第13話 幻想的な書庫

灯夜とうやくんが訪ねて来たということは、何か魔術絡みの事件が起こったんだね」


 館長室のデスクに腰掛け、灰塚はいづかは顎の前で両手を組んだ。


「昨日の夜、黒いローブの一団と戦闘になりました。そいつらが、どうやらこの詩月うたつきを誘拐しようとしていたようで」

「詩月さんを? それは災難だったね」

「そいつらの武器を調べていたら、名称共有があったんです。刻まれていたワードは……えっと何だっけ?」

「レイスでしょ。久世くぜくん」


 呆れ顔で沙羅さらは灯夜を小突く。瑠璃子るりこが自分と灯夜を一緒に行動させているのは、実は抜けている灯夜のフォローのためなのではと今更ながら思う。


「そのレイスというワードに心当たりはありませんか? 個人名でも組織名でも、何でもいいんです」

「ふむ、レイスか……」


 灰塚は目を閉じ、数秒間の思考に入った。


「……心当たりがある。検索をかけてみよう」


 沈黙を解いた灰塚はデスクから分厚い一冊の洋書を取り出した。アンティーク調の革の装丁で、何とも雰囲気のある本だ。


「灯夜くん、誰も入ってこないように入口の鍵を閉めてくれるかな? 検索をかけるためには、部屋を密室にしなければならない」

「分かりました」 


 扉の近くにいた灯夜が館長室の鍵を閉めた。特に困惑している様子は無いので、灯夜はこれから何が行われるのかを理解しているようだ。


「何が始まるんですか?」


 状況が飲み込めず、沙羅が灰塚に質問した。

 検索というくらいだから、何か特定の媒体からレイスというキーワードを探しだすのだとは思うが、灰塚の手にしている書物にそういった情報が記載されているようには見えないし、そもそも何故部屋を密室にしなければならないのだろうか?


「世界中の魔術に関する情報は、随時この本が記憶してるんだ。その膨大な情報の中から必要な情報だけを検索するのが、私の得意魔術でね」

「凄い人なんだぜ灰塚さん。この街の魔術師のまとめ役で、舞花まいかの親父さんなんかとも親しいし」


 灰塚はいづか霧人きりひと真名仮まなかり市立図書館の館長であり、同時に超一流の魔術師でもある。博識なことや、温和で紳士的な性格で他の魔術師達からも慕われており、真名仮市の魔術師達のまとめ役的存在だ。市長を始めとした行政側からも信頼を寄せられており、真名仮市を代表する人物の一人といえる。


「私はそんな大した人間ではないよ。そんなことより、そろそろ検索を始めよう」


 そう言うと灰塚は本の適当なページを開き、その上に掌を重ねた。


「何も書いていない?」


 本の中身を見た沙羅はその意外性に驚いた。不思議なことに灰塚の本は、文字も絵も無い、完全な白紙だったのだ。重厚な表紙に反して何とも寂しい。


「初めてだろうけど、びっくりするなよ?」

「えっ?」


 灯夜の予言めいた言葉が気になったが、詳しく聞き返す前に灰塚の魔術発動の準備が始まった。


「空間発生域を室内に指定、書庫は魔術関連を優先」


 発動範囲の指定と書物の種類を指定すると、灰塚の手と本が青白い光に包まれていく。


「ラキュズ・ソリョタロ」


 灰塚がトリガーを唱えると同時に青白い光が部屋中に拡散。灯夜と沙羅の体を包みこんだ。


 沙羅は光に目が眩み一瞬目を閉じる。


 目を開けた瞬間、そこには今までとは異なる風景が広がっていた。


「凄い……」


 それまで館長室だった部屋は、背の高い本棚がいくつも配置された書庫のような空間へと変わっていた。蔵書もかなりの量で、まさに本が部屋中を埋め尽くしているといった様子だ。

 不思議なことに部屋の広さや天井の高さも変化している。まるでワープでもしてきたかのようだ。


「ここはどこなの?」

「俺達はどこにも移動していない。ここはさっきと同じ館長室の中だ」

「どうみても違う空間に思えるけど」


 たくさんの本棚はもちろん、照明や部屋そのものデザイン、果ては香りまで、全てが異なっている。


「灯夜くんの言う通り、私達がいるのは館長室の中だ。この書庫は私の魔術で作り出した幻のようなものと言えば分かりやすいかな? 私の魔術により、常時世界中から収集している魔術関連の情報を、本という目に見える形で表現しているんだ。ただし、広すぎる空間ではこの書庫の固定がうまくいかないから、部屋を完全に密室にして一つの閉じた空間にする必要があってね」


 完結に解説を述べると、灰塚は開いた状態の本を片手で持ち、次なる行動に移った。


「検索ワードは『レイス』。検索対象は、組織名、個人名を優先。検索域は全世界に拡大、年代は近年のものを優先的に表示。以上の条件で、検索準備」


 検索条件を指定すると、再び灰塚の手にする本が青白い光を放ち、周囲のマナも活性化していく。これは本が検索条件を読み取った合図でもある。


「デロナヲ」


 新たなトリガーを唱えた瞬間、本棚から数冊の本が飛び出し空中で静止。自動的にページがめくられていく。


「文字が!」


 沙羅が目にしたのは、捲られていく本から文字だけが飛び出し、宙を舞うという何とも幻想的な光景だった。飛び交う文字はほとんどが外国語で、英語を中心にかなりのバリエーションに富む。中には見たことのないような文字も含まれていた。


「久世くんは、あの文字の意味は分かる?」

「英語すら怪しい俺に何を言う?」


 沙羅の何気ない一言に対する灯夜の返答は、予想通りのものだった。


「文字が集まっていく!」


 宙を舞っていた文字の群れはやがて一つの流れとなり、灰塚の手にする本に吸い込まれていくように消滅した。


「検索は終了だ」


 穏やかにそう言うと、灰塚は本を閉じた。


「ケヒタロ」


 灰塚が唱えると、今まで書庫だった空間は一瞬で館長室へと戻り、何事も無かったかのように、全員が元の場所に元の体勢で戻されていた。


「あれ、戻ってる」


 本当に一瞬の出来事だったため、沙羅はいつ元の部屋に戻ったのか、知覚出来ていなかった。


「結局、何がどうなったの?」

「灰塚さんの魔術で、レイスに関する情報だけをあの本に集めてもらったんだよ」


 すでに何度か灰塚の検索魔術を見ている灯夜が解説する。


「ふむふむ、成程ね」


 灰塚はそれまでは白紙だったはずの本に目を通し、興味深そうに顎に手を当てている。一分程で全てのページに目を通し終えたようで、灯夜と沙羅を手招きした。


「では、君達のお目当ての情報を教えよう」

「何か分かったんですね」

「どうやらレイスというのは、組織名のようだね」


 灰塚は二人が見やすいように本をデスクの上に広げ、自身の把握した情報について語り始めた。



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