第16話 魔術戦

「ビダグ!」


 槍の男がトリガーを唱え、その姿が灯夜とうやの視界から消える。

 次の瞬間男は灯夜の背後に現れ、頭部目掛けて槍による強烈な刺突を繰り出した。


「危なっ!」


 瞬間的に屈むことで灯夜はその一撃を回避した。槍の穂先が少し髪をかすめたらしく、数本の髪が宙を舞う。

 灯夜はすぐさま姿勢を立て直し、バックステップで距離を取る。しかし、相手が移動魔術を使ってくる以上、距離を取ることにあまり意味はない。相手の得物えものがリーチに優れる槍なら尚更だ。


「油断するなよ」


 声の主である長剣の男は剣を薙ぎ、灯夜の背中を狙った。


「くそっ!」


 気配を感じた瞬間、前方に倒れ込むようにして回避行動を取った灯夜だったが、剣先が微かに背中を捉え、浅く数センチの傷が走る。


「やはり我らの敵ではないな」

「どこから切り刻まれたい?」

「……あんたらの速さはだいたい分かった」


 圧倒的不利に見える状況ながらも、灯夜は笑みを浮かべて立ち上がった。


「強がるなよ?」


 槍の男は穂先を灯夜の眉間へと向けた。男の匙加減一つで、灯夜の頭には血の華が咲く。


「もう殺すのか?」


 長剣の男が不満を口にする。相手をいたぶって殺すことに快感を覚える男にとっては、あまり面白みの無い状況だった。


「そう簡単に俺を殺せるかな?」


 槍の男の目を真っ直ぐ見つめ、灯夜は余裕を感じさせる声色で言い放った。


「ならば死ね!」


 感情に任せ、男は渾身の力で槍を突いたが、


「……何だと?」


 男の槍が灯夜の頭を貫くことは無く、風切り音だけが虚しく響く。


「いったいどこに?」


 長剣の男も困惑を隠しきれない。必死に辺りを見回し、灯夜の姿を捜す。しかし、その姿を視界に捉えることは叶わない。


「俺の左腕は白衣の賢者の物だぜ? あんたらに使える魔術くらい、俺だって使えるさ」

「そこか!」


 長剣の男が背後に気配を感じ取り、振り向きざまに剣を振るったが、その一撃が灯夜をとらえることは無かった。


「くそっ、どこに行った」


 周囲を警戒する槍の男は頬に冷や汗を浮かべた。主導権を奪われたことで、男は大いに焦っていた。


「まずはあんただ」


 静かにそう呟いた瞬間、灯夜が槍の男の右隣に現れ、その左手が男の肩に触れた。


「しばらく寝てろ」


 槍の男が灯夜の存在に気付いた瞬間には、灯夜は頭の中で電撃のイメージを固めていた。


「がああああぁぁぁぁ……」


 灯夜の左手から直に電流を流し込まれ、槍の男は状況を理解出来ぬまま、絶叫を上げて気絶した。


「逃がさん!」


 灯夜の姿を捉えた長剣の男が、好機を逃すまいと斬りかかる。

 しかし、またしても灯夜にその刃は届かない。灯夜の姿は再び一瞬の間にその場から消えた。


「移動魔術か!」


 攻撃が二度空振りに終わったことで、長剣の男はようやくカラクリを理解した。何ということはない。自分達と同じ移動魔術による高速移動を行っていたにすぎないのだから。


「正解だ」


 長剣の男の後方五メートル程の位置に現れた灯夜は、スタンガンを放った。


「ビダグ!」


 移動魔術の発動でスタンガンを回避し、男は再び元の場所へと現れた。


「当たらなければ私を倒すことは出来んぞ?」


 灯夜の回避方法を見切ったことで長剣の男は冷静さを取り戻していた。互いに魔術で回避を行っている以上、戦闘が長引くのは必至だが、長期戦になればより実践慣れしている自分に分があると長剣の男は確信していた。


「俺もそうだけど、移動魔術ってのは高速で移動しているだけで瞬間移動じゃない。姿が見えない間でも、体はちゃんとその空間を動き回っているわけだ」

「それがどうした?」


 魔術師としてはあまりに初歩的過ぎる話に、長剣の男は呆れ果てた。

 移動魔術の本質は身体強化だ。速度そのものを上げるだけで、肉体そのものをワープさせる瞬間移動とは異なる。


「これで終わりってことだよ」


 灯夜はそう宣告し左手で地面へと触れる。青白く発光する魔術紋が、魔術の発動を知らせていた。


「性懲りも無く電撃魔術か? 愚か者め」


 冷笑を浮かべ、男は魔術発動のために長剣を構える。移動魔術で電撃を回避し、灯夜の意識の追いつかぬ速度で首をねる算段だ。


「ビダグ!」


 長剣の男の姿が消えた。灯夜は電撃魔術を発動することはせず、左手で地面へと触れたままだ。


「こんなものか」


 灯夜は左手を地面から離し、辺りを見回した。


「死ねえええ」


 長剣の男が灯夜の背後に現れ、首を狙って長剣を振るった。その存在に灯夜は気ついているはずだが、回避行動を取ることはせずにジッとしている。


「……何だ、腕が動かない」


 男の長剣は、灯夜の首筋の数センチ手前でピタリと停止した。当然、男が自ら意志で動きを止めたわけではない。


「頭に血が上って温度変化にも気づかなかったのか? 腕だけじゃない、足元も見てみろよ」

「冷たい? 凍っている!」


 長剣の男の手足は完全に凍り付き、その浸食が体全体へと広がりつつあった。


「な、何故だ……い、いつの……間」


 目を見開き男は必死に問う。すでに口も回らなくなってきている。


「さっき地面に手を着いた時に、凍結魔術で冷気をばら撒いたんだ。移動魔術で高速移動したあんたは、一瞬の間にかなりの冷気を浴びたはず。それこそ凍り付くほどにな」

「……」

「なんだ、もう聞こえてないのか」


 憐れむような目で灯夜は挑発的に言うが、あれだけ殺すと息巻いていた長剣の男は沈黙したままだ。


「解除だ」


 灯夜が左手で長剣の男に触れると、触れた箇所から男の体が解凍されていき、地面へと伏した。命に別状は無いが、しばらくは意識を取り戻さないはずだ。


「残すはあんただけだな」

「よかろう」


 短く言うと、大男は着ていた黒いローブを脱ぎ捨て、黒いタンクトップと同色のカーゴパンツ姿となった。鍛え上げられた肉体と鋭い眼光は、歴戦の傭兵のような存在感を放っている。


「何であんたは他の二人と一緒に攻撃してこなかったんだ? 相手が一人なら、複数人で攻めた方が合理的だろ」

「集団戦は好まぬ。私が望むのは一対一の勝負。互いの実力を出し切る真剣勝負こそが私の欲するところだ……それに」

「それに?」

「あの二人よりも、私一人の方がよっぽど手強いと思うぞ」

「俺もそう思うよ」


 皮肉気に言うと、灯夜は魔術紋は発動させ、スタンガンを放った。


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