第23話 魔王城

「着いたぜ、魔王城に」


 セントラルビルの正面にバイクを留めると、楽人がくとは上方を見上げてそんなジョークを飛ばした。

 40階建てのビルはエントランスを除く全ての明かりが消されている。中にいた人達の避難も完了したため人気もほとんど無い。月がビルの真上に見えるロケーションも相まって、纏う雰囲気はさながら魔王城だ。


「そんなこと言ったら舞花まいかにどやされるぜ。ここは真名仮まなかり市を代表する建物なんだから」


 ヘルメットを外しながら、灯夜とうやが冷ややかに指摘する。奇しくも超高度魔術ちょうこうどまじゅつの使用に最適な場所だったために物騒な状況となってしまったが、本来セントラビルは様々な商業施設や娯楽施設、レストラン街やイベントステージなどを有する真名仮市を代表するスポットだ。中でも屋上庭園は特に人気で、週末ともなると多くの家族連れやカップルで賑わっている。

 そんな平和な日常の象徴ともいえる庭園に、テロリストのリーダーであるバニシアが潜伏している。何とも皮肉な状況だ。


「それもそうか。……おっと、噂をすれば舞花の登場だ」


 灯夜と楽人の到着を受け、セントラルビルの正面入り口から舞花が姿を現す。その両脇には、彼女の側近であるスーツ姿の男女も控えていた。二人は舞花の補佐役兼護衛役だ。


「ビル内や周辺にいた人達の避難は完了したわ。今この場に残っているのは私とあなた達、私の護衛と警備部の人間が数名だけ。バニシアと思われる男が庭園内に潜伏しているのも確認済みよ」

「流石だな。これだけ早く状況を整えるなんて」


 予想以上の手際の良さに灯夜は舌を巻く。一般人の避難が完了していない混乱状態での戦闘も覚悟していたのだが、舞花のおかげでその心配は無くなった。


「これくらいは当然よ。私には権力を行使することくらいしか出来ないけど、この真名仮市を守りたい気持ちは誰よりも強いつもりだから」


 無力感を感じながらも、舞花の瞳には強い意志が現れていた。本人の言うように舞花が真名仮市を思う気持ちは強い。もしも戦える力を持っているのなら、自らが最前線に赴きたい心境だろう。


「お前はよくやってくれてる。ここから先は分野が違うだけだよ。それを引き受けるのが俺の役目だ」


 灯夜は自分なりの言葉で舞花を労う。舞花がこうして舞台を整えてくれたことで、レイスのリーダーであるバニシアとより戦いやすくなったのだ。その分、勝率も上がったといえる。


「あ、ありがとう」


 舞花は少し照れくさそうに視線を逸らした。普段が割と大人っぽい雰囲気のため、その仕草はとても可愛らしく見える。


「……けっこう可愛いとこもあるじゃん」


 普段は見れない舞花の仕草を見て、楽人は思わずそんな感想を口に出していた。


「何か言ったかしら? 楽人」

「いや~何も」


 慌てて目線を逸らすと、楽人はわざとらしく口笛を吹いた。面と向かって舞花に可愛いなどと言った日には、いったいどんな辛辣な言葉で反撃されるか分かったものじゃない。


「それよりも、そろそろ行くんだろ」


 真剣な顔つきに代わり、楽人は灯夜へ促した。最悪の場合、自分達に明日はやってこないかもしれないのだ。あまりぐずぐずもしていられない。


「そうだな。いつレイスのリーダーがぶっ放すか分からない」

「そのことなんだけど、一般の人を避難させる際に少なからず騒ぎになったわ。相手は私達の存在にとっくに気が付いているだろうし、魔術の発動を極端に早めたり、逃走を図ったりする可能性は無いの?」

「それなら大丈夫だ。超高度魔術の発動を意識的に早めることは出来ないし、一度演算を開始したらその場から動くこともままならない。体への負担も大きい大技だし、バニシアとかいう奴が本気でマナを暴走させる気なら、今日この場でしかありえないさ」


