第10話 雨音瑠璃子
五分後。現場に三台の車が到着し、若い女性を筆頭に七名が姿を現した。
メンバーは女性が一人、男性が六人という構成だ。
先頭の、黒いロングヘアーを後ろで結った女性はとても可愛らしい外見をしていた。
化粧の雰囲気や大人っぽいレディーススーツという出で立ちから、年齢は20代くらいに見て取れたが、童顔なため、例えば高校の制服などを着ていてもそれ程違和感は感じないだろう。美人というよりも可愛い系に属する顔立ちだ。
それに対して後ろに控える六人の男性は全員体格が良く、黒いスーツにサングラスという、良く言えば雰囲気のある、悪くいえば厳つい外見をしていた。ドラマなどに登場する黒服の印象そのままだ。
「
女性が、地面に倒れる三人のローブの男達を見下ろす。
駆けつけた七人の中に女性は一人しかいない。彼女が先程から名前の上がっていた
「やっほー、瑠璃ちゃん」
灯夜はまるで彼女と待ち合わせていた彼氏のように、笑顔で手を振っていた。
「連絡ありがとうね。お疲れさま灯夜くん」
優しい微笑みで瑠璃子が灯夜を労う。高校生の男子を虜にしてしまうには十分すぎる眩しい笑顔だ。
「こんばんわ。瑠璃ちゃん」
「こんばんわ。
「まあ、慣れてますから。灯夜に振り回されるのは」
慣れた口調で楽人は瑠璃子と会話する。灯夜ほど頻繁ではないにしろ、楽人も鑑定人として調査に協力することもままあるので、学校外で瑠璃子と会う機会は多い。
「あなたが
元アイドルである沙羅も顔負けのキラースマイルで瑠璃子は自己紹介をした。
その笑顔を見つめ、沙羅は瑠璃子が男子に大人気だという理由が何となく分かった気がした。その可愛らしい外見以上に笑顔の破壊力が半端ないのである。
「はい、よろしくお願います。るり……雨音先生」
灯夜や楽人が何度も瑠璃ちゃんと言っていたため、沙羅もつい瑠璃ちゃんと口走りそうになったが、相手が初対面の教師であるということを思い出し、咄嗟に言い直した。
「灯夜くんから聞いているわ。転校早々、大変な目に遭っちゃったわね」
「驚きましたし、正直今でも混乱してますが、
今更ながら携帯端末が壊されてしまった事実を思い出し、沙羅のテンションが少し下がる。
同年代の若者に比べたら使用頻度は低い方だが、このご時世、携帯端末が使えないというのはなかなか辛いものがある。
「安心して。魔術関連の事件で起こった被害なら、警備部の方である程度は保証されているから。今日中には代わりを用意させるわ」
「本当ですか? 助かります」
瑠璃子からもたらされた救済措置で、沙羅の心配事が一つ解消された。
「明日は私の授業もあるから。その時はよろしくね、詩月さん」
そう言うと瑠璃子は、沙羅に軽いウインクを送った。
「は、はい」
あまりにも自然なウインクに、沙羅は思わず見とれてしまっていた。元アイドルの自分にだってあんなに綺麗ウインクは出来ない。
自分が男だったら勘違いしていかもしれないと、密かにそんなことを思う。
「……とりあえずは、この人達を運ばないとね」
待機していた面々との顔合わせを終えると、瑠璃子は仕事モードの真剣な顔つきになる。
気絶しているとはいえ、魔術武器を使用していた男達をいつまでもこの場に寝かせておくわけにはいかない。
「本部へと運んでください。戻りしたい取り調べを開始します」
「承知しました」
六人の黒服たちは瑠璃子の指示に従い、慣れた様子で三人のローブの男達を車へと運び出していく。途中で目を覚ました場合に備えての対策なのだろう、男達の手足は専用の器具で拘束しているようだ。
黒服全員が屈強な肉体の持ち主のため、作業は速やかに完了した。
「作業は完了しました。我々は被疑者を連れて先に本部へと戻ります。後で迎えの車を手配しますので」
黒服の一人が瑠璃子へと報告する。
「よろしくお願いします」
