第9話 鑑定人
「来たぜ、
灯夜の電話からものの数分で、最初に連絡した相手が現れた。その人物は確かに
「
やって来たのは夕方まで一緒に街を巡っていた同級生の一人、
「沙羅ちゃん! どうしてここに?」
楽人の登場に沙羅は驚いてたが、それと同じくらい、沙羅がこの場に居合わせていたことに楽人も驚いていた。
「私がいるって、聞いてなかった?」
「ああ、灯夜の奴かなり説明を端折ってたから。てっきりあいつ一人かと」
「そうだったんだ……どうりで通話時間が短いと思った」
呆れ顔で沙羅は言った。全ての会話を記憶しているわけではないが、確かに灯夜の通話中に、自分の名前が登場する機会は無かったように思う。
「灯夜らしいよ」
どこか諦めきった様子で楽人は呟く。
「よう、来たか楽人」
「おいおい。沙羅ちゃんが巻き込まれてるなら、一応電話の段階で言っておけよ」
楽人は正論をぶつけた。簡潔に説明したと言えば聞こえが良いが、情報量が少なすぎるのも考えものだ。
「悪い、忘れてた」
「……灯夜のことだから本当かもな」
冗談に思えないから尚更性質が悪い。
「それにしてもこの状況は……」
楽人の視線は気絶している三人の男達や、破損している沙羅の携帯端末などに向けられた。それらを元に頭の中で状況を整理していく。
「想像するに、沙羅ちゃんがこの路上で三人組の男に襲撃され、助けを呼ぶために電話を使おうとしたらそれを壊されてピンチに陥る。そこに灯夜が現れ男達を撃退。男達について詳しく調べてみるために俺をこの場に呼んだ。そんなところ?」
「凄い! 大正解」
沙羅は本気で感心し、楽人に大きな拍手を送った。実は一部始終を見ていたと言われても納得できるような、見事な推理だ。
「これでも分析力には自信があるんだ。大事な説明を省くような友人もいるしな」
その友人が誰を指すのかは、説明するまでもないだろう。
「こいつらの正体が知りたい。武器から何か探れないか?」
「それで俺を呼んだわけか。魔術武器は専門分野だしな」
「専門分野?」
二人のやり取りを聞いていた沙羅が、楽人に質問した。
「俺が魔術関連の店でバイトをしている話はしたと思うけど、そこでは魔術武器の鑑定や買取も行っていてね。武器がどこで作られたものなのか。どういった集団が好んで使っているのか。仕事柄そういった情報には詳しいんだ」
簡潔に自分の役割について説明すると、楽人は持参してきたショルダーバックからルーペのような器具と白い手袋を取り出した。
手袋をきっちりとはめると、最初に地面に落ちていたメイスを手に取り、ルーペを使って入念に観察していく。
「少し改造が施されているが、武器自体は特段珍しい物じゃない。市場にいくらでも出回っているような量産型のメイスだ」
「つまりは既製品と」
「そういうことだな。一応他の武器も調べてみるよ」
楽人は手斧とモーニングスターの鑑定を始めた。
武器には使い込まれた跡があり、場所によっては血と思われる赤い染みも見て取れる。楽人はそれらをさして気に止める様子は無く、黙々と細部を調べていく。その姿に学校でのお調子者の面影は無く、目つきは専門家のそれだ。
「やはりどれも量産型の武器だな。その気になればネットでも買えるぞ」
「ネットでも買えちゃうの?」
魔術の存在が当たり前になって久しいとはいえ、ネットで魔術関係の武器が流通する時代になっているというのは、魔術の知識が皆無の沙羅にとっては驚き以外の何物でもない。
「流石にそのままでは流通させられないから、カムフラージュくらいはしているだろうけど、意外と簡単に手に入るものだよ。魔術武器を入手するには、本来は所持を認める許可証を魔術協会と自治体から発行してもらったうえで、専門店や職人の元へ行くのが規則なんだけど、後ろめたいことのある連中がネットで武器を調達するケースは多いね」
「どんな世界にもいるんだね。そういう人達って」