 魔術関係の知識も豊富な楽人が舞花の不安を一蹴した。今夜を逃せばバニシアにチャンスなど無い。故に今回の一撃に全てを賭けてくるだろう。


「余計な心配だったわね。ごめんなさい、話の腰を折って」

「こんな状況だ。慎重になることも大切さ」


 楽人は「気にするな」という意味を込めて舞花の肩を軽く叩いたが、「セクハラは止めなさい」と、その手を払われてしまった。


「とにかく行動あるのみだ。俺は行くぞ」


 灯夜はセントラルビルのエントランスへと堂々と入って行った。楽人の言葉を借りるなら、魔王城に踏み入った瞬間である。


「待てよ、俺も行く」


 バイクから小型のアタッシュケースのような物を取り出し、楽人は慌てて灯夜の後を追った。


「舞花はここで待ってろ。状況が落ち着いたら連絡するから、その時は警備部の人達と屋上へ来てくれ」

「……無事に戻って来るのよ。二人とも」


 二人がエレベーターへと乗り込んだのを確認すると、舞花は夜空を見上げてそう祈った。




「待たせたね、瑠璃子るりこくん」


 灰塚はいづか龍脈りゅうみゃくの真上に位置する研究機関――《NEXT》の敷地内に設営された臨時の対策本部に到着した。車から降り立ったその表情は、普段と変わらぬ穏やかなものだ。


「お待ちしていました、灰塚さん……と、詩月うたつきさん?」

「すみません! 場違いなのは重々承知ですが、居ても立っても居られらずに、館長さんに同行させていただきました」


 お叱りを受ける覚悟で、沙羅は深々と頭を下げた。


「怖くはないの?」


 瑠璃子は叱るどころか、優しい声色で問いかけてきた。


「怖くないと言えば嘘になりますが、私、確信しているんです」

「確信?」

久世くぜくんならきっとレイスの野望を止めてくれます。まだ出会って二日しか経っていませんが、不思議とそう思えるんです」

「根拠はあるの?」


 少し意地悪な聞き方になってしまったが、瑠璃子はどうしても聞かずにはいられなかった。ひょっとしたら、沙羅は自分と同じことを考えているのではないかと思ったからだ。


「女の勘です!」


 胸を張って沙羅は力強く主張した。その様子を見て瑠璃子は思わず破顔した。


「奇遇ね、私もまったく同じなの。灯夜くんはこの街をきっと守ってくれるって、そう信じている。根拠は女の勘」


 瑠璃子の言葉と笑顔を見て、沙羅もつられて笑顔を見せた。

 女の勘はよく当たる。しかも今回は二人が同じ意見なのだ。この勘は絶対に当たる。


雨音あまね先生と私って、けっこう気が合うのかもしれませんね」

「本当ね。そうだ、これからは親しみを込めて、沙羅ちゃんって呼ばせてもらってもいいかな? 私のことも瑠璃子先生でいいから」

「はい、改めてよろしくお願いしますね。瑠璃子先生」


 満面の笑みで沙羅は瑠璃子の名前を呼ぶ。完全に瑠璃ちゃん呼びが定着してしまっていた瑠璃子は、久しぶりに先生と呼ばれて密かに喜びを感じていた。


「今回の一件に片が付いたら一緒にご飯にでも行きましょう。舞花ちゃんも誘って女子会よ、女子会」

「いいですね、女子会」


 緊急事態を感じさせない和やかさで二人は打ち解け合い、そんな約束を交わした。二人は心の底から信じているのだ。今日で終わりなんかじゃない、明日も明後日もその先もずっと、この街には平和な日常がやってくるのだと。


「私も、彼女たちの勘を信じてみることにしようか」


 二人のやり取りを眺めていた灰塚は微笑みを浮かべ、自分に言い聞かせるようにそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る