第20話 その右腕は凶暴
「その右腕、特徴からして人狼のものか?」
光が止み、姿を現した
「悪いがこいつはあまり長く使いたくない。直ぐに決着を着けてやる」
かつて自分を傷つけた銀狼の右腕を、灯夜は忌々しく見つめる。過去の経験から来る嫌悪感もそうだが、何よりも銀狼の右腕の使用は生身の肉体にも大きく負担をかける。感情的にも実用的にも、気軽に使える代物ではないのだ。
「……いいだろう。互いにこれ以上の問答は不要だな」
心底嬉しそうに笑うと、リザードマンをその驚異的な身体能力で加速、灯夜目掛けて一直線に突進してきた。
対する灯夜は魔術による加速を行う素振りは見せず、銀狼の右腕を後ろに引いた状態で構え、リザードマンを待ち構えた。
「無駄だ! 魔術による加速も無しに私は捉えられん」
リザードマンは右腕を灯夜の心臓目掛けて突き立てる。まともに直撃すれば、そのまま胸を貫かれ灯夜の死が確定する。
リザードマンの爪先が灯夜の胸部まであと数センチの距離まで迫った瞬間、銀狼の右腕が動いた。
「届かない?」
一瞬の出来事に、リザードマンも状況を把握できないでいた。
今にもその胸を貫こうとしていた右腕は灯夜へは届かず、銀狼の右腕にしっかりと握り止められていた。
「動かない……だと」
瞬間的に腕の動きを止めた速さもそうだが、握力も相当なものだった。常人の数倍の筋力を誇るリザードマンの腕が、押しても引いてもビクともしない。
「この右腕は馬鹿力の上にとんでもなく速い。体一つで魔術師を殺しまくった人狼の右腕だからな、まさしく化け物さ!」
「馬鹿な!」
皮肉を込めて言い放った瞬間、灯夜はそのまま右腕の力だけで、自分の倍近い体格を持つリザードマンの巨体を軽々と持ち上げる。その怪力にリザードマンは成す術も無く、廃材の積まれた資材置き場まで投げ飛ばされてしまった。
そのままリザードマンの体は資材置き場に直撃、廃材が轟音と共に崩れ去り、衝撃で大きく粉塵が舞った。
「この程度じゃ倒れないよな?」
姿は粉塵に隠れて見えないが、この程度で倒れるほど牙人の体は脆くはないはずだ。
「無論だ!」
粉塵の中に一瞬影が見えたかと思うと、そのままリザードマンは加速。粉塵ごと風を切り、一気に灯夜の背後へと回り込んだ。
「悪いが、これ以上はくらいたくないんでね」
灯夜は左腕の魔術紋により移動魔術を発動、後頭部目掛けて繰り出されたリザードマンの鋭利な爪を回避し、そのまま高速移動を継続。廃工場地帯を駈け廻る。
攻撃を外したリザードマンもすぐに体勢を立て直し、その身体能力を最大限に発揮し灯夜の後を追う。
「もう追いついたのかよ」
廃工場地帯内のかつての従業員駐車場だった地点まで移動したところでリザードマンが追いつき、二人は並び合った状態で睨み合う。
「貴様の右腕は確かに驚異的だが、身体能力では私に分があるぞ」
リザードマンが左腕を薙ぎ灯夜の首を狙った。対する灯夜の右腕もそれに素早く反応し、手刀の形で迎え撃つ。
「くそっ、効きやがる!」
「……重い!」
互いの腕が交差した瞬間、灯夜の右腕はリザードマンの鋭利な突起と攻撃の勢いにより出血。リザードマンの左腕は灯夜の重い一撃により、骨まで響く大きな衝撃を受けた。
そのまま二人は攻撃の反動を利用して高く跳び、私道を挟んだ対岸の屋根にそれぞれ飛び乗った。
「面白い、面白いぞ!」
これまでにない高揚感を感じ、リザードマンは歓喜の声を上げる。今まで彼が戦ってきた相手はあまりにも脆過ぎたのだ。自分にダメージを与えることが出来る強敵との出会いを、リザードマンは心の底から喜んでいた。
「……楽しそうで良かったな」
灯夜の態度は連れない。武の探求者でも無ければ戦闘狂でもないので、あまり戦いを楽しいと思ったことは無い。
「行くぞ、小僧!」
人間性と獣の本能が混ざり合ったかのような叫びをあげると、リザードマンは一瞬で灯夜のいる屋根へと飛び乗り、これまでの攻撃を遥かに凌ぐ速度で、両手の鋭い爪による刺突を連続で何発も繰り出した。