一般人の中にだって非合法な手段で武器を入手し、悪用しようとする者はいる。魔術を使えるか否かの違いはあれど、結局は個人のモラルの問題ということだ。
「……武器から奴らの素性を掴むことは無理か」
楽人の鑑定結果を受けた灯夜は困り顔で腕を組む。ネットに出回るようなありふれた武器ならば、そこから情報を得るのは難しいだろう。
「ところがどっこい、大きな手がかりがある。これを見てくれよ。武器の柄のところに、文字が刻まれているだろ?」
楽人はメイスの先端部分を掴み、灯夜と沙羅が見やすいように柄の部分を差し出した。
「本当だ。何か書いてあるね」
「英語だよな?」
文字が小さく読み難かったが、辛うじて内容を確認することが出来た。
柄にはアルファベットで『wraith』と刻まれていた。
「……わ、わらいたい?」
「このスペルならレイスだよ。
灯夜の英語力に、沙羅から冷ややかなツッコミが飛ぶ。
「レイス――亡霊か。意味深だな」
楽人が言葉の意味を訳して考え込む。
「しかし、文字がどうかしたのか? ただの武器のデザインなんじゃないのか?」
「いや、この武器に本来そういった特徴は無い。それに――――」
楽人が今度は手斧とモーニングスターの柄を二人に見せる。
「この二つの武器にも同じ文字が刻まれている。後から意図的に刻んだものだろう」
そこまで聞いて、灯夜はようやく理解した。
「ああ、
「その通りだ」
「名称共有って何?」
沙羅だけが話についていけてなかった。魔術師及びその関係者だけが使う用語のため、沙羅が知らないのも当然だ。
「名称共有ってのは、複数の魔術師が、同じワードを記したアイテムを持つことさ。たったそれだけのことだけど、例えば協力して魔術を発動させる時に威力が向上したり、魔術による味方への補助が行いやすくなる効果がある。集団戦を好む魔術師がよく利用する手法だよ」
「そういえばあの時」
沙羅は三人の男達が同時に魔術で火球を放った時のことを思い出した。
あの時の火球はメイスの男が単体で放った時よりも、一撃から感じられる力の波動が強く思えた。そのカラクリが名称共有だったということだ。
「名称共有に使うくらいだから、何か意味のある言葉なんだろうな」
「考えられるのは組織名、あるいはリーダーの名前とかじゃないか? 組織に属する魔術師が組織の名を刻むのは、名称共有の定番だ」
「有り得るな」
「俺に分かるのはここまでだ。少なくとも武器からは、これ以上の情報は出てこないだろう」
役目が終了した意思表示に、楽人は着用していた白い手袋を外してバッグへとしまった。
「だったら、後は
「瑠璃ちゃんにも連絡済みだったか」
「ああ、楽人に連絡したすぐ後にな。そろそろ来るんじゃないかな」
灯夜が腕時計を確認すると時刻は8時45分。連絡してから15分程が経過していた。
「瑠璃ちゃんか。どんな人なんだろ」
「沙羅ちゃんは瑠璃ちゃんのこと、どこまで聞いているの?」
沙羅の呟きを聞き取った楽人が声をかけてきた。灯夜が面倒がり、沙羅への説明を省いたのではと危惧したためだ。
「これから来る人が、学校で名前が出てた瑠璃ちゃんと同一人物だってことしか聞いていないよ」
「やっぱり灯夜のやつ説明してなかったか……瑠璃ちゃんこと
「ひょっとして、その警備チームに久世くんも?」
灯夜へ視線を移し、沙羅が尋ねる。
「まあな。正式なメンバーではないけど、時々瑠璃ちゃんを手伝ってる」
灯夜はどこか楽し気に語った。瑠璃ちゃん絡みの話になるととても嬉しそうだ。
「凄い人だね。警備チームの中心人物なんて」
若くて可愛いマドンナ教師であり、街の平和を守る警備チームの中心人物。何とも多彩な女性だなというのが、沙羅の率直な感想だった。
「瑠璃ちゃんはこの街でもトップクラスの魔術師だからな」
「瑠璃ちゃんって先生、魔術師なの?」
雨音瑠璃子がどういう人物なのか、沙羅の中の好奇心は最大限に高まっていた。
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