第15話 尾行者

「そろそろ出て来いよ」


 一人図書館を離れた灯夜とうやは、郊外の廃工場地帯までやって来ていた。尾行者にとっても自分にとっても、人気の無いこの場所は都合がいい。


「……気づいていたのか」


 廃屋の影から三人の黒いローブ姿の男が姿を現す。このような奇怪な恰好をしている人間はそうはいない。間違いなくレイスのメンバーだろう。


「隙を見てまた詩月うたつきを狙うつもりだったんだろうけど、灰塚はいづかさんが近くにいれば迂闊うかつに手は出せないだろ。だから俺に狙いを変更したんだよな?」

「確かに、あれだけの魔術師が近くにいたのでは、我々も簡単にはあの娘には手が出せぬ」


 他の二人と比べ、一際体格の大きい男が静かに語った。これまでのレイスのメンバーとは雰囲気が異なり、堂々と構えたその姿には貫禄を感じさせる。


「やっぱり、灰塚さんは別格だな」


 想定通り。灰塚の近くにいる間は、レイスに沙羅さらを狙う意志は無いようだ。


「だが一つ間違っているぞ。今宵こよいの我らの標的はあの娘ではない」

「何だって?」

「我らの狙いは始めから貴様だ。我々の計画の障害になりかねない貴様を、まずは始末させてもらう」

「そいつはどうも」


 最初から自分狙いだったことは想定外だったが、倒すべき相手が態々出向いてきてくれたことはむしろ好都合だ。


「これ以上の説明は不要だろう。そろそろ始めようか」


 大男のその言葉を合図に、左右に展開していた二人の男が武器を構えた。

 左に控える男は槍を、右に控える男は長剣を、灯夜へ向ける。中央の大男は武器を構えるような様子は無く、腕組みをして状況を静観している。


「上等だ。俺に仕掛けてきたことを、後悔させてやるよ」


 灯夜はスタジャンを脱ぎ捨て半袖シャツ姿になると、左腕の魔術紋まじゅつもんを機動。感覚を確かめるように左肩を軽く回して、左の拳を正面に構える。


「先手必勝!」


 電撃のイメージを固め、魔術紋がそれに応えた。左腕が青白い光に包まれ、拳先に電撃が発生。灯夜の十八番魔術――通称スタンガンが発射される。


「ビダグ!」

「ビダグ!」


 武器を持った二人がトリガーを唱える。瞬間、二人の体は赤い光に包まれ、一瞬でその場から消えた。

 魔術を使った形跡の無い大男の姿も、いつの間にか消えている。

 標的を失った電撃は地面に衝突し消滅した。


「移動魔術か?」


 後方に男達の気配を感じ取り、灯夜は冷静に振り返る。

 先程まで灯夜の正面に展開していた三人の男達は、灯夜の後方数メートルの地点へと移動していた。


「我らをあまり侮らない方がいい。貴様が今までに倒した者達は下級魔術師。我らは格が違うぞ」


 槍の男が不敵に笑う。魔術式の計算と肉体移動のイメージを同時に行う必要のある移動魔術は難易度が高く、誰それと扱える物ではない。男の言葉通り、これまで灯夜が倒してきたレイスのメンバーとは一味違うようだ。


「いかに貴様の魔術紋が優れていようとも我らの敵ではない。我らに牙を剥いたことをたっぷりと後悔させて殺してやる。どこから切り刻んで欲しい?」


 長剣の男が饒舌じょうぜつに語り、剣の腹を舌で舐めた。その振る舞いと発言から、殺しを嬉々として行っているタイプだと想像出来る。


「あんたはどうやって俺の攻撃をかわしたんだ? 魔術は使って無かったよな」


 灯夜は二人の男の言葉に興味を示さず、唯一沈黙している大男に質問する。

 現状でも最も厄介な相手がいるとするなら、それはこの大男だろうと灯夜は確信していた。


「……貴様、我らを捨て置くとはいい度胸だ。その慢心は死を招くぞ!」


 無関心の灯夜の態度がしゃくに障ったようで、長剣の男は声を荒げた。

 口にこそ出さないが槍の男も同じ心境のようで、槍を握る手が怒りで微かに震えている。


「あんたらには興味が無いから黙ってろよ。俺はそこのでかい人に聞いているの」

「何だと!」


 とうとう槍の男も声を荒げた。当の灯夜自身には、あおっているつもりなどまるで無いようだが。


「あんたら強いんだろ? だったらこれぐらいで動じてないで、俺が話を終えるまでどっしりと構えてろよ」


 正論ではあるがやはり相手にとっては煽りにしか聞こえないだろう。逆上しているのなら尚更だ。


「許さんぞ貴様!」

「殺す!」


 二人の男は冷静さを失い、武器を構えた。


「待て」


 大男が沈黙を解き、今にも灯夜に斬りかかりそうな勢いの二人を制する。大男の方が格上なのだろう。釈然としない様子ながらも、二人の男は武器の構えを一時的に解いた。


「面白い男だ。この状況でそれだけの余裕を保っていられるとは。だが、貴様のそれは慢心とは違う。幾度となく修羅場をくぐって来た経験から来る胆力といったところか? そういった気配を感じる」

「好評をどうも。だけど、俺が経験した中で修羅場と言えるのは一つだけかな」


 そう昔でも無い過去を思い出し、灯夜は苦笑する。


「そうか」


 大男は静かに頷く。灯夜の言葉が真実であると、直感的に理解していた。


「それで、あんたが俺の攻撃をかわした秘密は?」

「わざわざ手の内を晒す必要はあるまい」

「それもそうだ。なら、これ以上の問答は無用だな」


 灯夜はすぐさま気持ちを切り替え、その瞳には闘志が宿る。


「再開といくか。あんたの能力も、自分の目で確かめてやるよ」

「その意気や良し」


 大男の顔はフードで隠されており窺い知ることは出来なかったが、心なしか笑っているような気がした。


「行け、お前たち」


 大男のその言葉を合図に二人の男は再び武器を構えた。灯夜の言葉であれだけ逆上した後である。鎖から解き放たれた獣ような目で、得物えものを灯夜へと向けた。


「さっさと片づけるとするか」


 灯夜は拳を打ち鳴らし、深く息を吐いた。


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