癒魔術を使っているので出血は治まり、腫れも幾分かは引いてきていたが、これらはあくまでも応急処置に過ぎない。更なる戦いで傷が開き、状態が悪化する恐れもある。


「これぐらいは大丈夫だ……それよりも、ガラスを割ったらその請求が俺に来たりしないだろうな?」


 思わぬ灯夜の発言に楽人は吹き出してしまった。


「それぐらい舞花まいかが何とでもしてくれるさ。それが駄目そうなら、あのバニシアとかいう奴に請求してやれ!」


 激励の意味も込めて楽人が灯夜の背中を叩き、灯夜は少しよろける。


「……厄介なお客様みたいだぜ」


 よろけた姿勢を正した瞬間、灯夜の視界に先程までは存在していなかったはずの、一人の黒いローブの男の姿が映り込んだ。超高度魔術の発動準備中はバニシアは無防備だ。守り手を配置しておくのは当然のことだ。


「時間が無いってのに」


 灯夜はすぐさま魔術紋まじゅつもんを発動させて戦闘態勢を取った。速攻で片を付けなくてはならない。


「待て、俺やる」


 楽人が拳銃片手に灯夜を制し、一歩前へと踏み出す。銃弾も装填したらしく、六連装のリボルバーが月明かりを反射する。


「大丈夫なのか?」

「俺の心配はいいからお前はバニシアを止めろ。それに一度やってみたかったんだよ。『ここは俺に任せて先に行け』ってやつ」

「それ、場合によっては死亡フラグだぞ」

「……やべっ、俺、死ぬのかな」

「うん、自分で言ってるうちは大丈夫だな」

「当たり前だ。ここで死ねるかよ。これが終わったら、一緒に飯でも行こうぜ」

「だからそれもフラグだって」


 呆れ顔で言いつつ灯夜は楽人に背を向け、バニシアの待つガラス天井を見上げる。

 戦いを前に緊張感の無いやり取りではあったが、互いを信頼しているからこそ、それぐらいでちょうどよかった。


「任せたぜ」


 親友にそう言い残し、灯夜は魔術紋を発動。常人の数倍の跳躍力を発揮し、ガラスの天井目指して勢いよく跳んだ。


「エズ・ハラ!」


 灯夜を行かせまいとレイスのメンバーが灯夜目掛けて火球を放った。その狙いは正確で、ガラス天井へと到着する寸前で灯夜に直撃する軌道だ。


 だが、火球は灯夜へは届かなかった。一発の銃声と共に火球は四散し消滅した。

 火球が消滅したことで灯夜は危なげなくガラス天井へと近づき、銀狼ぎんろうの右腕を発動。そのまま右腕でガラスを突き破り、ガラス天井の上へと着地した。


「……貴様!」


 攻撃を妨害されたレイスメンバーの男は、銃声の発生源である楽人を睨み付けた。


「さてと、柄にもなく頑張ってみるか」


 灯夜が無事にガラス天井の上へ着地したのを見届けると、楽人はローブの男に銃口を向けた。


 


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