第11話 騒がしい一日の終わり

「そろそろ俺達も話に混ざろうか。いつまでもあの二人のラブラブぶりを見せつけられてもつまらないしね」


 灯夜とうや瑠璃子るりこが二人だけの世界に突入してから数分が経過していた。このままでは話が進まないので、楽人がくと沙羅さらにそう提案。沙羅は苦笑交じりに頷いた。


「おーい、二人とも。俺達のことを忘れてないか? 俺だけならまだしも、沙羅ちゃんもいるんだしさ」


 その言葉で灯夜と瑠璃子は我に帰ったらしく、少々気まずそうな表情を浮かべている。


「ごめんなさいね。つい……」

「悪い、完全に忘れてたぜ」


 瑠璃子は顔を赤くして心底申し訳なさそうに、灯夜は本気で悪いと思っているか怪しい気の無い返事を返した。


「瑠璃ちゃんは許すけど灯夜は許さん」

「何でだよ!」

「反省が見られないから」

「……すみませんでした」


 意外とあっさりと灯夜は謝罪した。本心では申し訳ないと思っていたのかもしれない。


「ほらほら、沙羅ちゃんにも謝っておけよ、灯夜」

「私、別に気にしてないよ」

「悪かったな、詩月うたつき皿」

「……そこで間違えるのは、わざとと考えていいのかな?」


 遠慮がちだった沙羅の態度は一変、声は静かな迫力を帯びる。今なら襲ってきた魔術師だって返り討ちにしてしまいそうな気迫だ。


「心よりお詫び申し上げます!」


 沙羅の気迫に圧倒され、灯夜は深々と頭を下げた。


「うん、許す」


 沙羅がさっぱり灯夜を許したことで、この問題はとりあえず終息した。


「楽人くんが来てるってことは、武器の鑑定も行ったのよね?」


 瑠璃子は黒服達に指示を出した時のような凛とした表情へと戻っていた。


「武器の種類や製造元から辿るのは厳しいけど、全ての武器に共通して名称共有が見つかったよ。英語で『レイス』と刻まれていた」

「レイスか……少なくとも、私には心当たりは無いかな」

「瑠璃ちゃんにも分からないとなると、少々厄介かもな」


 上級の魔術師である瑠璃子は魔術関係の事情にも詳しい。レイスというワードが魔術に関連する組織名や個人名であるなら大概のことは分かるはずだ。

 彼女に心当たりが無いということは、これまで表に出ずに暗躍していた魔術結社や魔術犯罪者、あるいは情報の出揃っていない新興組織である可能性が高いだろう。


「この街で私以上の情報網を持っているとすれば、灰塚はいづかさんしかいないわね」

「確かに、あの人なら何でも知ってるしな」

「灯夜くん。明日の放課後にでも訪ねてみてもらえる?」

「瑠璃ちゃんの頼みなら喜んで」


 灯夜は即答し、左手でピースサインを作った。


「灰塚さんというのは、どういう方なんですか?」


 場違いであることは自覚しながらも、沙羅が挙手して質問した。


真名仮まなかり市立図書館の館長さんで、同時に名の知れた魔術師でもある人よ。とても博識な方で、古い伝承から最新の事件まで、かなりの情報を持っているの」

「凄そうな人ですね」


 図書館の館長で魔術師とは、いかにも物知りそうな役職だ。


「一つ提案なんだけど明日、詩月さんも灯夜くんと一緒に灰塚さんのところへ行ってくれないかしら?」

「私もですか?」


 意外な提案に沙羅は首を傾げた。巻き込まれた以上は無関係ではないが、少なくとも調査関係の話は自分には関係ないと思っていた。


「一度狙われた以上は、また同じようなことが起こるかもしれない。もしもの場合に備えて、なるべく灯夜くんと一緒に行動していてほしいの」

「確かにそうかもしれませんけど」

「もちろん灯夜くんとは別に、警護の人間も近くに配置しておくけど、相手の正体や人数が分からない以上安心は出来ないわ。その点、灯夜くんの近くはかなり安全よ。彼はこの街でもトップクラスの実力を持っているから」

