第14話 天命の火

「君達は魔術テロリスト、『天命てんめい』を知っているかい」


 灯夜とうや沙羅さらは思わず顔を見合わせた。比較的最近の事件なこともあり、その名を知らぬ者は少ないだろう。


「以前、大規模な魔術テロを企てた一団ですよね」

「私も覚えています。東京でもかなりの騒ぎになってましたし」


 魔術テロリスト『天命の火』とは、科学文明の発達した現代の社会を否定し、世界は優れた魔術師による統治を受けるべきだという思想を掲げた過激派の集団だ。

 活動を始めたのは今から約五年前。先端技術を担う企業や国立の研究施設などに魔術による攻撃を行い、日本国内でも多数の被害が出た。

 そして三年前、『天命の火』は世界中に大規模なダメージを与えるある作戦を実行に移そうとする。

 だが、事前に情報を入手していた各国の魔術機関及び警察組織の連携により計画は未然に阻止。その数日後には、『天命の火』の本拠地に対する制圧作戦が実行。

 この作戦によりリーダーを逮捕。構成員の大半は作戦時の戦闘で死亡。逃亡を続けていた幹部の多くも身柄を拘束され、組織は壊滅に至った。

 日本でも大きく報道された事件だったため、魔術に疎い一般人でもこの事件を記憶している者は多い。しかし一方で報道規制が敷かれていたこともあり、『天命の火』が行おうとしていた作戦の詳細など、公にされていない事実も多い。


「検索の結果、『レイス』を名乗る組織が、二カ月前にシンガポールで事件を起こしていたという事実が見つかったよ。奴らの正体は『天命の火』の残党だ」

「あいつらがテロリストの残党……」


 灰塚はいづかのもたらした情報は、灯夜の想定を超えるものだった。

 せいぜい小規模な犯罪組織程度に考えていた相手が、あれだけ世間を騒がせたテロリストの残党だったとは。


「リーダーの名前はバニシア・シュトロメンス。『天命の火』の幹部の中で、唯一逮捕を逃れ、現在でも消息不明とされている人物だ」

「バニシア・シュトロメンス……」


 ようやく尻尾を掴んだ黒幕の名前を、灯夜は復唱する。


「レイスという名前も皮肉のつもりなのかもしれないね。自分達が『天命の火』の亡霊であると、そう主張したいのだろう」


 灰塚は嘲笑を見せた。テロリストを快く思わないのは当然だが、これまでは紳士的な振る舞いを見せていたので、その表情はより際立って見える。


「しかし、奴らの目的はいったい?」

「流石にそこまでの情報は無かったけど、一つの仮説がある」

「仮説ですか?」

「ああ、その前に一つ確認したいことがある。詩月うたつきさん、君は最近引っ越してきたばかりとのことだけど、もしかしたらご家族の中に、マナの研究を行っている方がいるんじゃないかな?」

「はい、母が〈NEXT〉に務める研究者です」

「やはりそうか。ならば、君が狙われたことにも説明がつく」


 昨晩の時点では解明できなかった謎が、灰塚の手によって次々と解き明かされていく。まるで探偵の推理を聞いていかるような高揚感を沙羅は感じていた。


「三年前に『天命の火』が企てたテロの内容は知っているかな?」

「俺は知りません」

「私もです」


 報道規制が敷かれていた事実を、当時中学生だった二人が知る由もなかった。


「奴らが企てていたのは、マナの暴走による世界のリセットだよ」


 想像以上にスケールの大きい話に、灯夜と沙羅は互いの顔を再び見合わせた。


「狙われたのはヨーロッパに存在する高濃度こうのうどマナ発生地域だ。奴らはマナの抽出を行っている研究機関に侵入し、あろうことかマナの発生源に魔術を放とうと画策していたらしい。もしもそれが実行されていたら、何が起こっていたか、想像がつくだろう?」

「マナの発生源に魔術なんて打ち込んだら……」

「威力が極限まで高められて、天災クラスになっちまう」


 二人は思わず息を飲む。マナと魔術の存在が当たり前となった現在において、もっとも恐れるべき現象の一つ。

 マナは自然界に存在する超常的なエネルギーであり、それだけに大きな危険性も秘めている。その一つが魔術によるマナの暴走だ。

 未だに詳しいメカニズムは解明されていないが、高濃度のマナが外部から魔術による刺激を受けると異常な反応を起こし、魔術の威力を何百倍、何千倍にまで高めてしまう現象が確認されている。