「それでは、我々はこれで」
黒服は瑠璃子や灯夜達に一礼すると車の運転席へと乗り込み車を発進。その場を後にした。
「……何だか映画みたい」
一連の黒服達の行動を無言で見つめていた沙羅は、思わずそんな感想を零した。
「あの人達も警備関係者なんだよね?」
「その通りだよ。しかもみんな魔術師なんだぜ? 外見はどう見ても魔術より物理って感じの人達ばっかりだけど」
「確かに強そうだよね。腕力的な意味で」
黒服達の外見を思い出し、沙羅と楽人は思わず苦笑した。
「さてと、とりあえずは一段落着いたことだけど……」
瑠璃子が神妙な面持ちで灯夜へと歩み寄る。
場の空気が変わった気がして、沙羅は思わず息を飲む。
「心配したんだよ、灯夜くん!」
確かに場の空気は変わった。感情を爆発させるかのような勢いで、瑠璃子が灯夜に抱き付いたためだ。
「ちょっ、瑠璃ちゃん!」
周りの目もはばからず、瑠璃子は灯夜を抱きしめ続ける。
灯夜も嬉しそうではあるのだが、流石に照れ臭くて困惑している様子だ。
「……どういう状況?」
ある意味、黒いローブの男達に襲われた時以上の衝撃を受けたかもしれない。
この時、沙羅の思考は一瞬停止していた。
「また始まったよ……」
楽人はこの状況に慣れているのか意外と冷静だ。ただし見ていて恥ずかしいらしく、目線は逸らしている。
「どこか怪我とかしてない?」
ようやく灯夜から体を離した瑠璃子だが、今度は灯夜の肩をガッシリと掴み、息のかかりそうな距離まで顔を近づけ、灯夜の目を見つめる。
「大丈夫、無傷だよ」
「右腕は使ったの?」
瑠璃子は、何かを危惧するかのように灯夜の右腕を握った。
「左しか使ってないよ。あいつら、そんなに強くなかったし」
「……もしも灯夜くんに何かあったら、私が一生面倒みるから」
静かで力強い口調で瑠璃子は言ってのけた。その眼差しは真剣そのものだ。
灯夜に対しては、どれだけ尽くしても足りないくらいの責任が自分にはある。瑠璃子はそう考えているのだ。
「瑠璃ちゃんに面倒見てもらうのも悪くないけどさ、それって瑠璃ちゃんが俺に対して責任を感じているからだろ? 俺は全然瑠璃ちゃんのこと恨んでないよ。だからさ、もっと自分を大事にしてくれよ」
今までで一番優しい声と笑顔で灯夜はそう言った。
一人の女性の人生を自分なんかのために犠牲にしてほしくはない。その相手が瑠璃子ならなおのことだ。
「……でも、無理は禁物だよ」
「ああ、約束するよ」
灯夜はそっと瑠璃子の頭に左手を載せて優しく撫でた。まるで年齢が逆転しているかのように、灯夜が瑠璃子を慰めている。
「……つまり、二人はどういう関係なの?」
灯夜と瑠璃子の、少なくとも生徒と教師の関係は軽く超えていそうなやり取りを目の当たりにし、沙羅の頭の中は大いに混乱していた。
沙羅が置いてけぼりをくらっている状況の中、フォローのために楽人が静かに口を開く。
「あの二人の間には、それなりに重い過去があるんだよ。だからこそあの二人の絆は太く、それでいて複雑だ」
「重い過去?」
「ある事件で灯夜は体に問題を抱え、瑠璃ちゃんはそのことで自分を激しく責めた」
「いったい何があったの?」
「……ここまで言っておいてなんだけど、それは第三者である俺が言うべきことじゃないと思う。機会があったら、当事者である灯夜から瑠璃ちゃんに聞いてみて」
楽人は申し訳なさそうに両手を合わせた。
「そうだね、そうしてみるよ」
楽人の言っていることには沙羅も同感だった。秘密というのは、他人が勝手にばらしていいものではないだろう。
多かれ少なかれ、誰にだって辛い過去や特別な秘密というものは存在する。それを告白するか否かは、本人に委ねられるべきことなのだから。
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