灯夜は移動魔術と右腕を駆使してその攻撃に対処するが、その全てを回避することは出来ず、頬や腕を切っ先がかすめ、出血を伴う傷が確実に増えていく。
「魔術でも対応しきれないスピードかよ!」
灯夜は思わず歯を食いしばる。相手の攻撃速度に自分の回避速度が追いついていない。出血は確実に増え続けるし、ベースが生身の人間な分、体力的にも灯夜に分が悪い。
「遅い!」
一瞬の思考が灯夜の回避を鈍らせ、リザードマンの突きが灯夜の左脇腹を抉った。幸い傷は内蔵や太い血管には届いていない。
一撃を受けたにも関わらず灯夜は不敵な笑みを浮かべている。灯夜はこの時、一つの勝機を見出していた。
ピンチこそが最大のチャンスだ。
「その命、貰った!」
今こそが勝機だと悟ったのだろう。リザードマンは距離を取るようなことはせず、ゼロ距離で灯夜の眉間目掛けて右手を突き出した。
「勝負ってのは、一瞬で決まるもんだ」
灯夜は最大速度の移動魔術を発動させ、体に衝撃が走る程の高速で姿勢を落としてその一撃を回避。勢いそのままに魔術紋を発動させ、リザードマンの右足へと左手を重ねた。
「あんたはもう動けない」
灯夜はリザードマンを見上げてそう告げる。
「貴様、氷結魔術を!」
リザードマンが事態を認識した瞬間にはもう勝負はついていた。灯夜の触れた部分が足場の屋根ごと凍り付き、リザードマンの自由を奪っていた。
「これで終わりだ」
灯夜はバックステップで距離を取ると魔術紋を発動、移動魔術を両足に集中させ、リザードマン目掛けて勢いよく跳躍した。
灯夜は空中で右腕に力を込め、跳躍の勢いを乗せた銀狼の右腕を、リザードマン目掛けて振り下ろす。
「強者は、貴様の方だったか――」
銀狼の爪による一撃が直撃する寸前、リザードマンは微かな笑みを零した。その言葉と表情は、自分を今まさに打ち倒さんとする強者――灯夜に対する細やかな称賛だった。
「うおおおおおお!」
灯夜の咆哮と共に、銀狼の爪がリザードマンの右肩から袈裟斬りした。まるで五本の刀で同時に斬りつけられたかのような傷が、リザードマンの体に刻まれる。
「がああああぁぁぁ!」
灯夜の攻撃による衝撃は凄まじく、斬りつけられたリザードマンの巨体はそのまま屋根を突き破り廃工場内に落下。リザードマンの体が叩き付けられた瞬間、まるでクレーターのように床が大きく
「……これで終わっててくれよ」
辛そうに右腕を抑えつつ、灯夜はリザードマンの突き破った屋根の穴から廃工場内を見下ろす。放った一撃の衝撃と加速は灯夜自身にもかなりのダメージを与えており、これ以上の戦闘は望ましくなかった。
軽やかに廃工場内へ降り立つと、灯夜は倒れるリザードマンの元へと近づいた。反撃された場合に備えて、両腕はまだ発動したままにしてある。
「……見事だった」
「あんたもタフだな」
倒れたままの体勢でリザードマンが口を開いた。体を動かす余力は残っていないようで、灯夜もとりあえずは警戒を解く。
「……体がまるで動かん。私の完全なる敗北だ」
「あの一撃を受けてまだ意識があるなんて。あんた、やっぱり強いよ」
「……せめてもの悪あがきだ。最早……意識を保っているのも……危うい」
リザードマンが徐々に意識を失いかけてきた。牙人特有の肉体の強靭さと回復力があるため死にはしないだろうが、重症であることに変わりはない。
「……私を倒した褒美だ……一つ、良い事を……教えて……やる」
「良い事?」
微笑を浮かべるリザードマンの言葉に、灯夜は耳を傾ける。
「……我らのリーダー……バニシアが今夜……最終攻勢に……打って出る……お前たちに残された時間は……少な……」
そう言い残し、リザードマンは完全に意識を失った。
「おい、最終攻勢って何のことだよ!」
灯夜の問いかけが静寂に包まれた廃工場地帯に響き渡るが、それに対する答えは返ってこない。
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