 マナの量や術者の技量にもよるが、その威力は火花を戦術ミサイルに、虫の羽ばたきを竜巻に変えると例えられており、マナの発生源に魔術を打ち込む行為は究極の禁忌とされる。


「いまだかつて高濃度マナ発生地域ではマナの暴走は起こっていないが、専門家の研究によると、世界規模で大きな被害をもたらすのは必至だそうだ。魔術による世界の統治を掲げるテロリスト達が、今ある世界をリセットしようとするのならば、これ以上の標的はないと思わないかい?」

「わざわざそんな話をするってことは、今回のレイスとかいう奴らの狙いも?」

「灯夜くんの想像通りだよ。この真名仮まなかり市での、かつての『天命の火』の計画の再現。高濃度マナ発生地域での人為的なマナの暴走だ」

「そんな……」


 沙羅は絶句した。そんなことが現実に起こったら、大参事という言葉では済まない。


「詩月さんを狙ったのも、マナ研究者の娘だからだと思う。恐らくは君を人質に取り、研究者であるお母さんに、マナの抽出エリアへ侵入する手引きでもさせようかと考えていたのだろう」


 昨晩の出来事を思い出し、沙羅を再び恐怖に震えた。危うく、そんな恐ろしい計画に利用されるところだったとは。


「詩月さんの誘拐には失敗したとはいえ、それで諦める相手ではないだろう。相手も決死の覚悟だ。最悪の場合、特攻をしかけてくる可能性も否定できない」


 表情こそ変えないが、灰塚の言葉の節々には静かな怒りが感じられた。


「俺が食い止めますよ。昨日捕まえた奴らに瑠璃ちゃんが尋問すれば、アジトも直ぐに割れるだろうし」

「彼女は優秀だ。確実にアジトの場所を突き止めるだろうね」


 灯夜の言葉を肯定すると、灰塚はカーテンを閉めるために窓の側に立った。いつの間にか日は沈み、外は夜の闇に包まれている。


「今夜も騒がしくなるかもしれないね……」


 カーテンを閉める寸前、灰塚は意味深に呟いた。


「そうですね。今日はゆっくり寝れるといいけど」


 灯夜には、灰塚の言葉の意味が理解出来ているらしい。


「騒がしい? 寝れる?」


 二人のやり取りに沙羅は取り残されていた。頭の中には疑問符が浮かんでいる。


「じゃあ、俺はそろそろ行きます。今日はありがとうございました」

「またいつでも来てくれたまえ。出来れば事件絡みの時だけではなく、学生らしく勉強や読書に来てくれれば嬉しいんだがね」

「ぜ、善処します」


 勉強嫌いの灯夜は、痛い所を突かれて言葉に詰まった。


「瑠璃子くんには私から伝えておくよ。レイスがこの街でテロを企てているのならそれは大問題だ。市長を始めとした各種機関の代表にも、話しを通しておこうと思う」

「お願いします」


 一礼すると、灯夜は館長室の扉へと手をかける。


「待ってよ久世くん。帰るなら私も一緒に」


 沙羅は自然と灯夜の後に続いたが、


「お前はもうしばらくここにいろよ。この図書館、気に入ったんだろ?」

「でも……」


 確かにこの図書館の雰囲気は気に入っているが、すでに閉館時間は過ぎているし、要件も果たした以上、これ以上この場に留まるのは灰塚の迷惑になってしまう。


「私なら構わないよ」

「本当にいいんですか?」


 灰塚の了承を貰っても、沙羅はまだ遠慮がちだ。


「せっかくだから、色々と気になってることを灰塚さんに聞いてみろよ。何なら俺の腕のことを聞いてみてもいい。こう言っちゃなんだけど、俺自身が説明するよりも、よっぽど分かりやすいと思うしな」

「久世くんのことを?」

「ああ、別に個人情報がどうとか言う気はないから、安心して聞け」

「……分かった、ここに残るよ」


 灰塚に迷惑をかけるのは気が引けたが、灯夜のことを知りたいという好奇心が勝った。


「じゃあ俺はこれで……詩月のことは頼みます。灰塚さん」


 最後に小声でそう言い残し、灯夜は図書館を後にした。




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