第21話 危機迫る

「着信?」


 初期設定のままの面白味の無い着信音を聞き取り、灯夜とうやはズボンのポケットから携帯端末を取り出した。あれだけ激しい戦闘の後だというのに端末は無傷だ。これまでに何度も戦闘中に端末を駄目にしてしまった経験があるので、最近は瑠璃子るりこから支給された衝撃や水にも強い特別製を使っている。


「もしもし、瑠璃ちゃん」

『よかった灯夜くん。ずっとかけてたんだけど、繋がらなくて』


 戦闘に集中していたため灯夜はまったく気づいていなかったが、これまでに三回着信があったようだ。


灰塚はいづかさんから聞いたわ。灯夜くんがレイスのメンバーと戦闘になるかもしれないって』

「今し方、全員倒したよ」


 電話口に、瑠璃子がほっと溜息をつくような息遣いが聞こえた。


『灰塚さんからレイスに関する情報の提供を受けたわ。それを使って、昨日捕まえた男達に少しかまをかけてみたの』

「ああ、真名仮まなかり市のマナを暴走させるとかいうやつね」

『ビンゴだったわ。それを聞いた瞬間に男の一人が、「何故我々の計画を知っている?」って口を滑らせた。どうやら間違いないようね』

「……ちっ、本気かよ」


 灯夜は思わず舌打ちした。灰塚の仮説が証明されたのは大きな収穫だが、それは同時に、真名仮市及び周辺地域に大きな危機が迫っていることを意味している。


『計画が露呈したことで心が折れたんでしょうね。その後少しきつめに尋問したら、色々と話してくれたわ』

「というと?」

『昨晩、レイスのメンバーは詩月さんを誘拐しようとした。どうやら彼女を人質にお母様を脅迫して龍脈りゅうみゃくへと潜入。直接魔術を打ち込んで、マナを暴走させる計画だったみたい』

「灰塚さんの推理通りだな。名探偵だ」

『……重要なのはここからよ。その計画はあくまでもレイスにとってはプランの一つでしかない。失敗した場合に備えた最終手段を用意しているようなの』

「最終手段?」

『どうやらリーダーのバニシアは、超高度ちょうこうど魔術まじゅつの術式を用意してるみたい。もしもその攻撃が龍脈に届けば、完全にアウトね』

「何だって!」


 超高度魔術とはその名の通り、より複雑な魔術式を用いた高位魔術だ。発動のための魔術式の演算に、中には数日かかるものもあり、かなりの技量と集中力が要求される。発動までに膨大な時間を有する性質上、戦闘には向かないが、今回のような破壊工作には打ってつけである。


「瑠璃ちゃん、悪い知らせだ。さっき倒した奴が言っていたんだが、レイスのリーダー、今夜中にそれをぶっ放すつもりらしいぜ」

『嘘、今夜中に! だとしたらもうそんなに時間は」

「リーダーの居場所とかは分からないのかい?」

『流石にそこまでは口を割らなかった。けど、これまでに得た情報からある程度の予測は出来ている』

「やっぱり瑠璃ちゃんは頼りになるな」


 灯夜の言葉に活気が戻る。これで少しは希望が見えてきた。


『灯夜くんも知ってると思うけど、龍脈は地下にあり警備も厳重よ。地上からは破壊出来ないように、何重もの障壁で覆われているわ』


 高濃度マナ発生地域で生まれたマナのほとんどは、地下空間に滞留している。呼び方は国によって様々だが、日本では『龍脈りゅうみゃく』という名称が一般的だ。

 龍脈へは、一部の研究機関や行政機関から伸びる地下通路を使ってのみ移動可能で、ごく限られた人物だけが立ち入りを許されている。その性質上、そうやすやすと部外者が侵入することは出来ない。


「だからこそレイスは、詩月を利用して侵入ルートを確保しようとしたんだよな。だけど、それに失敗した」

『そう、だから計画が変更となったのは昨晩ということになる。今夜中に計画を実行しようとするのなら、超高度魔術の発動準備に使えた時間は一日だけだったはずよ』

「成程、威力と時間からの逆算か」


 瑠璃子は龍脈周辺の防御障壁の硬度とそれを破るのに必要な破壊力、発動までの所要時間などを計算し、相手がどこから超高度魔術を放つつもりなのかを導き出そうとしていた。上級魔術師である瑠璃子だからこその芸当だ。


『超高度魔術の発動準備を始めたら身動きがとれなくなるわ。昨晩の一件を受け、念のため龍脈周辺の警備は厚くしておいたからその近くにはいないはず。狙うなら遠距離。だけど、追尾の式を組み込むと威力が弱まって障壁を破るには不十分。龍脈には届かなくなるから、障害物の無い直線上から狙ってくる可能性が高い』

「さしずめ、超高度魔術による狙撃ってとこか」

『そうなるわね。バニシアがいるとすれば、龍脈への直線上かつ間に障害物の無い場所。水平方向に障害物が無いことはまずあり得ないから、かなり高い場所からの攻撃になるはずよ。それらの条件を満たしそうな場所は一つだけ』

「真名仮セントラルビル」


 この真名仮市でそれだけ背丈を持っている建造物はそれぐらいしかない。おまけにセントラルビルの屋上の庭園はリニューアルを控えて現在は立ち入り禁止となっている。集中して超高度魔術の発動準備を行うのに、これほど適した場所は存在しないだろう。


『事は一刻を争う。私は早速、関係各所に連絡を行うわ』


 そう言うと瑠璃子は各所への連絡作業のために、一度電話口から離れた。


「厄介なことになったな」


 どうやら今夜もゆっくり眠ることは出来なそうなだと思い、灯夜は大きな溜息を漏らした。

 


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