「いや~、照れるな」


 後頭部に手を回し、いかにも照れ臭そうなポーズを灯夜は取った。


「分かりました。そうします」


 自分の窮地を救ってくれたのは灯夜だし、その強さは自身の目でしっかりと確かめている。性格には少し難ありだが、彼以上のボディーガードはいない。

 調査に協力することで、皆の手助けをしたいという気持ちもある。


「レイスというワードの意味するところや、詩月さんが狙われた理由も分かるかもしれない。よろしく頼んだわね、二人とも」

「任せといてよ。瑠璃ちゃん」

「分かりました」


 瑠璃子の言葉に、灯夜と沙羅は力強く頷いた。


「私は本部に連行した男達の取り調べを行うわ。仲間達が大規模な事件を起こす可能性もあるし、警備体制の強化も検討しておかないと」


 瑠璃子は小さく溜息をついた。今夜は徹夜になるかもしれない。


「俺はどうすればいい?」

「楽人くんには引き続き鑑定をお願いするわ。おそらく取り調べで武器以外にも所持品が出てくるでしょうから、その鑑定を手伝って。明日の放課後には迎えの車を用意するから」

「了解」


 二つ返事で了承し、楽人はパチンと指を鳴らした。


「……ごめんなさいね。本当なら私達大人がしっかりしないといけないんだけど、どうしてもあなた達の手を借りないといけない」


 教師という立場やその優しい性格から、生徒達に協力を求めなければならない現状に瑠璃子は胸を痛めていた。魔術関連の警備や調査は慢性的な人員不足のため、優秀な人材には、学生や一般人といえでも協力してもらわなければいけないのが現実だ。


「よし。役割分担も決まったことだし、今日はとりあえずこんなところかな。もうすぐ警備部の車が到着するから、それぞれの自宅まで送らせるわ。明日も学校だし、寝坊しないようにね」


 瑠璃子は悪戯っぽく笑って釘を刺した。彼女は教師でもあるので、生徒の出席を気に掛けるのも仕事の内なのである。


「はあ、やっと帰れる」


 大きな溜息をつき、沙羅は一安心する。

 あまりにも今までの日常とかけ離れたことが起こり、気を張っていた沙羅だったが、家に帰れると思うと一気に気が抜けてしまった。


「確かに、騒がしい夜だった」


 珍しく沙羅の言葉に灯夜が乗っかった。怪我は無いとはいえ、この中で一番体を張っていたのは灯夜だ。思うところはあるのだろう。


「あっ! そういえば!」

「き、急に何だよ」

「ど、どうした、沙羅ちゃん?」


 突然声を上げた沙羅に、灯夜と楽人が同じに反応した。よっぽど驚いたのだろう。二人とも体がぴくぴくと震えている。


「お母さんに着替えを届けるの、すっかり忘れてた!」


 そう、そもそも沙羅がこの道を通ることとなったのは、母親に着替えを届けるためである。今まではそれどころでは無かったが、思い出した以上は放ってはおけない。


雨音あまね先生! 少し寄り道してもいいですか?」

「え、ええ。構わないわよ」


 激しく主張する沙羅に、瑠璃子も少し気圧されている。


「ありがとうございます! 母のことだから私が着替えを届けないと、服も替えずに研究に没頭しかねないので。女としてそれはどうかと思いまして」

「そ、それは大変ね」

「あんなことに巻き込まれたってのに、沙羅ちゃん、意外とたくましいんだな」

「あれはたくましいと言うのか?」


 男性陣は沙羅の様子に色々な意味で感心していた。


 その後、一同は到着した車両に乗り込み、沙羅は瑠璃子に付き添われて研究所方面に。灯夜と楽人はそれぞれの自宅へ向かう形で、この日は解散となった。

 転校してきたばかりの沙羅にとっては何とも波乱万丈な。似たような状況を何度も経験している灯夜や楽人にとっては割と慣れっこな。そんな騒がしい夜が終わった。

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